ハイド・アンド・シーク
まずい。今のままだと絶対に間に合わない。
スピードに追いつけずに文字がぐちゃぐちゃに並ぶ汚いメモ帳を見下ろして、深いため息をついた。
「菜緒、大丈夫?休憩入れそう?」
隣のデスクから茜が私を気にかけてくれたけれど、力なく首を振ることしかできない。
「今日は無理っぽい……。下のコンビニでおにぎり買って食べながらやる」
「……リリース原稿、大変そうだね。厄介なの田中さんから引き継いじゃったねー。おにぎり買ってこようか?」
「ありがとう〜。明太子とツナマヨでお願い」
親友の優しさに涙がちょちょ切れそうになる。
先月だって、何度も何度も数え切れないくらい広報部に出入りしてやっとオッケーをもらったのだ。おかげで他の仕事は手つかずになり、しわ寄せが数日間続いて死ぬ思いをした。
資料を家に持ち帰り、土日で土台を作り直して今日の朝一番に主任に見せたものの、十分後には呼び出されてやり直し。それを繰り返していた。
的確なアドバイスをもらえるからその通りにしたいのだが、私の能力が彼の要求に応えられないのだ。
茜に五百円玉を渡してコーヒーとおにぎり二つを買いに行ってもらった。
私には休憩している暇なんてない!
お昼休憩の時間帯は事務所内がガランと空く。
何人かは私のように仕事をしているが、人の気配がほとんどないので静かだ。
カタカタカタとキーボードを打ち、資料を眺めては打ち込んだ文字を消し、また打ち、打ち直し、さすがに解放されたくなってきた頃。
「大丈夫?」
と主任の声が聞こえて、ビクッと身体が震えた。
私を驚かせてしまったと思ったらしく、彼は恐縮したように「ごめんね」とすぐに謝ってきた。
「休憩入ってないよね?少し息抜きしてきたら?」
「大丈夫です。今日中に終わらせないといけないので」
「そう?……さっきの件、ちゃんと話しておいた方がいいかと思って。いま時間は取れる?」
「取れます!」
瞬時にメモとボールペンを持って席を立った。