ハイド・アンド・シーク


「有沢主任っていいよね〜。顔がかっこいいとかじゃないんだけど、あの優しさと笑顔はけっこうファンが多そう」


お昼休憩になり社員食堂に赴き、A定食をテーブルに置いて食べ始めた頃。ポロリと茜がそう言った。
私は耳を疑った。今まで彼女が有沢主任のことを話題にしたことなどなかったからだ。

内心激しく戸惑ったけど、顔には出さないように極力努めた。


「そうかな。たしかに優しいけど、ファンなんて呼べるくらい人気あるかなぁ」

「だってさっき総務課の工藤さんが、お目目キラキラさせながら主任に話しかけてたよ。ありゃたぶん恋してるね」

「……へぇー」


そういう情報は知りたくない。
彼のいいところを知っているのは、私だけじゃないんだって思い知らされる瞬間だから。

私のフィルターを通せば、彼はとてつもなくかっこいい。
だけど、それは私以外にもきっともっといるに違いない。


「この間なんてさ、秘書課の山家さんが部長に用あって事務所に来たのよ。で、帰りに重そうな荷物抱えて出ていこうとしたら、主任が走ってドア開けて、しかもその荷物を軽々と持って運んであげてて。あんなの自然に出来ちゃうんだからすごいよね」


私の気持ちなんか知る由もない茜は、羨ましい以外のなにものでもないエピソードを披露してくる。これでかなりのダメージを受けているなんて、想像していないだろうな。

分かっていることだ。彼が、みんなに優しいということは。
私にだけ優しいわけじゃない。
でも、こうやって話題になるのは心苦しいところでもあった。


一年前、彼と初めて出会った時のことを思い出す─────





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