キスからはじまる
正門を出て、ヒュウヒュウ冷たい風が吹くなか駅へと向かう。
はやく帰ってこたつに入りたい。
お母さんも寒がりだから、家のなかは常にあったかい。
電気代とかよくよく考えたら、大変そうだけど。
来週はこれより冷え込むとかありえないよ。
そんななかテストとか、やだなあ。
手がかじかんでシャーペンが握れなかったらどうしよう。カイロ忘れないようにしなきゃ。手に持つタイプもだし、貼りもしなきゃ。風邪ウイルスは体が冷えて弱ってるときにあっという間にやってくるらしいから。
さっきまで世良くんのことで頭いっぱいだったのに、さすがの世良くんもこの寒さには勝てなかったようだ、わたしの頭には“寒い”しか出てこなかった。夏は口に出して「暑い暑い」と言うけれど、冬は頭のなかで「寒い寒い」だ。寒すぎると声にもならないらしい。
だけど、次の瞬間に“彼”はまたわたしの脳内を支配してきた。
「──なんで、先帰ってるの」
すぐ隣にぬくもりがやってきた。体が固まったみたいに立ち止まった。
「世良く…」
うそ、わざわざ追いかけてくれたの…?
驚いて目を丸くさせて彼を見上げた。
ほんの少し息があがっていることに胸が震えた。
「これ、ありがとね」
そう言って校章を差し出された。
明日でよかったのに、そんな、追いかけるのが当たり前のように…。
彼の綺麗な手のひらのなかにある、わたしの校章。
彼が持っているだけなのに、それはなんだか光って見えた。
「…わたしじゃなくてもよかったのに」
つい、口に出してしまった。
いけない。わたし今、ものすごくめんどくさいことを言った。試すようなことを言った。それなのに。
「俺は、西埜に借りたかったんだよ」
彼はわたしのほしい言葉をくれた。わたし、ずるいよね。クラスでは、自分が“特別”って思いたかったの。例え世良くんに、“特別な子”がいるとしても…。
モヤモヤとフワフワが混じったような変な気持ちが胸に広がる。
でもやっぱり彼が今となりにいることが素直に嬉しくて、今は“フワフワ”を優先させることにした。