ハイド・アンド・シーク
「えーっ、ちょっと菜緒!大丈夫?」
準備する担当場所の違う茜が私を見つけて眉を寄せていたけれど、私はまったく気にはしていなかった。
「ふふ、大丈夫!こう見えて大学までテニスやってたし!」
「……テニス関係なくない?とっくーの指示!?あいつ、分かりやすく菜緒のこといびりやがって!」
「人手が足りないらしいからね」
この指示はいびりではないはず、と信じたい。
茜の方は、会場で使うパソコン機器の設営の補助なので、SEの人たちにくっついて回っている。
無理しないでね、と手を振ってくれた。
「森村さーん!俺がやるよー!?こんなことして怪我でもしたらどうするのー!」
と、遠くから営業部の越智さんがこちらへやって来るのが見えた。
当たり前だが素面なのでとてもまともだ。
余談だけど、酔っ払って私に散々絡んだあの飲み会の時のことは後日謝られた。
「越智さん、私は大丈夫ですからあっち手伝ってください。持ち上げられなくて手こずってましたから」
両手が塞がっているので、視線を階段の方へ向ける。
階段の下で何やら大きな黒い機械を三人がかりで持ち上げているのを見て、越智さんはすぐにそちらへ飛んでいった。
こういう時、元ラグビー部ってすごく活躍しそう。
いくつかテーブルを運び入れ、次はイスを運ぼう三脚まとめて持ち上げた時、後ろからふわりと力が加わって私の手元が軽くなった。
「森村さん、どうしてこんなことやってるの?」
「しゅ、主任!おはようございます!」
場面に合っていない言葉を返したためか、後ろにいた有沢主任が半分笑いながらも呆れたような顔を見せた。
「担当場所ってここじゃないよね?」
「人手が足りないからこちらを、と徳田さんに言われまして……」
「森村さんって本当につくづく……、まぁいいか。とにかくここは俺が代わるから、君はそろそろ受付に待機していてもらえるかな。クライアントが早めに来てしまうかもしれないからご案内よろしく」
ひょいっと両手に何脚も手に取って、彼はさっさと行ってしまった。
「つくづく」の続きはいったいなんだったのか。
つくづく要領の悪い女……なんてそんな口が悪いようなことは彼は言わないか。似たようなことだろうけど。
とりあえず主任に言われた通りに、会場入口の受付へと移動した。