キスからはじまる
「ご、ごめんね……っ──」
言い終わるころ、急いで離れようとするわたしの背中に世良くんは腕をまわしてぎゅ…っと引き寄せた。
さっきよりも、縮まったわたしたちの距離。
目の前に世良くんのネクタイがあって、洗剤のいい香りがした。
だけどそれはわたしの臭覚が反射的に感じとったものであって、わたしの思考は完全にショートしていた。
思わず鞄を落としそうになった。
世良くんが、わたしを抱き締めている。
こんな、道端で。
辺りは真っ暗だから、ほとんど目立たないけれど…。
どうしよう。
ドキドキが止まらない……。
ドキドキがばれたくなくてはやく別れようとしたのに、さっきよりも何倍も、ドキドキしている。
ドキドキしすぎて、のどがつまったみたいに声が出ないよ。
こんなふうに男の人に抱き締められるなんて、はじめてだ。
世良くんは、わたしの“はじめて”をたくさんうばってくる。
…だけどやっぱり、不思議と嫌じゃない…。
「…松木と付き合うの?」
頭の上から、聞こえてきた。
「…え…?」
松木…くん?
そんなことを聞くってことは…もしかしてさっき、松木くんがわたしに告白していたこと、聞こえてた…?
絶対そうだよね…。
「…ねえ、どうなの?」
少しだけ体を離したかと思えば、ゆっくりと顔をのぞきこんできた。
暗いから頬が赤いのはバレないと思うけど…目なんて、合わせられないよ。
「どうって…」
うつむいて、松木くんに言われたことを思い出す。
9月に一度、告白してくれた松木くん。
あれから2ヶ月経った今でも、わたしのことを好きでいてくれているなんて、ほんとにびっくりした。
松木くんは優しいし話しやすいし、すごくいい人だと思う。
だから、驚いたけど、素直に嬉しかった。
素直に嬉しかったのならば、わたしは、彼の告白の返事を前向きに考えるべきなのかもしれない…。そう思った。
「…帰ってからゆっくり考え──んっ」
わたしの言葉を遮るように、勢いよく塞がれた唇。
まるでその先を言わせないかのように、強く押し付けられた。
──5回目のキスは、
今までのような優しさはなかった。
わたしは息が一瞬止まった。