神様が飛んだ日
何度目の死にたい
やっぱりやめとけばよかったな。
パンッパンッと先程からうるさい。
感覚はとうとう麻痺したかと思ったが、なかなかどうして、現実はそううまくはいかないものである。
一瞬でも叩かれるタイミングがずれると、叩かれた箇所がカッを火を点けたかのように熱くなり、とてつもなく痛い。
例の折檻の庭で、私は袴ひとつで地べたに這いずっている。
その背中と肩を、容赦なく警策で叩いている父親は、もうかれこれ三十分はお経を唱えながらそれを続けていた。
それらを少し離れた場所から見ながら、母と祖母が父に合わせ読経していた。
私は今は、祓い清めの儀の最中だ。
理由は簡単である。
出張から帰った父と母に、私が無断に入信したばかりの信者と会ったことがばれたからだ。
ばれないわけはないと思ったが、憎いことに、ばらしたのが面通しを希望した当の本人だった。
私が、あの青年に名前を尋ねたことを、会う人会う人に吹聴して回っていたそうだ。
〝美代様が、息子に興味をもってくださった〟のだとかなんだとか。
案の定、父と母の耳に入り、私はこうして折檻されているわけである。
父もそろそろ腕が痛いだろうに、いつまで続けるつもりだろう。
たまに思い出したように、冷水を浴びせられる。熱いのか寒いのか、わからなくなって、ただ辛い、ということだけが頭にあった。
意識がぼんやりとしている。
耳元で、警策がしなる音がする。
死ねばいいのにな、と思う。
私も、この人も。
そこで見ている母と祖母も。
私が本当に神様なら、この醜い遺伝子丸ごともって地獄に落ちるのに。
「お前は神だ、美代。お前は我々の〝祖〟から清らかな魂を受け継いだ、尊い存在なのだ。その身を、我が庭に入ったばかりの人間に晒し、穢されるとはなんたることか――」
読経はもう終わりなのか。
父からの有難いお話が始まった。
その言葉の半分も、私の耳には入ってこない。
身体を起こしていられない。
寒い、熱い、痛い、死にたい――。
長い髪が邪魔だ。
どうして、こんなに辺りが暗いんだろう――。
ああ、夜だからだ。部屋には時計が置かれていないので、父と母が部屋へと押し入ってきたときが何時だったかしれないが、夕食の塩を水が運ばれたあとだった。
自分でも他愛無いことを考えていた。
さっさと気を失ってしまいたいと思うのに、人間というのはどうしてこうタフなんだろう。
こんなところで、忍耐を発揮してどうするんだろう。
私は私を守ってくれないのだろうか。気絶のひとつでもすれば、この痛い時間は終わるのに――。
「あの美しい青年に惹かれたなどとは言うまい。あの青年は、あの美しい容姿を利用して女たちに媚を売っているのだ。わが身を差し出して、金を手にしている。己の尊厳を貶めている、お前がこの世で最も触れてはならぬ存在だ」
良く言うよ。
その青年が手にした金を最終的に手にするのはお前だろうに。
言い返す気力も、そんな真似することも許されていない。
私は一体なんだろう。
昔勝手にイメージした〝神様〟とはあまりにもかけ離れていて、自分はとても無力だ。
「お前は、清らかなままでいなくては」
まるで呪いだ。
ああ、息がしづらい。
寒い、熱い、痛い、しんどい――。
どうしてだろう。
今日も死ねなかった。