ハイド・アンド・シーク
そんなに簡単なものじゃない
しんと静まり返ったオフィスで、ブーブー鳴り続ける携帯の音と震えを感じてもぞもぞと身体を起こした。
あれ、ここはどこ?
頬を触ると、カサカサしていて乾燥がひどい。
腕を枕代わりにしてうつ伏せの体勢で寝ていたせいで、上半身が痛かった。
携帯のアラームがいつも通り六時を知らせる音を鳴らしていた。
「寝ちゃったんだ、私……」
誰もいないオフィスでつぶやき、制服のままの自分を見下ろした。
お風呂にも入ってないし、着替えてなんかもちろんいないし、メイクも落とさずに寝てしまったからお肌の状態も最悪の予感。
はらりと黄色いメモのようなものが足元に落ちたので、拾い上げた。
『お疲れ様です。いったん帰宅してから出社します。今日は午後から年休を使って、休んでください。有沢』
男性にしては読みやすくて整った字で、そう書いてあった。
私の肩には、昨日彼が手に持っていたネイビーの上着がかけられていた。昨日はジャケットに見えたけど、マウンテンパーカーだった。
これを着ないで帰ったのか、と申し訳ない気持ちになる。
朝が早いから、まだ暖房が来ていない。
もう少しこのパーカーにお世話になろうと、袖を通した。
ブカブカだけど、暖かい。
お言葉に甘えて午後からは年休を使わせてもらおう、と年休届に記入しながら、ふと手を止める。
好き、って言ってしまった。
彼に伝えてしまった。
どんな顔をして会えばいいの。
巻き戻せない時間を恨んだ。