キスからはじまる
……あれ?
図書室に到着したけれど、世良くんの姿は、ない。
本を持っていたから、てっきり図書室かと…。
図書室には、図書委員の男子生徒がカウンターにひとりと、椅子に座って本を読んでいる女子生徒ひとりしかいなかった。
もしかして、別の場所に読みに行ったのかな。
だけど、いつも教室で本を読んでいる世良くん。
だから、あの分厚い本は、今日返却するのかと思った。
もしかして、もう返却し終わって、わたしとは入れ違いで、すでに教室に戻ったとか!?
さすがに、教室で席についている今まで一度も会話したことがない世良くんに話しかけて外に連れ出す勇気なんてないよ。
もし昼休みにチャンスがなかったら放課後帰っているところを話しかける予定でいたから、最初からそうすればよかったかも。
カウンターにいる図書委員に『世良くんは来ましたか?』なんて聞けないし。
よし、もう教室に戻ろう。
そう思って図書室に背を向けようとした──そのとき。
「──珍しいね、西埜」
まるで風が通りすぎたみたいに、初めて名前を、呼ばれた。
心臓がどきっと跳び跳ねた。
分厚い本を持った世良くんが、後ろから、現れたのだ。
現れたといっても、わたしのために来てくれたわけはなくて、つい先ほどわたしがここにいることを珍しいと声をかけてくれたはずなのに、彼の目にはすでにわたしは映っていないかのようにカウンターに真っ直ぐ向かっていった。
やはりわたしの読み通り、返却しに来たようだ。
世良くんはどこかで寄り道してここに来たことがわかった。
そして彼はカウンターから離れると、奥の本棚へ進んでいった。
どうやら次に借りる本を探すようだ。
出入り口付近に立ち止まったままでいるわたしを、図書委員は怪訝そうな顔をした。
わたしはあわてて奥へと進んだ。