ハイド・アンド・シーク
「とっても分かりやすくて、要点もまとまってるよ。君も読んでみるといい。俺みたいな素人にも分かるように書いてあって読みやすい」
「で、でも」
「今すぐ全員分印刷してくれ。で、配布ね。よろしく」
徳田さんの抵抗は空振りに終わり、私たちはいったんその場を離れる。
二人で足早に会場の端っこを歩きながら、なんなのよ、と徳田さんの愚痴ともとれるつぶやきを聞かされた。
「なんなの、あのおじいさん。何者?あの人にあんな指示出されて、従っていいわけ?」
「わ、私にもよく分からな……」
「菜緒ちゃんが余計なことするからよ!!」
「わぁぁっ、すみませんっ」
プチヒステリーを起こしつつある徳田さんに謝りながら、私たちは有沢主任の元へ向かっていた。
主任は営業部の人たちに混ざって座っていて、私たちがコソコソと近づいてくるのを見つけて何事かと席を立ってくれた。
暗い会場だから、そこまで私たちを気に留める人はいないだろうが、あまりやりすぎると目立ってしまう。
主任は「どうしたの?」と私たちを迎え入れつつも戸惑いの表情を浮かべていた。
「主任!森村さんが暴走してます!止めてください!」
「え?森村さんが?」
「す、すみません……」
私のせいでこのコンペがダメになったら、もう会社を辞めるしかない。
徳田さんの言う通り、余計なことなんかしなければよかった。
後悔だけが頭を支配する。
手短に徳田さんが状況を説明し、私が個人的に作った資料を主任に手渡す。そして主任はその資料を手早く確認したあと、会場の後方をうかがうように誰かを探していた。
「どの人に言われたの?」
「あの人です、最後列に座ってる白髪頭のおじいさん」
「………………やられた」
やられた、とは?
私も徳田さんもさっぱり飲み込めていないけれど、主任は何かを悟ったような顔をしていた。
そして私が作成した資料を片手に、私たちに
「言われた通りにやるしかない。これ、預かるね」
と言い残すと、すぐに会場を出ていってしまった。
「やっちゃったわね、菜緒ちゃん」
「やはりそう思いますか……」
「もうすぐ丸四年だったかしら?お疲れ様」
「…………」
すっかり私が会社を辞めるという体で話をしている徳田さんに、何も言い返せなかった。