キスからはじまる
五列ある本棚。
端と端は壁に固定されている。
世良くんは今一番左側の棚で本を物色しているようだけど、わたしは彼のもとへは真っ直ぐ行けずに、彼とは一番遠い場所で身を潜めていた。
…って、こんなところで隠れている場合じゃない!
はやく世良くんに話しかけないと。
世良くんはきっと気づいているはずだ。
わたしがなにか言いたいことがあると。
だって、昨日のことがあって、その翌日に普段図書室を利用しない人間が来るなんて、不自然だ。
頭の良い世良くんは、きっとわかってる。わたしが謝りに来たと。
申し訳ない気持ちはちゃんと持ち合わせているんだから、素直に「昨日はごめんなさい」と言えばいいだけのはずなのに、わたしはまだ、行動に移せずにいた。
急に恥ずかしくなってきた。
世良くんの感触を思い出してしまったのだ。
世良くんの体は見た目よりごつかった。
まつ毛がわたしの肌をかすめそうなほど、長かった。
唇も確実に自分の柔らかさとは違う弾力があって……
吐息が、わたしの中に……
……って、なに考えてるの自分!!ばかばか!!
思い出しただけで、火照ってきちゃう。
こんなんじゃ、世良くんにまともに“ごめん”なんて、言えないよ。
もうこの時間は、諦めよう。
放課後にリベンジだ。
わたしはひとり大きくうなずいた──
「──そこの本、取りたいんだけど」
すぐ隣で綺麗な声がして、視界の隅で黒髪が揺れた。
ハッとして声がする方向に顔を向けると、そこには今わたしを悩ませている張本人がいつものポーカーフェイスで立っていた。
悩みの原因は、わたし自身なのだが。