ハイド・アンド・シーク
コーヒーを淹れるのは慣れている。お客様にお茶やコーヒーを出すのは、事務員の仕事だから。
時には大がかりな会議なんかがあると一気に二十人近くのコーヒーを準備したりするので、手際も良くなった。
給湯室のどこに何があるのかも、手に取るように分かる。
お湯を沸かしている間、彼が私に話しかけてきた。
「仕事で疲れてるのに、こんなことお願いしちゃってすみません」
「いえいえ、私が言い出したことですから」
「あ、これインスタントの中でもけっこう高いやつだ。さすがお客様用だね。ラッキー」
私の手元を見て、彼のテンションが上がっていた。その無邪気な感じに親近感が湧いた。
とても話しやすい人だった。
その後、彼は私が淹れたコーヒーを、私は自販機で買った缶コーヒーを、ひっそり給湯室で二人で飲んだ。
コーヒーのいい香りに包まれて、リラックスできた。
だからついつい、余計な話までしてしまった。
「まだ三年目なので、仕事は全然出来なくて役立たずで。いまだにミスも多くて……。パソコンの扱いもいまいちだから、エラーになったり大事なデータを消しちゃったり」
「あはは、データ消すのはまずいやつだね。バックアップ取るようにしたらいいよ。それか意外とデータも復元できたりするから、困った時はシステム開発部に連絡してSE呼ぶとかね」
「なるほど……。バックアップ、システム開発部……。今まで先輩に任せっきりにしちゃってました」
「えっ、メモとるの?」
「はい、忘れちゃうので」
いそいそと給湯室の台にメモ帳を載せてボールペンで書き込んでいると、おもむろに彼が覗き込んできた。
私の手帳の中身が気になったらしい。
しかし私はそんなことよりも、顔が近いことに緊張感を覚えていた。
なんか、すごくドキドキする。
「うわぁ、すっごい細かくメモしてるね。真面目さが出てる」
「そ、そんなことは……」
私は悟った。彼は私よりもだいぶ勤務年数が多いのだと。
私が三年目だと伝えてから、言葉がフラットになったからだ。
敬語の時と違って、距離が縮んだ気がした。なぜだか嬉しくなった。