キスからはじまる
「どういたしまして。再来週の月曜日、また、ここにおいでよ」
図書委員だから、と彼は付け加えた。
「う、うん…!」
わたしは小さくうなずいた。
また、来てもいいんだ…。
なんだかうれしかった。
再来週の月曜日ってことは、ちょうど期末テスト1週間前だ。
また勉強を教えてくれると、すっごく助かる。ありがたい。
そのときはなにか甘いものでも持ってこよう。
そんなことを考えながら、荷物をまとめ終わったため立ち上がろうとしたら、彼に腕を軽くつかまれた。
「…?世良くん…?」
どうしたんだろうと思って彼のほうを見たけれど、しまった、と思った。
だって、彼がわたしのことをじっと見つめていたから。
そうしたら、わたしはもうなにも言えなくなる。
わたしはきっと彼の瞳に弱い。
真っ黒い、吸い込まれそうな綺麗な瞳。
ただでさえ魅力的な顔つきをしているのに、そんな彼が自分のことだけを見つめている状況で、固まる以外にできることがあれば教えてほしい。
少なくとも、わたしなんかは固まることしかできない。
サラサラの黒い髪の毛で、前髪は少し長め。
ほとんど笑わないせいで垂れることのない切れ長の二重瞼と、なにを考えているのか分からないけれどなぜか引き込まれてしまう瞳。
まるで彫刻刀で彫られたかのようなスッとした鼻筋。
そのほとんど弧を描くことのない薄い唇が小さく開かれた。
「…この前、ごめんね」
わたしの心臓がどきんっと飛び跳ねたのは、きっと言葉の意味を瞬時に理解したから。
だって、わたしが聞きたかったことだから。
だけど、もういいって思った。
聞かなくていいって。知らなくていいって。
だって、世良くんはこうしてわたしに優しく勉強を教えてくれた。
だからあのことは忘れようって。そう思っていたのに。