キスからはじまる


どうしよう。このまま家に帰っても部屋で勉強している自分がまったく想像できない。


とにかく帰ってはいけない。学校のどこかで勉強しなきゃ。


静かな場所がいい。


失礼かもしれないけど、わたしには吹奏楽部が練習している音色も集中力を切らしてしまう原因になる。


高校受験のときのわたしを思い出す。


わたしはどうしても静かな場所でないと勉強できない性格なのだ。


吹奏楽部とグラウンドと体育館から一番遠い場所といえば──、一ヶ所しか、ない。


──図書室だ。


そうだ、図書室がいい。


我ながらいい場所を思い付いた。


わたしはまるで今から楽しいことをするみたいに図書室へと足を運んだ。


決して勉強は楽しくない。


だけど、70点以上取らなきゃ、きっと8時門限が続行されるにちがいない。


だからなんとしても全教科70点以上とって、約束の門限10時にしてもらわなきゃっ!


図書室につくと、そこには男子生徒が一人本を読んでいるだけだった。


端のほうに座り、教科書とノートを広げる。


うん、やっぱり静か。


すっごく集中できそう。


静かすぎて、カチカチ、というシャー芯を出す音さえもうるさいんじゃないかと思わされる。


よし、頑張るぞー!


意気込んで問題に取りかかろうとした──そのとき。


「──こら。図書室で勉強は禁止だよ」


…え…っ?


横から話しかけられ、パッと声がするほうを振り向くと、そこに立っていたのはポーカーフェイス、世良くんだった。


ほんとだったら「わあっ!」と言いたいところだけど、ここが図書室ということが脳で考慮されたのだろう、わたしの驚きは声にはならなかった。


その代わり、心臓はめちゃくちゃ跳び跳ねたんだけど。

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