ハイド・アンド・シーク
主任は携帯を肩と右耳の間に器用に挟んで電話をしながら、キーボードを両手で打ち続けている。
「そういうことだから、俺の家に来たって誰もいないから。また日を改めて都合いい時に連絡するからその時に会おう」
電話の相手が何か大きな声で文句らしい言葉を言っているのが、隣の席にも聞こえてきた。
会話の内容までは分からないが、相手が女性であることはすぐに分かった。
…………もしかして、彼女?
恋人がいてもおかしくはないと思ってはいたし、覚悟はしていたから、そこまで動揺はしなかった。
でも、実際に目の当たりにするとけっこうショックを受けるものなんだなと、やんわり胸の上あたりを手で上下に撫でた。
「それじゃ、またね」と電話を切った主任は、はぁっとため息をつく。
「……大丈夫ですか?私のせいで、その……今の人と会えなくなってしまったんですよね?」
おそるおそる、声をかける。
主任は私が気を遣わせないようになのか、明るく笑い飛ばした。
「そんな大したことじゃないから平気だよ。あいつらどうせまた図々しく突然連絡よこして押しかけてくるだろうし」
「あいつら?」
「あぁ、今の電話は大学時代の友達なんだけど」
彼女、とは言わなかった。友達というのは信じていいの?
モヤモヤしている私には気づかない様子で、主任は話を続けた。
「仲の良かったサークル仲間が結婚するんだけど、サプライズでDVD作ることになって。今ちょうどみんなで飲んでるから俺も来れば、手っ取り早くメッセージ動画作れるから来いよって言うの。でも今は会社だって言ったら面倒だから嘘ついてるだろう、って」
「そうだったんですか」
「俺の家の場所も知ってるから今から行くとか言い出してね。本当にうるさい奴らだから近所迷惑になっちゃうし、絶対に来てほしくないの」
「…………ふふふ、面白そうなお友達ですね」
彼女ではなかったこと、具体的に話をしてくれたことが嬉しくて、つい笑ってしまった。こんな事態に笑うなんて、無神経というか非常識だと思われてしまいそうだけれど。
憎めない奴らかな、と答える主任は口では嫌がりながらも、心許してる友達なんだなぁというのが伝わってきた。