ハイド・アンド・シーク


行き場のないどうにもならない想いを途方もなく浮かべて、昨夜の告白をひたすら悔やんだ。

好きだなんて、言わなければよかった。
気まずくて、いつもより遅れて出社してきた主任の顔をまともに見られなかった。


漏れそうになるため息を堪えていると、松村さんが目を細めて微笑んだ。

「森村さんは頑張り屋さんだから、よろしくって言われたよ」

「全然!そんなことないんです。前回も今回も、手直しばかり入って、一回じゃ通らなくて……。頑張ってもちゃんと成果にならなきゃ意味ないですよね」

「えー!成果になってるよ。前任の田中さんも、数え切れないくらい毎回改稿を重ねてたし。そんなもんよ、この仕事って」

「……そうなんですか?」

「田中さんは、心底嫌そうにうちとの仕事やってたけどね。だからこっちから有沢にお願いしたの、別な人いない?って。それで、君に白羽の矢が」


あれ?聞いてた話と違う。

田中さんから引き継ぎを受けた時は、「こんなのチャチャッと出来るから大丈夫よ!」なんて言われたんだけど。
それから、田中さんから指名されて私が後任になったはずなのに。
違うの?


「後任を選んだのは有沢だよ」

私の疑問を拭い取るように、松村さんが答えた。
訝しげに見つめる私の視線に気づいて、彼はにこりと笑う。

「まだ一緒にやり始めて二ヶ月だけど、僕たちも君とは仕事がしやすいと思ってる。素直に吸収して、分からないことはきちんと聞きに来てくれて。そういうのって、仕事をする上ではシンプルだけど意外と重要なことだから」


泣く場面じゃないのに、泣きそうになった。そんな風に見ていてくれているのは、喜ばしいことだ。

仕事に厳しいのは当たり前のことで、嘆いてばかりいるんじゃなくて私も学ぶべきことはまだ山ほどある。現状に満足していてはダメなのだ。


「これからもよろしくね、森村さん。有沢にもよろしく伝えて」

松村さんにそう言われて、私は曖昧に微笑んだ。
たぶん伝えられないと思うけれど、この場では一応それらしく返しておかないと。

きっと私は今まで以上に、主任の顔を真正面から見られないだろう。




< 58 / 117 >

この作品をシェア

pagetop