ハイド・アンド・シーク


諦めて自分の部署へ戻ったのだろうと、缶コーヒーを片手に休憩スペースを通り抜けて廊下を歩いていると、少し進んだところでまた同じさっきの彼と会った。

彼は壁に背中をつけて、携帯を眺めているようだった。


普通にそういう姿ってどこでもよく見るけど、この人はなんというか全体的にスラッとしているからか様になる。
私ももう少し姿勢を良くしたら、見た目の印象も変わるかな。

残業で残っている社員は少なくない。
廊下には方々のオフィスから聞こえる話し声で溢れていた。

彼に近づくにつれて、彼が脇に挟んでいる黒い財布が映る。
私と同じで、ちょっと休憩がてら喉を潤したくて自販機まで来たんだろうに、可哀想だな。そう思った。


携帯を眺めていた彼は、私に気づいて会釈してくれた。
その顔は、やっぱり優しく微笑んでいて。この人はいつもこんな優しそうな顔をして過ごしているんだろうかと不思議に思うくらいだった。
空気感が、和やかというか癒される。


「余計なお世話だったら、すみません」


この時の私は、もうほとんど無意識だった。
私が声をかけてきたからか彼は目をちょっと見開いて、なんだろう?という顔をした。


「もし良かったら、すぐそこに給湯室があるので一緒に行きませんか?お客様用のコーヒーがあるので、私が淹れますから」

「え!いいんですか?」

「ふふ、みんなには内緒ですよ」


今思えば、こんなことよく言えたなと自分でも感心する。
これが立場のある人だったら「お客様用のコーヒーを飲むなんて!」って怒られていたかもしれない。

でも彼はとても嬉しそうにしていた。


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