神様が飛んだ日
杭が眠る夜(小休止)
「このチビ何?」
「私の世話係だ」
真夜中。
何故かまた訪れた律が、すやすやと穏やかな寝息を立てている遥を見て仰天している。
今日は遥の部屋の準備が間に合わないと言ってきた頼仁に、私と共に寝かせるからいいと言ってからひと悶着あった。
たまたまほかの信者たちもいたため、彼らがよく囀ったからだ。
穢れるだ恐れ多いだ許されることではないとか。
そうだな、こんな子供を私のような人間の傍付きにするお前らは穢れすぎてるな。
とはいえ、騒がしい外野に反して、頼仁はどちらかというと肯定的だった。
それはそうだ。私が遥に情を寄せるのを企んでいるのだ。
私にとって遥が大切になればなるほど、遥を使って私を服従しやすくなるから。
そういうわけで、遥は今夜、私と眠ることになった。
私が眠るまで見守っていると息巻いていたが、気付けば座ったまま船を漕いでいるのだから可愛いものである。
小さくて細いが、肉もなければ筋肉もない私が遥を布団まで運べるわけもなく、とりあえず膝に頭を乗せて布団を掛けて休ませていたのだが、遥の寝顔に目を奪われてしまった。
今日会ったばかりの、名前くらいしか知らない子供の寝顔が、恐ろしく無邪気で、無防備で、胸の奥がむずむずとした。
子供の寝顔を見たのが、初めてだからだろうか。
こんな私の膝の上で、こんなに暖かく柔らかい生き物が寝息を立てていることが、まるで奇跡のように思えたのだ。
そうして一人浸っていると、律が音もなく現れたのである。
「びびったー。子供飼うとか、とうとうあんたも頭おかしくなっちゃったのかと思った」
律は笑いながらも、私のお願いをきいて遥を布団まで運んでくれた。
ところでお前はどうしてそんなに自然体なんだ。お前がしているのは不法侵入だ。
「てか、布団はひとつなわけ?はみ出ない?」
存外丁寧に遥を寝かしつけて、きっちり布団をかけながら不思議そうに振り返られ、私は言葉に詰まってしまった。
子供一人満足に寝かせてあげられないのかと、責められた気がしたのだ。
「あ……いや、遥の分は持ってきてくれなかったんだ。だから仕方がない。私は今日は起きておく」
「は?嘘でしょ寝なよ。そんな痩せてんのに更に寝不足なんかになったら折れちゃうんじゃないの?」
言っていることはよくわからないが、心配してくれているのは解った。
「見た目は確かにあれだが、そこまで弱くないと思うのだが」
むしろそこまで弱かったならよかったと思う。
全身骨折でもして重症化して死んでしまえるなら、それは救いだ。
「まあねえ、あんな寒空で拷問じみたことされてるのに、あんたけろっとしてるもんね」
「そうだな」
だよね、あれは人から見たら拷問に見えるよね。私の認識に間違いがなくてよかった。
「あんたのその、自分に無頓着すぎるところは、他を超越してると思うけどね」
何故か呆れられたが、好きでこうなったわけじゃない。
自分を大切にしていればしているほど、頼仁の仕打ちは私の心を壊すだろう。
考えてみれば、それがいけなかったのかもしれない。
さっさと壊れれば、捨ててもらえたかもしれないのに。
「お前、またここに来る気があるか?」
「会話の脈絡って知ってるかなあ?」
「……ごめん」
「だよね」
律という男は、馴れ馴れしいというより、突然現れて次の瞬間には友達のように振舞える人間だ。
自分を嫌う他人はまずいないということを、よくわかっているのかもしれない。
私との距離が近いのも、自分が近づいて嫌がる人間がいないと無意識でも思っているからだ。
「飴を、また持ってきてほしいのだが」
私が言うと、律はきょとんとした顔をした。
灯りが点いていると怪しまれるので、灯りは落としている。
けれど暗闇に慣れた瞳は、律の顔をよく見せてくれた。
「美味しかった?」
首を傾げて尋ねられる。
なんだその仕草。かわいいな。
「私にくれたのにお前には悪かったが、遥にあげてしまったんだ。とても美味しそうに食べていたから、また与えてみたくなったのかもしれない」
言うと、律はぼそっとあーそういうことね、と言った。
さすがに、私にくれたものを勝手に人にやったのはまずかったかもしれない。
怒っただろうか。
「すまない。折角私を心配してくれたのに」
「あーやめてえ。そういうんじゃねーからあ」
律はそっぽを向いて、まあまた気が向いたらね、と言ってくれた。
「お前はとても美しい見た目だけど、中身は可愛いのだな」
「だからそういうのやめてって言ってんだけど」
「すまない」
どうしてか、また怒らせてしまった。