ハイド・アンド・シーク
先ほどの男性は自分の隣に座る若い男性に声をかけて、なにやら質問を重ねているようだった。当然だが、若い男性だってクライアント会社の一人であり関係者であることは間違いないが、専門的なことを説明できるほどの知識は無さそうだ。
その証拠に彼は神妙な面持ちで首を捻っている。
「徳田さん……どうしますか?」
「困ったわね。ここであのおじいさんが空気を読まずに部長にぶしつけな質問なんて投げかけたら、プレゼンが台無しよ」
徳田さんは私に小声でそう囁いた後、意を決したように口をきゅっと結び「行ってくるわ」と拳を握りしめて、前に座る白髪の男性に腰を落として声をかけた。
「失礼致します、どうかされましたか?」
背後から声をかけられて男性は少し驚いたようだったものの、すぐに表情を元に戻すと資料をボールペンの先でトントン叩いて口を尖らせた。
「年寄りにも分かるような説明をしてくれると助かるんだけどな」
「申し訳ございません。どのあたりでしょうか?」
「うーん、全部!」
全部でございますか、と徳田さんの横顔が引つるのが見えた。
「ほら、今ちょうど話してる防音の話もそうだ。建物の内部構造の話をされても、どの程度の音がどのくらいまで遮断されるのかの話はしてくれないじゃないか。俺みたいな素人には分かりづらくて仕方ないよ」
男性は話しかけてきた徳田さんを捕まえたとばかりに留まらせ、資料を見せるようにして答えを要求する。
答えに詰まる彼女を助けようと、誰か手が空いている営業部の人はいないかと私は素早く会場内に目を配った。しかし、みんな真剣に部長のプレゼンに耳を傾けていてとてもじゃないが私たちには全く気がついていない。
茜が声をひそめて「大丈夫かな?」と心配そうに徳田さんを見つめているだけだ。