ハイド・アンド・シーク
お腹は空きすぎて、空腹の山は越えた。
意地でも終わらせてやる、とようやく原稿を書き終えたのは二十二時。
くぅ〜っと背伸びしてデータを保存し、そのデータを別なフォルダに移動させる。
コーヒーを飲んでひと息ついた後、パソコンに目を向けて愕然とした。
今さっきあったはずのデータが、どこにもない。
「あれ!?」
立ち上がり、パソコンの画面を覗き込むようにして何度か確認するけれど、やはりデータはどこにもなかった。
その場に立ち尽くし、頭の中で起こったことを整理する。
…………つまりこれは……、努力が水の泡になったってこと?
現実を受け入れられなくて、ぼんやりと何も表示されていない空っぽのフォルダを眺めていると、オフィスのドアが開く音がした。
思いがけない人が現れて、私は息を飲んだ。
「有沢主任!どうしてここに!?」
主任は主任で、私がいるとは思っていなかったようで目を丸くしていた。
さらに驚いたことに、主任は私服だった。
落ち着いた色合いの水色のシャツ、中には白いTシャツ、そしてデニムを着ている。手にはネイビーのジャケットか何かを持っている。
「誰もいないと思ってたのに。森村さんがいるからビックリした。事務所の電気の消し忘れかと」
「私は……やっと今原稿が終わって……」
「終わったの?良かった、どうなったか心配してたんだ」
主任はホッとしたように笑っていつも座っている自分のデスクまで来ると、机の上に置かれていた黒い携帯を手に取った。
「携帯、ここに置き忘れたことに風呂上がりに思い出して。明日でもいいかと思ってたんだけど、友達から電話が来ることになってたから……、……森村さん?」
携帯をデニムのポケットに突っ込んだ主任は、にこやかに笑っていたのに表情を曇らせて近づいてきた。
「どうしたの?なんかあった?」
今は、近づかないでほしかった。
我慢していた涙がドバっと溢れた。
「ちょっ……!森村さん!なんで泣いて……」
「どうしようーーーーー。データが消えちゃったんですーーーーー」
「ええぇ!?」