ハイド・アンド・シーク
「なんでも経験だと思うよ。俺も入社してしばらくは電話対応すら上手くできなかったし。偉そうに教えられるほど仕事してるかって言われると微妙なところ」
コーヒーカップを片手に肩をすくめた彼は、苦笑いして私に近づけていた顔を上げる。
メモをとり終えた私は身体を起こすと、角が擦れてだいぶ見た目が粗末なそのメモ帳を急いで制服のポケットにねじ込んだ。
五分だけの休憩のはずだったのに、もっとこの人と話していたいと思ってしまった。
そんな思いからか、ついつい仕事が思うようにできない自分への愚痴を口走る。
「経験……かぁ。封詰めとかプランニングのまとめみたいな雑務もそうなんですけど、毎週決まった書式で出す書類を作るのもモタモタしてしまって。納期も把握し切れなくて遅れてしまったり。効率が悪いことは自分でも分かってるんですけど、どうにもならないです」
「事務さんの仕事って膨大じゃない?すごい尊敬するんだけど。根気がいるでしょ」
「諸先輩方は本当に仕事が早くて、私も尊敬してます!あんな風になれたらなっていつも見てます。地味な作業は好きなんですけど……お客様も関わってくることだから、もっと工夫して頑張らなくちゃ」
先輩たちだけじゃない。
同期の茜は頭の回転が早くて、仕事の飲み込みも私より数倍早い。そして気が利く。
森村は使えない、とか思われていそうでそれも辛いところだった。
そんな空気はみんな優しいから誰も醸してきたりはしないが、自分のダメさに凹むことが多い時期でもあったのだ。
すると私が落ち込んでいることを悟ったのか、励まそうとしてくれているのか、彼は予想外の言葉を口にした。
「そういう気持ちを持ってるってことは、もっと成長できる証拠だよ」
「えっ……そうでしょうか」
「ただ言われたことを流れ作業でやるよりよっぽどいいよ。この仕事ってお客様に関わる期間も長いし、信頼関係の上でスムーズに進んでいくから。自分の能力を過信しないで、もっと頑張ろうっていう気持ちを持つことは大事だね。俺も見習うよ」
すごい人だな、と胸が熱くなった。
彼の口からは、つねにポジティブな言葉しか出てこない。
もしもこの人のそばで、この人の下で働けたなら仕事をすごく頑張れそう。
私なんか見習わなくたって、すごく仕事が出来そうな雰囲気を持っているのに。
なんて優しい人なんだろう。