ハイド・アンド・シーク
備えあれば憂いなし
それから、月末の建築コンペティションの日を迎えるまでは目まぐるしかった。
誰もがみな複数のクライアントを抱え、私や茜のような事務員も同様に担当業務がある。営業部が契約を取ってくればそれは事務員に振り分けられ、細かな契約書類を作成し期日までに営業部の人間へ渡す。
それは迅速であればあるほどありがたがられるもの。
どの業界でもそうだと思うのだが、期日より早く仕上げてくる会社はより信頼されるからだ。
偶然が重なり、新規契約の取りつけが何件も連続で発生し、多忙で嬉しい悲鳴となった。
当然ながら豊谷部長は上機嫌。
コンペに向けての下準備も順調に進んでいて、すべてはいい方向へ向かっていた。
「─────というわけで、当日は男性陣はダークカラーのスーツに落ち着いた色味のネクタイでお願いします。くれぐれも派手な色柄のものは避けてください。女性陣も同じくダークカラーのスーツ、なければ落ち着いた色味のジャケットにスカート、もしくは細身のクロップドパンツ等を合わせるようにして下さい。インナーは白で統一願います。アクセサリーは控えめなものを最低限身につけるように」
コンペの前日は終業後に営業課のオフィスに関係者が全員集まり、明日のコンペでの服装の確認をされた。
事務員は私服通勤の制服勤務なので服装に気を遣ったりしてこなかったけれど、これを機会にきちんとしたスーツくらいは持っていてもいいのかもしれないとぼんやり思った。
お局様の徳田さんもコンペには手伝いとして参加をするので、私と茜の隣でフフンと鼻を鳴らす。
「あなたたち、コンペに参加するの初めてね?明日は足引っ張んないようにしてよね?菜緒ちゃんあたり、クライアントの重役にお茶とかかけちゃいそうでヒヤヒヤするわ」
「……き、気をつけます」
なんとなく私もそんな予感はしていたので、苦笑いしか返せない。
そんな私の対応が気に入らないらしく、言い返せとばかりに茜が不満たっぷりの顔で私の背中を肘で小突いてきた。