光のもとでⅡ+
想定外のプロポーズ Side 蒼樹 02話
桃華の正面に座ったはいい。けど、テーブルひとつ分の距離がひどくもどかしく思えた。
それはこの二日、桃華がとても近くにいたからだろう。
このまま話し始めようと思ったけど、やっぱり落ち着かなくて、結局俺は桃華の隣に座りなおしていた。
膝の上で、桃華は両手を強く握り締めている。その手に自分の手を重ね、
「桃華、ごめん……」
「……何を謝られたのかわかりかねます」
「色々とごめん、かな。内訳を話すなら、去年のクリスマスに桃華の気持ちを聞いていたのに、最近だって何度となくそういう雰囲気にしようとしていたのはわかっていたのに、俺は真摯に向き合わずかわしてきただろ? それで、桃華がこんなに深刻に悩んでいるとは思ってもみなかった。もっと早くに話し合うべきだった」
桃華は俯いたまま黙り込んでしまう。
「決して桃華の気持ちを軽視してきたわけじゃないんだ。それだけはわかってほしい」
桃華はそろりそろりとこちらを向き、
「蒼樹さんは私みたいな気持ちになることはないんですか……? 私、そんなに魅力ないですか?」
「っ……それは違うっ」
「ならなんでっ!?」
「桃華に魅力がないわけないだろ? じゃなかったら付き合ってないよ……。正直に話すなら、彼女に求められるってものすごく嬉しいことだし、俺だってそうなりたいと思う気持ちは多分にある」
「ならっ――」
「桃華、それでも、なんだ……。桃華はまだ未成年で、俺は成人している社会人で、どんなに真剣に付き合っていたとしても、それは一種ハードルで、越えがたいものなんだ」
「じゃあっ、私が成人するまでだめなんですかっ!? あと二年半も待たなくちゃいけないのっ!? 蒼樹さんは耐えられるのっ!? 私は耐えられないっっっ」
桃華は涙をボロボロと零し、今にも崩れ落ちそうなくらい、肩を震わせていた。
その姿を見ていられなくて、俺は咄嗟に桃華を抱きしめる。すると、
「そんなつもりもないくせに、抱きしめたりしないでっっっ」
思い切り拒絶された。
情けないけど、拒絶されてわかった気がした。
今まで俺が桃華にとってきた行動は、こういうことだったんじゃないか、と――
心を刃物で切り刻まれるような感覚に、心から申し訳なく思う。
「桃華、聞いて。……俺は確かに成人してるし社会人だし、一般的に言われる大人に振り分けられる年齢だと思う。でも、中身はそんなに大した人間じゃない。大人なんて言えるほど大人じゃない。桃華が受け入れてくれるなら、桃華とそういう関係になりたいっていうのが素直な気持ちだ。でも、それじゃだめなんだ。本人たちが良くても、周りが良しとしないことがある。これはそういう類なんだ」
「だからっ、淫行条例に触れるような付き合い方はしてないじゃないですかっ。それとも蒼樹さんは――」
「違うっ――俺だって真剣に付き合ってる。でも、世間がそうとってくれるとは限らない。社会人として俺もリスクを負うけど、桃華が無傷でいられるわけでもない。俺はそういう傷を桃華につけたくないよっ」
「そんな傷っ――わかってくれる人たちだけがわかってくれてたらいいっ。言わせたい人間には言わせておけばいいっ。違いますかっ!?」
桃華が言うことには一理ある。それでも――
「生々しい話をするけど、桃華だって知ってるだろ? コンドームは避妊具として確立されてはいるけど、一〇〇パーセントの避妊が約束されるアイテムじゃないことは。……自分の身近にそれで彼女を妊娠させて、決まっていた就職を取り消しにした人がいる。その人たちが今後悔しているわけじゃない。とても幸せな家庭を築いてる。でもそれは、互いに成人していて、彼女が大学を卒業する年に妊娠したから言えることで、今の桃華が妊娠したら高校は中退。大学進学を考えたとしても、すぐに社会復帰できるわけじゃない。もしそうなったとして、俺と桃華が幸せであっても、俺には桃華を高校中退させた悔いが残るし、何より桃華のご両親が喜びはしないと思う。今はふたりの交際を認めてくれていたとしても、妊娠がわかった途端に中絶しろと言い出すかもしれない。別れろと言い出すかもしれない。それに対し、俺は強く出られないよ。謝ることしかできない。桃華のご両親に負い目を感じると思う。そういう事態が避けられるのなら、俺は時間が経つの待つし、誰に反対されることなく桃華を迎えられる時を待つよ。いつか桃華との子どもができたとして、それをただのひとりにも反対されることなく産める環境で臨みたいと思う。どこにも禍根は残したくない。それは周りの人にも自分にも」
思ってることを口にしたら少し考えがまとまった気がした。けど、それと同時に自分のエゴであることも自覚する。
「……でも、あと二年半は長すぎます」
そう言って桃華は泣いた。
「……それなんだけど、桃華は何歳で結婚したい?」
「……え?」
「俺は、桃華が結婚したい年齢で結婚しようと思ってるんだけど」
「けっ、こん……?」
俺はひとつ頷く。
「俺は桃華と付き合い始めたころから、交際の先に結婚を意識してたよ」
「っ……」
「でも、桃華は四大進学希望だろ? だからあと四年半は学生なわけだ」
「もしかして、それまで身体の関係を持たないとでも言うつもりですかっ!?」
食って掛かるような勢いに、若干身を引く。
「言わない……。さすがにそこまでは俺だって我慢できないよ。だから、婚約しよう?」
「婚約……?」
「そう、婚約。秋斗先輩からの入れ知恵。たとえ相手が未成年だとしても、婚約さえしていれば、淫行条例には引っかからない」
「っ……それなら今すぐにでもっ――」
「いや。そこはきちんと高校卒業を待つつもり」
「どうしてですかっ!?」
「そうだなぁ……。さっきから俺のエゴばかりなんだけど、自分なりのけじめ――かな。それと、背徳感とかじゃなくて、世間体を意識してる部分はある」
「だって、翠葉は高三になる前に婚約したじゃないですかっ」
「あれは相手が悪いよ」
言いながら苦笑が漏れた。
「俺は翠葉の相手が『藤宮』の人間じゃなければ、この時期の婚約には反対してたよ。せめて高校、もしくは大学を卒業するまで婚約なんて早いって」
「でも翠葉、蒼樹さんが反対したなんて一言も……」
「だから、相手が『藤宮』だから呑んだんだ」
「どういう意味ですか……?」
「藤宮は十八を過ぎると異常なほど見合い話が来るって知ってる?」
「えぇ、話には聞いてますけど……」
「その見合いが翠葉の負担になるのがいやだった。普通に考えて、想いが通ってるとはいえ、自分の彼氏に見合い話が次から次へとくる状況なんて、考えたくもないだろ? しかも、相手は藤宮とつりあいの取れる家ばかり。それが翠葉の負担にならないわけがない」
「でも翠葉は、いわば城井アンティークの孫娘じゃないですか。蒼樹さんと同じで御曹司、令嬢って類に入りますよ?」
「でも、翠葉はそれを自覚していない。きっと、誰かにそう言われたとしても、自覚には至らないと思う。だから、司との婚約に関しては何も言わなかった。翠葉との婚約が、司に来る見合い話の牽制になるのなら、それでいいと思った。それに、結果としては婚約だからね。もし何かあれば破談にすることは可能だ」
「……蒼樹さんったら、そんなこと考えてたんですね」
「そう。俺は救いようのないシスコンで、翠葉を基準にしか考えられない結構やな男なんだけど、桃華はそんな俺でよかった?」
そんなふうにたずねると、桃華は少し笑って答える。「もちろんです」と。
「でもそれなら、私にだって見合い話が来るかもしれませんよ?」
しっかりと体勢を立て直した桃華に挑発されるように言われ、
「その場合、我慢すべきは俺だけだろ?」
「ちょっと待ってください……。蒼樹さん以外の人と結婚するつもりもないのに、面倒なお見合いに出向かなくちゃいけない私の負担や忍耐力に関してはどうお考えなんです?」
「そこは桃華だからなぁ……。きっと手際よく断ってくるんだろうし、忍耐力も相応に持ちあわせてるだろ?」
「もうっ、蒼樹さんの優しさって翠葉にしか適用されないんですかっ!? 私、仮にも彼女なんですけどっ!」
「あははは……だって、翠葉と桃華は違うから。違うから好きで、違うから信じていて、違うから我慢して待ってられるんだよ」
「もう……蒼樹さんずるいです」
「うん。今回ばかりは自覚があるからなんにも言えないや。でも、あと半年だよ? あと半年我慢すれば婚約。そしたらもう我慢しなくていいんだ。俺も桃華も。どう、かな?」
「そんなの……了承するしかないじゃないですか」
「それは良かった。じゃ、近々また桃華のご両親にお会いしなくちゃね。そのとき、高校卒業と同時に婚約をしたい旨を話すよ。それでいい?」
「はい……」
話が一段落して互いに笑みを浮かべる。
「あー……これってプロポーズになるのかな?」
「っ……」
「なるよなぁ……。結婚するつもりで婚約しよう、って話してるわけだから……」
「……なんですか、不本意なんですかっ?」
「そりゃ不本意だよ。プロポーズはもっと雰囲気のいいところで格好良くしたかった」
「ごめんなさい……」
「いや、桃華が謝る必要はないんだけど……。色々想定外っていうか、物事思うようにはいかないもんだな」
夜空を見上げると、「満天の星空」という言葉に相応しい空がそこにあった。
空から桃華に視線を移すと、たいそう申し訳なさそうな顔をしている。
「ほら、そんな顔しない」
「でも……」
「必要な話だっただろ?」
「え……?」
「桃華の悩みに向き合うためには必要な話だった。だから、後悔とかはないし、今がプロポーズのしどきだったんだと思う。でも……できれば婚約前にもう一度くらい、プロポーズする機会をもらえると嬉しい」
桃華の顔を覗き見ると、泣き止んでいたのに再度目が潤み始める。
「翠葉にホットタオルもってきてもらおっか」
そんなふうに声をかけると、桃華は手の甲で涙を拭いながらコクリと頷いた。
それはこの二日、桃華がとても近くにいたからだろう。
このまま話し始めようと思ったけど、やっぱり落ち着かなくて、結局俺は桃華の隣に座りなおしていた。
膝の上で、桃華は両手を強く握り締めている。その手に自分の手を重ね、
「桃華、ごめん……」
「……何を謝られたのかわかりかねます」
「色々とごめん、かな。内訳を話すなら、去年のクリスマスに桃華の気持ちを聞いていたのに、最近だって何度となくそういう雰囲気にしようとしていたのはわかっていたのに、俺は真摯に向き合わずかわしてきただろ? それで、桃華がこんなに深刻に悩んでいるとは思ってもみなかった。もっと早くに話し合うべきだった」
桃華は俯いたまま黙り込んでしまう。
「決して桃華の気持ちを軽視してきたわけじゃないんだ。それだけはわかってほしい」
桃華はそろりそろりとこちらを向き、
「蒼樹さんは私みたいな気持ちになることはないんですか……? 私、そんなに魅力ないですか?」
「っ……それは違うっ」
「ならなんでっ!?」
「桃華に魅力がないわけないだろ? じゃなかったら付き合ってないよ……。正直に話すなら、彼女に求められるってものすごく嬉しいことだし、俺だってそうなりたいと思う気持ちは多分にある」
「ならっ――」
「桃華、それでも、なんだ……。桃華はまだ未成年で、俺は成人している社会人で、どんなに真剣に付き合っていたとしても、それは一種ハードルで、越えがたいものなんだ」
「じゃあっ、私が成人するまでだめなんですかっ!? あと二年半も待たなくちゃいけないのっ!? 蒼樹さんは耐えられるのっ!? 私は耐えられないっっっ」
桃華は涙をボロボロと零し、今にも崩れ落ちそうなくらい、肩を震わせていた。
その姿を見ていられなくて、俺は咄嗟に桃華を抱きしめる。すると、
「そんなつもりもないくせに、抱きしめたりしないでっっっ」
思い切り拒絶された。
情けないけど、拒絶されてわかった気がした。
今まで俺が桃華にとってきた行動は、こういうことだったんじゃないか、と――
心を刃物で切り刻まれるような感覚に、心から申し訳なく思う。
「桃華、聞いて。……俺は確かに成人してるし社会人だし、一般的に言われる大人に振り分けられる年齢だと思う。でも、中身はそんなに大した人間じゃない。大人なんて言えるほど大人じゃない。桃華が受け入れてくれるなら、桃華とそういう関係になりたいっていうのが素直な気持ちだ。でも、それじゃだめなんだ。本人たちが良くても、周りが良しとしないことがある。これはそういう類なんだ」
「だからっ、淫行条例に触れるような付き合い方はしてないじゃないですかっ。それとも蒼樹さんは――」
「違うっ――俺だって真剣に付き合ってる。でも、世間がそうとってくれるとは限らない。社会人として俺もリスクを負うけど、桃華が無傷でいられるわけでもない。俺はそういう傷を桃華につけたくないよっ」
「そんな傷っ――わかってくれる人たちだけがわかってくれてたらいいっ。言わせたい人間には言わせておけばいいっ。違いますかっ!?」
桃華が言うことには一理ある。それでも――
「生々しい話をするけど、桃華だって知ってるだろ? コンドームは避妊具として確立されてはいるけど、一〇〇パーセントの避妊が約束されるアイテムじゃないことは。……自分の身近にそれで彼女を妊娠させて、決まっていた就職を取り消しにした人がいる。その人たちが今後悔しているわけじゃない。とても幸せな家庭を築いてる。でもそれは、互いに成人していて、彼女が大学を卒業する年に妊娠したから言えることで、今の桃華が妊娠したら高校は中退。大学進学を考えたとしても、すぐに社会復帰できるわけじゃない。もしそうなったとして、俺と桃華が幸せであっても、俺には桃華を高校中退させた悔いが残るし、何より桃華のご両親が喜びはしないと思う。今はふたりの交際を認めてくれていたとしても、妊娠がわかった途端に中絶しろと言い出すかもしれない。別れろと言い出すかもしれない。それに対し、俺は強く出られないよ。謝ることしかできない。桃華のご両親に負い目を感じると思う。そういう事態が避けられるのなら、俺は時間が経つの待つし、誰に反対されることなく桃華を迎えられる時を待つよ。いつか桃華との子どもができたとして、それをただのひとりにも反対されることなく産める環境で臨みたいと思う。どこにも禍根は残したくない。それは周りの人にも自分にも」
思ってることを口にしたら少し考えがまとまった気がした。けど、それと同時に自分のエゴであることも自覚する。
「……でも、あと二年半は長すぎます」
そう言って桃華は泣いた。
「……それなんだけど、桃華は何歳で結婚したい?」
「……え?」
「俺は、桃華が結婚したい年齢で結婚しようと思ってるんだけど」
「けっ、こん……?」
俺はひとつ頷く。
「俺は桃華と付き合い始めたころから、交際の先に結婚を意識してたよ」
「っ……」
「でも、桃華は四大進学希望だろ? だからあと四年半は学生なわけだ」
「もしかして、それまで身体の関係を持たないとでも言うつもりですかっ!?」
食って掛かるような勢いに、若干身を引く。
「言わない……。さすがにそこまでは俺だって我慢できないよ。だから、婚約しよう?」
「婚約……?」
「そう、婚約。秋斗先輩からの入れ知恵。たとえ相手が未成年だとしても、婚約さえしていれば、淫行条例には引っかからない」
「っ……それなら今すぐにでもっ――」
「いや。そこはきちんと高校卒業を待つつもり」
「どうしてですかっ!?」
「そうだなぁ……。さっきから俺のエゴばかりなんだけど、自分なりのけじめ――かな。それと、背徳感とかじゃなくて、世間体を意識してる部分はある」
「だって、翠葉は高三になる前に婚約したじゃないですかっ」
「あれは相手が悪いよ」
言いながら苦笑が漏れた。
「俺は翠葉の相手が『藤宮』の人間じゃなければ、この時期の婚約には反対してたよ。せめて高校、もしくは大学を卒業するまで婚約なんて早いって」
「でも翠葉、蒼樹さんが反対したなんて一言も……」
「だから、相手が『藤宮』だから呑んだんだ」
「どういう意味ですか……?」
「藤宮は十八を過ぎると異常なほど見合い話が来るって知ってる?」
「えぇ、話には聞いてますけど……」
「その見合いが翠葉の負担になるのがいやだった。普通に考えて、想いが通ってるとはいえ、自分の彼氏に見合い話が次から次へとくる状況なんて、考えたくもないだろ? しかも、相手は藤宮とつりあいの取れる家ばかり。それが翠葉の負担にならないわけがない」
「でも翠葉は、いわば城井アンティークの孫娘じゃないですか。蒼樹さんと同じで御曹司、令嬢って類に入りますよ?」
「でも、翠葉はそれを自覚していない。きっと、誰かにそう言われたとしても、自覚には至らないと思う。だから、司との婚約に関しては何も言わなかった。翠葉との婚約が、司に来る見合い話の牽制になるのなら、それでいいと思った。それに、結果としては婚約だからね。もし何かあれば破談にすることは可能だ」
「……蒼樹さんったら、そんなこと考えてたんですね」
「そう。俺は救いようのないシスコンで、翠葉を基準にしか考えられない結構やな男なんだけど、桃華はそんな俺でよかった?」
そんなふうにたずねると、桃華は少し笑って答える。「もちろんです」と。
「でもそれなら、私にだって見合い話が来るかもしれませんよ?」
しっかりと体勢を立て直した桃華に挑発されるように言われ、
「その場合、我慢すべきは俺だけだろ?」
「ちょっと待ってください……。蒼樹さん以外の人と結婚するつもりもないのに、面倒なお見合いに出向かなくちゃいけない私の負担や忍耐力に関してはどうお考えなんです?」
「そこは桃華だからなぁ……。きっと手際よく断ってくるんだろうし、忍耐力も相応に持ちあわせてるだろ?」
「もうっ、蒼樹さんの優しさって翠葉にしか適用されないんですかっ!? 私、仮にも彼女なんですけどっ!」
「あははは……だって、翠葉と桃華は違うから。違うから好きで、違うから信じていて、違うから我慢して待ってられるんだよ」
「もう……蒼樹さんずるいです」
「うん。今回ばかりは自覚があるからなんにも言えないや。でも、あと半年だよ? あと半年我慢すれば婚約。そしたらもう我慢しなくていいんだ。俺も桃華も。どう、かな?」
「そんなの……了承するしかないじゃないですか」
「それは良かった。じゃ、近々また桃華のご両親にお会いしなくちゃね。そのとき、高校卒業と同時に婚約をしたい旨を話すよ。それでいい?」
「はい……」
話が一段落して互いに笑みを浮かべる。
「あー……これってプロポーズになるのかな?」
「っ……」
「なるよなぁ……。結婚するつもりで婚約しよう、って話してるわけだから……」
「……なんですか、不本意なんですかっ?」
「そりゃ不本意だよ。プロポーズはもっと雰囲気のいいところで格好良くしたかった」
「ごめんなさい……」
「いや、桃華が謝る必要はないんだけど……。色々想定外っていうか、物事思うようにはいかないもんだな」
夜空を見上げると、「満天の星空」という言葉に相応しい空がそこにあった。
空から桃華に視線を移すと、たいそう申し訳なさそうな顔をしている。
「ほら、そんな顔しない」
「でも……」
「必要な話だっただろ?」
「え……?」
「桃華の悩みに向き合うためには必要な話だった。だから、後悔とかはないし、今がプロポーズのしどきだったんだと思う。でも……できれば婚約前にもう一度くらい、プロポーズする機会をもらえると嬉しい」
桃華の顔を覗き見ると、泣き止んでいたのに再度目が潤み始める。
「翠葉にホットタオルもってきてもらおっか」
そんなふうに声をかけると、桃華は手の甲で涙を拭いながらコクリと頷いた。