キスからはじまる
驚きすぎて、声がでない。
口を開くと歯がガクガクいいそうだ。
「西埜?」
棒立ちのわたしの名を、また呼ぶ。世良くんが、なぜか目の前に立っている。ああ、この声だ。わたしはこの声が好き。“あの子”を呼んだ声とはちがうけど……それでも好きだ。思わず泣きそうになった。
わたしたちだけの空間が、そこにはできていた。自意識過剰かもしれないけど、たしかにできていたの。
緊張しすぎて、指が震える。
ブレザーの襟にある校章を、うまくはずせない。
すると世良くんはふ、と小さく笑みをこぼしてから、その綺麗な指をそっと伸ばした。そしてわたしの校章をとってしまうと、「ありがとう」と言って列に戻っていった。
頭のなかは余計にごちゃごちゃになった。そんなわたしをメグちゃんは引っ張って、教室まで連れていってくれた。ダイくんの彼女はさっきクリスマス遊園地のことを話していたときよりも嬉しそうに腕をぶんぶんふりまわした。
「やばいね、世良!自分から胡春のところ来るなんて!」
嬉しそうに興奮の声をあげる。
わたしは嬉しすぎて言葉にならなかった。
だって、他の女の子が差し出していたのに、それを受け取らずにわたしのを奪っていったのだ。
みんなの前であんなことするなんて…!
言葉にならないかわりに、口元は完全ににやけてしまっていた。