ハイド・アンド・シーク
「どうかな、森村さん?これを機に営業部に異動なんて考えたりしない?」
けっこう酔いが回っているのか営業部長がそんなことを言い出したので、私は小さく「えぇっ……」と呻いた。
営業部に異動なんて、微塵も考えていなかった。
どう考えても、私には向いていないと思うのだけれど、よほど酔っているんじゃなかろうか。
「ぶちょーーー、ダメですよー、菜緒は企画部のものなんですぅー」
と、誰よりもお酒を飲んで無礼講になってしまった茜が、部長の肩を叩きながらガハガハ笑う。
さすがの私でも、今回のことだけでほいほい営業部に行こうなんて軽いノリは出来るわけがない。
なによりも企画部の仕事が好きだったし、それに─────
チラリ、と少し離れた席で徳田さんに絡まれて、困っている様子の有沢主任を見やる。
やっぱり、彼の元で働きたいという気持ちの方が断然強い。
「私は企画部が好きですから、営業部には……」
「あぁー、振られた!」
私の返答に、部長はわざとらしく頭を抱え込むような仕草を見せたけれど、顔は満面の笑み。どうやらふざけているだけらしい。
お酒の席のことだから、当たり前と言えばそうなのかもしれないが。
ハイペースでビールを飲みまくっていた茜が私の肩に手を回して、べーッと部長に舌を出す。
「菜緒は渡しませんからねー!」
普段の茜なら絶対にこんなことは言わないし、普段の部長ならこんなことをされたらムッとしているかもしれないが、みんな今日はわりとペースを早めて飲んでいるからか、誰も気に留めない。
部長も大きな口を開けて笑い飛ばしていた。