ハイド・アンド・シーク
「君が思ってるよりも、俺はもっとずっと普通の男だよ。あまり美化しないでほしい。だから、それが嫌なら今のうちに」
「嫌なわけないじゃないですか!」
主任が言い終わらないうちに、私はやや興奮気味に遮ってしまった。
だって、だって、両想いってことだから。
これ以上の幸せなんて、たぶんどこにもない。
「私だってずっと、その手が離れていくのが寂しくて、いつも行かないでって思って」
まだ伝えたいことがあったのに、それは出来なかった。
素早く主任の手に引かれ、強く抱きしめられたからだ。彼の肩に埋もれて、何も言えなくなった。
伴って訪れる充足感が、頭のてっぺんから足の先まで一気に流れ込んでいく。
私の気持ちも感じてほしくて、そっと控えめに彼の背中に手を回す。
すると、今まで聞いたことのない近さで主任のあの優しい声が聞こえた。
「最初からずっと好印象だったけど、ひたすら仕事を頑張る姿や普段の気の抜けた姿を見ていて、もうかなりやられてます、俺は」
「…………そんなの気づきませんでした」
「気づかれないようにしてたから。だって部下にそんな気持ちを抱いてるなんて、普通に引くでしょ」
「引きませんよ!!ずっとずっと好きでしたから」
「君のことだから、俺の気持ちに気づいたら気を遣って無理やり合わせてくるんじゃないかと思って。それだけは避けたくて。……でも、取り越し苦労だったってわけか」
……そこまで私は、いい子じゃないですよ。
と、心の奥底でつぶやいたけれど。あえて口にはしない。
そんな風に彼が私を見ていたということが、なんだか不思議に思えた。
主任は自分のことを普通の男だと言っていたけど、それでも私はやっぱり普通の人よりは紳士的に思えた。
もっと本能的に、強引に迫ることだって出来たはずなのに。それをしない彼は、仕事の時と同じ、相手の立場に立って思いやりを持ってくれてるんだ。
─────ますます、好き。
彼の暖かさに溺れそうだった。