ハイド・アンド・シーク
邪念だらけ
無事に電車に乗り込んだ私たちは、車内がそこそこ座席が埋まっていたのでドアのそばに立つことにした。
金曜の夜はやはり飲み会帰りの人が多い。
電車に揺られている間、向き合うように立っている有沢主任の姿をまともに見られなくて、窓ガラス越しにちらりと見た。
憧れていた人と一緒に帰れるなんて、夢にまで見たシチュエーションだな。
スラリとしたシルエットはすごく綺麗で、会社で見るよりも距離が近くて目のやり場に困る。
沈黙を破ったのは、主任の方だった。
「今まで会わなかったね」
「え?」
話しかけられて、つい油断して真正面から彼を見つめる。
話をしているのだから当然なのだが、彼も私を見ていて心臓が忙しく鳴り出す。
そんな私の様子には気づかず、主任はお酒の余韻も感じさせないほどいつもの彼のように微笑んだ。
「家の近くでも、電車でも。全然見かけることもなかったなと思って」
「そうですね。主任はきっと私よりも朝も早いし、帰りも遅いんだと思います。朝は、カフェで会ったくらいの時間が普通ですか?」
「うん、そうだね」
「はぁぁ、早いですね……」
尊敬する。尊敬しかない。
私はあの時間は相当早起きしたからカフェでお茶していただけであって、普段はもっと遅く出社しているからだ。
顔は直視できないので、彼の深いグリーンのネクタイに意識を集中させながら話を続ける。
「朝はどうしても苦手で……。今日はたまたまなんです、早起きできたの」
「遅刻してるわけじゃないし、間に合うように出社すればそれでいいと思うよ。俺はどうも仕事の効率が悪いから、人より少し早めに行ってるだけで」
「効率が悪いなんてそんな!めちゃくちゃ仕事できるじゃないですか」
「いや本当にそうなの。森村さんは俺を買いかぶってるみたいだけど」
苦笑いした主任に私は、そんなことありませんと譲らなかった。
というか、仕事が出来ない人が主任になれるわけがない。
彼は謙虚というか、つねに上を目指しているのだろうな。
そのへんも私とは大違いだ。