ハイド・アンド・シーク
『赤いUSB、あったよ。ファイルに名前はなんてついてる?』
「唐渡会施設会議録、です」
『了解。ありがとう』
主任のホッとしたような声を聞いて、早めに作っておいて良かったと心から思った。
些細なことかもしれないけど、彼の役に立てたみたいで嬉しい。
胸をなで下ろしていたのもつかの間、ほんの少し声をひそめた彼の声が電話を通して私の耳に届いた。
『森村さん。昨日のことなんだけど』
うわー、それ電話で触れてきちゃうの?
「…………昨日のことは、あの……忘れて下さい……。本当にすみませんでした」
『そうだね。ちょっとビックリした』
「申し訳あり……」
謝ろうとしたら、遮られた。
『仕事中に言うことではないと思う。とりあえず、コンペが終わったら一度きちんと話したいです』
声の温度は、一定で淡々としていた。
主任にしては温もりのない、感情の読み取れない声。
確かに、残業しておいて好きだなんて言ってしまったのは私だし、あの場面で言うこともなかったというのは分かっている。
不謹慎だ、とでも言われるのかな。身の程をわきまえろとまではいかなくても。
優しい彼のことだから、言葉は選んでくれるだろうけど。
改めて振られるんだ、私。
答えなんて分かってるのに。
「……はい、分かりました」
『じゃあ、今日はゆっくり休んでね。また明日』
「お疲れ様でした」
最後の彼の声は、いつもみたいにすごく優しかった。
あの話になると、なんとなく冷たく感じるのは気のせいではないはずだ。
コンペまで二週間を切った。
恋愛対象外の部下が好きだのなんだの言っているのに、付き合っている時間なんかないのだ、彼には。
電話を切って、深いため息をついた。