光のもとでⅡ+
Side 司 24話
陽だまり荘に着いたのは十時半。
広いリビングには、秋兄と唯さんしかいなかった。
出発までにはまだ三十分あることを考えれば、簾条と御園生さんは散歩にでも行ってるのかもしれないし、雅さんと蔵元さんは荷物をまとめているのかもしれない。
そう思っていたが、半分は当たりで半分はハズレだった。
翠が御園生さんたちの行方を訊くと、
「あのふたりなら、最後に納涼床へ行ってる。今日は納涼床、ふたりに譲ってあげて?」
「それはかまわないのですが……。蔵元さんは?」
「蔵元は帰りの道順と休憩で寄るサービスエリアを警護班に伝えに行ってる」
「じゃ、雅さんは?」
秋兄は「あー……」と白々しく視線を宙に彷徨わせ、
「二日酔いでちょっといじけてるかな?」
は……?
二日酔いって、あのあと陽だまり荘に帰って飲んでたのか?
「このメンバーで顔つき合わせて酒飲むの初めてで、昨日ちょっと飲ませすぎちゃったんだよね」
「だ、大丈夫なんですかっ!?」
「もともと酒は強いみたいなんだけど、少しいじけてるから様子見てきてくれる?」
秋兄に言われて翠は俺を振り返った。まるで許可を求めるような視線に、笑みが漏れる。
「行ってくればいい」
そう言うと、翠は唯さんから雅さんの部屋の場所を聞き、足早に一階へと階段を下りていった。
秋兄たちとは違うソファセットへ移動しようと方向転換したとき、シャツの裾を引っ張られ、「ここへ座れ」と秋兄に促される。
シャツの裾……。
翠が引っ張る分にはかわいいけど、秋兄がやったところでかわいくもなんともない。
そんな感想を抱きつつ、仕方なくその場のソファに腰を下ろすと、
「司のことだから、時間ギリギリまで翠葉ちゃんを星見荘で囲ってるのかと思ってた」
別にそれでもよかった。でも――
「翠が雅さんと話したそうだったから」
「司っちは本当、リィに対してだけは優しいよね。もう少しその優しさを俺にも恵んでくれてもいいと思う」
唯さんの言葉を無視して、
「雅さんがいじけてるって何?」
「秋斗さん、この子超つれないっ!」
「唯、いい加減諦めて? こいつ、どうしようもないくらいこういうやつなんだよ」
唯さんは口を尖らせているし、秋兄は苦笑している。
「ねえ、俺の質問の答えは?」
「なのに自分の要求はしっかり通すっていうね? いったい誰に似たんだろう?」
「秋斗さんでしょ?」
「秋兄だろ」
「君たち、こんなときばかり気が合うのね?」
「そういうのどうでもいいから……。で?」
「こればっかは雅さんのプライバシーの侵害になるから言えないっしょ」
「そうだなぁ……。ま、見てれば誰もが気づくことだとは思うんだけど」
プライバシーの侵害……? 見てれば気づく……?
昨日星見荘に来た雅さんを思い返してみるも、いくら思い返しても思い出すのは翠のことばかり。
ただ、翠の会話相手が雅さんだったときのことなら思い出せる気がした。
翠と話しているときは特段なんの変化もなかった。けれど、帰り際のあれはなんだったのか――
明らかに顔が赤かった。あれは泣いたあとの顔に見えたけど、なんで雅さんが泣く羽目になったのかは不明だし、御園生さんがキッチンでタイミングを図っていた理由も定かではない。
ただ、御園生さんがあれだけ気を遣っていたところを見ると、あのとき外では簾条の話ではなく、雅さんが絡む会話がされていたのかもしれない。
そこへきて、蔵元さんの手を制した翠の行動は何を指すのか。
あのときの雅さんは、翠の影に隠れていたように思う。
ただ、俺の位置からはしっかりと顔が見えていた。その顔は――
「……それまで以上に赤面していた……?」
「マジかっっっ――俺たちと別行動してたくせに、司っち自力でたどり着いちゃう系っ? どんな観察眼の持ち主よ」
「こいつ、絵描くの好きだから、その場その場を脳に留めておく能力には長けてるんだよね」
秋兄はやけに満足そうに答えるけど、
「雅さんってもしかして蔵元さんのことが好きなの?」
「たぶんね」
「たぶんって……」
「俺たちも本人から聞いたわけじゃない。ただ、周りで見ててなんとなくそう思っただけ」
「だから、蔵元さんを空港まで迎えに行かせた?」
「「ビンゴッ!」」
ふたりは人差し指を立てて声を合わせる。
「で、今日の帰りもふたりきりにさせようと思ってるんだけど、雅が俺の車に乗りたいって言ってきたから却下したわけ」
あぁ、話がようやくわかった。それでいじけているのか……。
「でもそれ、翠が行ったところでどうなる問題でもないだろ?」
「ないねぇ~」
唯さんはニヤニヤと笑いながら答える。
こういうとき、翠ならどう対応するか――
「……帰り、俺たちの車に雅さんが乗ってたら秋兄と唯さん投げ飛ばす」
「あはははっ! 司っち超絶素直っ!」
「ま、翠葉ちゃんだったら間違いなくその提案をするだろうけれど、司の性格を知ってる雅がその案に乗じるとは思いづらいかな」
「結果、やっぱり蔵元さんの車に乗ることになるよね」
そんな話をしていると、背後に気配を感じ振り返る。と、蔵元さんがにこにこと笑って立っていた。
「何か面白そうな話をしてますね? なんですか? 雅さん、私の車に乗りたくないとか仰ってるんですか?」
「そうそう。でもペアリングを変えるつもりはないから、蔵元適当に話してきてよ」
秋兄の丸投げ発言に、蔵元さんは凄みを増した笑みを見せ、
「そうですね。なぜおいやなのか含めて少し訊いてこようかと思います。あぁ、それから、予定通りあと十分で出ますよ。蒼樹くんのことだからそれまでに戻ってくるとは思っていますが、唯、念のために連絡を入れておくように」
「ラジャッ!」
会話が済むと、蔵元さんは颯爽と階段を下りていった。
「あの人、雅さんの気持ちに気づいてるの?」
疑問に思ったことをたずねると、
「さあね。ただ、蔵元も雅もいい大人だから、俺たちがそこまで関与する話でもないだろ?」
とかなんとか言って、あれこれ小細工してるくせに……。
「でも、あの雅さんと接してて気づいてないとかとんでもない鈍感だと思うし、司っちと同じく観察眼に優れてる蔵元さんが気づいてないとかあり得ないでしょ」
そう言うと、秋兄と唯さんはおかしそうにクスクスと笑った。
知らぬは雅さんのみといったところか……。
俺は何も聞かなかったことにして、天気のいい外へと視線を外した。
広いリビングには、秋兄と唯さんしかいなかった。
出発までにはまだ三十分あることを考えれば、簾条と御園生さんは散歩にでも行ってるのかもしれないし、雅さんと蔵元さんは荷物をまとめているのかもしれない。
そう思っていたが、半分は当たりで半分はハズレだった。
翠が御園生さんたちの行方を訊くと、
「あのふたりなら、最後に納涼床へ行ってる。今日は納涼床、ふたりに譲ってあげて?」
「それはかまわないのですが……。蔵元さんは?」
「蔵元は帰りの道順と休憩で寄るサービスエリアを警護班に伝えに行ってる」
「じゃ、雅さんは?」
秋兄は「あー……」と白々しく視線を宙に彷徨わせ、
「二日酔いでちょっといじけてるかな?」
は……?
二日酔いって、あのあと陽だまり荘に帰って飲んでたのか?
「このメンバーで顔つき合わせて酒飲むの初めてで、昨日ちょっと飲ませすぎちゃったんだよね」
「だ、大丈夫なんですかっ!?」
「もともと酒は強いみたいなんだけど、少しいじけてるから様子見てきてくれる?」
秋兄に言われて翠は俺を振り返った。まるで許可を求めるような視線に、笑みが漏れる。
「行ってくればいい」
そう言うと、翠は唯さんから雅さんの部屋の場所を聞き、足早に一階へと階段を下りていった。
秋兄たちとは違うソファセットへ移動しようと方向転換したとき、シャツの裾を引っ張られ、「ここへ座れ」と秋兄に促される。
シャツの裾……。
翠が引っ張る分にはかわいいけど、秋兄がやったところでかわいくもなんともない。
そんな感想を抱きつつ、仕方なくその場のソファに腰を下ろすと、
「司のことだから、時間ギリギリまで翠葉ちゃんを星見荘で囲ってるのかと思ってた」
別にそれでもよかった。でも――
「翠が雅さんと話したそうだったから」
「司っちは本当、リィに対してだけは優しいよね。もう少しその優しさを俺にも恵んでくれてもいいと思う」
唯さんの言葉を無視して、
「雅さんがいじけてるって何?」
「秋斗さん、この子超つれないっ!」
「唯、いい加減諦めて? こいつ、どうしようもないくらいこういうやつなんだよ」
唯さんは口を尖らせているし、秋兄は苦笑している。
「ねえ、俺の質問の答えは?」
「なのに自分の要求はしっかり通すっていうね? いったい誰に似たんだろう?」
「秋斗さんでしょ?」
「秋兄だろ」
「君たち、こんなときばかり気が合うのね?」
「そういうのどうでもいいから……。で?」
「こればっかは雅さんのプライバシーの侵害になるから言えないっしょ」
「そうだなぁ……。ま、見てれば誰もが気づくことだとは思うんだけど」
プライバシーの侵害……? 見てれば気づく……?
昨日星見荘に来た雅さんを思い返してみるも、いくら思い返しても思い出すのは翠のことばかり。
ただ、翠の会話相手が雅さんだったときのことなら思い出せる気がした。
翠と話しているときは特段なんの変化もなかった。けれど、帰り際のあれはなんだったのか――
明らかに顔が赤かった。あれは泣いたあとの顔に見えたけど、なんで雅さんが泣く羽目になったのかは不明だし、御園生さんがキッチンでタイミングを図っていた理由も定かではない。
ただ、御園生さんがあれだけ気を遣っていたところを見ると、あのとき外では簾条の話ではなく、雅さんが絡む会話がされていたのかもしれない。
そこへきて、蔵元さんの手を制した翠の行動は何を指すのか。
あのときの雅さんは、翠の影に隠れていたように思う。
ただ、俺の位置からはしっかりと顔が見えていた。その顔は――
「……それまで以上に赤面していた……?」
「マジかっっっ――俺たちと別行動してたくせに、司っち自力でたどり着いちゃう系っ? どんな観察眼の持ち主よ」
「こいつ、絵描くの好きだから、その場その場を脳に留めておく能力には長けてるんだよね」
秋兄はやけに満足そうに答えるけど、
「雅さんってもしかして蔵元さんのことが好きなの?」
「たぶんね」
「たぶんって……」
「俺たちも本人から聞いたわけじゃない。ただ、周りで見ててなんとなくそう思っただけ」
「だから、蔵元さんを空港まで迎えに行かせた?」
「「ビンゴッ!」」
ふたりは人差し指を立てて声を合わせる。
「で、今日の帰りもふたりきりにさせようと思ってるんだけど、雅が俺の車に乗りたいって言ってきたから却下したわけ」
あぁ、話がようやくわかった。それでいじけているのか……。
「でもそれ、翠が行ったところでどうなる問題でもないだろ?」
「ないねぇ~」
唯さんはニヤニヤと笑いながら答える。
こういうとき、翠ならどう対応するか――
「……帰り、俺たちの車に雅さんが乗ってたら秋兄と唯さん投げ飛ばす」
「あはははっ! 司っち超絶素直っ!」
「ま、翠葉ちゃんだったら間違いなくその提案をするだろうけれど、司の性格を知ってる雅がその案に乗じるとは思いづらいかな」
「結果、やっぱり蔵元さんの車に乗ることになるよね」
そんな話をしていると、背後に気配を感じ振り返る。と、蔵元さんがにこにこと笑って立っていた。
「何か面白そうな話をしてますね? なんですか? 雅さん、私の車に乗りたくないとか仰ってるんですか?」
「そうそう。でもペアリングを変えるつもりはないから、蔵元適当に話してきてよ」
秋兄の丸投げ発言に、蔵元さんは凄みを増した笑みを見せ、
「そうですね。なぜおいやなのか含めて少し訊いてこようかと思います。あぁ、それから、予定通りあと十分で出ますよ。蒼樹くんのことだからそれまでに戻ってくるとは思っていますが、唯、念のために連絡を入れておくように」
「ラジャッ!」
会話が済むと、蔵元さんは颯爽と階段を下りていった。
「あの人、雅さんの気持ちに気づいてるの?」
疑問に思ったことをたずねると、
「さあね。ただ、蔵元も雅もいい大人だから、俺たちがそこまで関与する話でもないだろ?」
とかなんとか言って、あれこれ小細工してるくせに……。
「でも、あの雅さんと接してて気づいてないとかとんでもない鈍感だと思うし、司っちと同じく観察眼に優れてる蔵元さんが気づいてないとかあり得ないでしょ」
そう言うと、秋兄と唯さんはおかしそうにクスクスと笑った。
知らぬは雅さんのみといったところか……。
俺は何も聞かなかったことにして、天気のいい外へと視線を外した。