キスからはじまる
もしかして、もしかしなくても。
「西埜の家って、ここ?」
ショッピングセンターから最寄り駅の電車にのって、20分ほど揺られて、また10分ほど歩いて。
郵便局の隣。
“西埜”の表札を目にした世良くんは、そこで立ち止まった。
もしかして、もしかしなくても。
途中からあれ、この路線って…、あれ、この道って…と考えているあいだに、あっという間にたどり着いた我が家。
『ついてきて』だなんて、ここ、わたしの家なんですけど。思わず突っ込みたくなった。
「…7時50分」
世良くんは携帯電話で時間を確認しながらそうつぶやいた。
まさか世良くん、わたしを8時までに帰らそうとして、ショッピングセンターから連れ出したの?
「わ、わざわざごめんね…!?」
「べつに。それより、お母さんにちゃんと謝るんだよ」
「う…」
逆に突っ込まれてしまった。
「送ってくれてありがとう、世良くん」
わたしはひとまずお礼を伝えた。
素直に嬉しくて、自然と顔がほころんだ。
「うん」
そう言って背を向けるかと思えば、立ち去らない世良くん。
「?世良くん?帰らないの?」
「いや、こっちのセリフ。家、入らないの?」
あ、そ、そういうことか。
「えっと、ちょっと、心の準備が、ね」
ごめんなさいって簡単そうで、難しい言葉。
ちゃんとお母さんの顔見て言えるかな…。
「…勇気が出るおまじない、してあげよっか」
ごめんなさいの練習をしていると、上からそんな言葉が降ってきた。
おまじない…?
パッと上を向くと──
本屋さんで触れた手がわたしの前髪に伸びていて、彼はそれを少し横によけると、露になった額に唇を落とした──。
「ほら、がんばって」
最後にそう言い残して、彼は去っていった。
せっかくごめんなさいの練習をしていたのに、頭からすっかりそれは抜けてしまった。
──4回目の、キス。
おまじないの効果は、あるいみ抜群だった。