ハイド・アンド・シーク
あとには引けない
「うーん。なんというか話が飛躍しすぎてて読みにくい……かな」
「……やっぱりそう思いますか」
飲み会の帰りに一緒に帰ったのは、つい数日前のこと。
あんなに胸がときめいていたはずなのに、今の私の気分は最悪だ。
言葉が優しいぶんまだ救われるけれど、指摘される内容はけっこう容赦ない。
目の前で、私の作成した原稿をめくりながら有沢主任が眉間にシワを寄せていた。
「さっきも言ったけど、第二項目の事業の状況の部分。リスクしか書いてないから、ちゃんとメリットも付け足してほしいのと、それから前累計期間の記載がないと当累計期間との比較が出来ないから…………、森村さん、大丈夫?」
急いでメモを取っているのに、書いていることがぐちゃぐちゃで頭の中もこんがらがる。
仕事の出来ないダメな部下と思われているに違いない。
黙り込んでボールペンを握ったままの私に、主任は心配そうにデスクに座ったまま呼びかける。
森村さん?と二度目の呼びかけで、なんとか顔を上げた。
「す、すみません……。追いつけなくて……。もう一度言っていただいてもいいですか?」
「ごめん、俺も早口になっちゃって。えっと、第二項目の……」
最初から今度はゆっくりと繰り返そうとしてくれている主任のそばに、ひとつの影が足早に駆け寄る。
主任ちょっといいですか、と私の間に割って入り、企画部のお局様的な存在の先輩である徳田さんが、赤いフレームのメガネをクイッと上げて邪魔だとばかりに手で私を追い払った。
彼女は主任に憧れる女性社員の一人ということは、誰が見ても一目瞭然で私でも分かる。分かっていないのは主任だけ。
やたらと主任の肩に触れたり、顔を近づけたりしている。
「菜緒ちゃんのは急ぎじゃないでしょ?こっちは締切が今日だから先に見てもらいたいの。出直してもらえる?」
徳田さんのその言葉に、私は即座に身を引く。
「分かりました……」
私だって、締切は明日の午前中なんだけどな。
だけど口には出せなかった。
踵を返す直前に、主任が「ごめんね」と言いたげに手を合わせているのが見えて、逆に申し訳なくなった。