ハイド・アンド・シーク
廊下に小さな休憩スペースが設けられている。
二組しかないテーブルとイス。そのひとつは、すでに女性社員二人が座って世間話をしていた。
月末の忙しい時期だったので残業をしていた私は、五分だけ休憩しようとオフィスを出てこちらまで出向いたのだが、ここに私がいたのでは彼女たちの会話を聞いてしまうことになるかな、なんて漠然と思った。
喉の渇きだけでも潤そうと、奥まったところにある自動販売機へ行くと先客がいた。
チャコールグレーのスーツを着た長身のその人は、後ろ姿しか見えない。
身体にあったサイズのジャケットとスラックス。なんか、脚が長い。スタイルいい人だな。姿勢もいい。靴もきれい。
どこの部署の人かな?
そんなことを考えていたら、目の前の彼が落胆したような呟きをしたのだ。
「はあぁー……ダメか……」
ガックリと分かりやすく肩を落として、こちらを振り向いた。
すぐ後ろにいた私と目が合う。
初めて見る顔だった。
後ろ姿から想像していたよりも、ずっと洗練された顔立ちだった。
世間で言うイケメンじゃないけど、ちゃんと身なりを整えた爽やかな印象。さっぱりとした顔つきは、万人受けしそうな感じ。
少し落ち込んだような表情をしていた彼は、私を見るとすぐに穏やかに微笑んで身を引いた。
「あ、すみません。どうぞ」
「えっ?でも……」
自販機で何も買っていない様子だったので、疑問に思った。
もしかして一万円札しかないとか?
だとしたら、私のお財布から小銭を出した方がいいのだろうか。
まごつきながらも私はお財布を開けつつ、この場から立ち去ろうとしている彼を呼び止めた。
「あの、小銭がないなら貸しましょうか?」
「─────え?」
驚いたような彼の目が私をとらえる。
そして、ふっと柔らかく笑った。
「ありがとうございます。でも大丈夫。飲みたかったコーヒーがなかっただけだから」
「そうでしたか」
余計なお世話だったかな、と目を伏せる。
そのまま自分の飲みたかった微糖のコーヒーを買った。
微糖の隣に並ぶブラックのコーヒーが売り切れていた。それを見て、あぁ彼はブラックのコーヒーが飲みたかったんだなと気づく。
チラリと休憩スペースを見やると、彼はもういなかった。