光のもとでⅡ+
Side 司 04話
藤倉駅に着きバスを降りると、十二時半を回ったところだった。
「何が食べたい?」
イタリアンのリクエストはないと思って、和風、洋風、中華、カフェの四つに絞っていくつかの店をチェックしてきていた。しかし翠は、
「あのね、駅ビルっ!」
「……駅ビルが何?」
翠は目を輝かせ、
「駅ビルの最上階がレストラン街なの!」
「……普通そういうものだと思うけど」
「だからね、レストラン街を回って決めない?」
思いも寄らない提案に面食らった俺は、
「駅ビルのレストラン街って、おいしいの?」
素朴な疑問をぶつけてみる。と、
「えぇと……前に桃華さんと入ったパスタ屋さんはおいしかったよ? ほかは入ったことがないからわからない」
なんとも無責任な返答である。
でも、翠は非常に楽しそうに話している。簾条と来たときに、よほど楽しい思いをしたか、おいしい思いをしたのだろう。
「翠がそれでいいなら……」
そう、たとえばこんな顔をずっと見ていられるのなら、どこでもいいと思えた。
駅ビルに入ってすぐのところにあるエレベーターでレストラン街へ上がると、同年代と思われる人間がちらほらいた。皆一様に、店舗前に出ているメニューを見比べてはあっちにしよう、こっちにしようと話し合っている。
俺たちはというと、フロアマップの前で立ち止まっていた。
俺が確認していたのは非常口と非常階段、エスカレーター、エレベーターの位置。その隣で翠はどんな飲食店があるのかを確認しているらしい。
「ね、ツカサ、ぐるっと一周回って考えない?」
「了解」
俺たちは時計回りでフロアを回ってフロアマップまで戻ってきた。そして、
「ツカサは何が食べたい?」
「俺はなんでも食べられるけど、翠は違うだろ? 翠が決めていい」
翠はちょっとむっとした顔つきで、
「一緒に決めたいのっ!」
「そうは言っても……。……じゃあ、オーガニック専門の――」
「そうじゃなくてっ!」
……何を求められてるのか理解できないんだけど……。
「じゃ、翠は何が食べたいと思ったわけ?」
返答に困るのを期待していたのに、翠は首を傾げながらあれこれ答え始めた。
「最近はカフェラウンジでパスタばかり食べてたから麺類はパスかな。でも、お昼からお肉って感じでもないし……」
「やっぱりオーガニック専――」
「お好み焼きは?」
ポン、とたずねられ、慣れない言葉をオウム返しのように口にしていた。
「まさか、お好み焼きを食べたことがないとか、言う……?」
からかいの要素は含まない。けれど、ものすごく驚いた顔で見られていた。
「……ないわけじゃないけど……」
「けど……?」
「家で食べたことはない……。神社の祭りの屋台で秋兄に買ってもらったことがあるだけ……」
心もとないそれを話すと、翠はぱぁっ、と表情が明るくなり、
「ねっ、じゃあお好み焼きにしよう?」
妙に乗り気な翠をどうすることもできる気はせず、
「いいけど……」
翠は何を思ったのか、「大丈夫!」と請合う。
「私、お好み焼きは作るのも食べるのも大好きだから!」
そう言うと、翠はぐいぐいと俺の手を引っ張ってお好み焼き屋へと向かってズンズン歩き始めた。
でも、どうにもこうにも理解できないことがひとつ……。
「作るって? 店なんだから、できたものが出てくるんじゃないの?」
翠はクスッ、と笑って、
「お好み焼き屋さんはたいてい自分で焼くのよ。テーブルの中央に鉄板があって、ボウルに具を入れたものが運ばれてくるの。頼めば焼いてくれるけれど、自分で焼くこともできるの」
「へぇ……」
店内に入ると手早く出入り口をチェックする。が、この店のつくりからして、出入り口は一箇所しかないようだ。もしかしたら、厨房の奥にはスタッフの通用口のようなものがあるのかもしれないけれど。
こういう店に入った場合、警護班の人間はどこにいるものなのか気にしつつ、店員に案内された席へ腰を下ろす。と、警護のひとりが入店してきた。たぶん、もうひとりは店の外にでも立っているのだろう。
ま、それが妥当だろうな……。
メニューを見せられ、
「具は何が好き?」
完全に主導権を握った翠にたずねられる。
「何が好きって訊かれても、俺が食べたことあるのって屋台で売ってたものだけだし……」
「あ、そっか……屋台で売ってるのはたいていが豚玉かな? ちなみに、広島風? 関西風?」
「は……? お好み焼きに何風ってあるの?」
翠はメニューをこちらへ向けて、
「広島風は焼き蕎麦が入ってるの。焼き蕎麦が入ってないのが関西風」
「じゃ、俺が食べたことあるのは関西風だ」
「どっちが食べたい?」
「翠はどっちが好きなの?」
「どっちも好きだけど……広島風はボリュームがあって食べきれないから、関西風のほうが好きかも?」
「じゃ、関西風で」
「具はどうする? 豚玉はシンプルにキャベツに豚肉が入っているの。ほかはシーフードとか、チーズをトッピングで入れることもできるし――」
翠のレクチャーを受け、メニューのシステムがわかってくる。
「翠は何が好きなの?」
「私? 私はー……おうちで作るのはね、シーフードと豚肉をミックスさせたものなの。それが一番好きなんだけど……」
「なら、これにすれば? 豚玉にシーフードをトッピング」
「じゃ、それにする。ツカサは?」
「……同じので」
「じゃ、オーダーしよう!」
翠が呼び鈴らしきものを押すと、すぐに店員がやってきた。
「豚玉をふたつ。両方にシーフードのトッピングをお願いします」
「かしこまりました。ご確認です。シーフードトッピングの豚玉をふたつ。お間違いないでしょうか」
「はい、大丈夫です」
店員が下ると、翠はまたメニューを開いた。そして、どんなものがあるのかチェックし始める。
「明太子を入れるものなんてあるのね? あ、これはお餅が入ってるみたい……。お好み焼きにお餅って合うのかな?」
「炭水化物同士だから合わないことはないんじゃない?」
「そっか……」
そうしてあれこれ話しているうちに材料が運ばれてきた。
小さなボウルに具材がこんもりと入っている。
「当店のご利用は初めてですか?」
「はい」
「当店ではお客様ご自身で焼いていただくこともできますし、こちらで焼かせていただくこともできますが、どうします?」
さっきオーダーを取りに来た女性店員より若干砕けた口調の男にたずねられ、翠は少し悩んでこう答えた。
「お願いします」
と。
「翠も焼けるんじゃないの?」
「うん。おうちでは焼くよ? でも、今日はツカサが初めてだから」
「ふーん……」
「え、もしかして疑ってる? ちゃんと作れるよ?」
何を疑ったつもりもないが、翠の反応がおかしくて、
「なら、誕生日の夕飯、お好み焼きで」
もともと、「何か食べたいものある?」と訊かれていたのでお好み焼きでもいいだろう、と思っただけ。すると翠は、
「誕生日なのにお好み焼きでいいの? お好み焼きって見てわかると思うけど、全然手の込んだ料理じゃないよ?」
「……問題ないし」
「じゃ、ツカサの誕生日明後日だし、今日食材も買って帰っちゃおうか?」
俺は了承を伝えるべく頷いた。すると、今の会話を聞いていたらしい店員が、
「お客さんたち仲いいね。彼氏彼女? なんか見てて微笑ましいわ~」
図々しくも会話に入ってきた。
これ、サービス業の店員としてどうなの?
会話に混ぜるつもりなど毛頭なく、窓の外へ視線を向ける。と、
「あ、俺、なんか機嫌損ねちゃった感じ? ごめんね?」
これ、誰に謝ってるんだか……。……もしかして、翠っ!?
そう思ったときには遅かった。俺の代わりに対応すべく、翠が店員の方を向いていた。
「少し人見知りなだけなので、おかまいなく」
窓に翠の笑顔が映りこみ、そこでむやみやたらと笑顔を撒き散らすな、と声を大にして言いたくなる。言わないけど……。
やけに馴れ馴れしい男性店員は、口角をニッと引き上げ、
「かしこまり! お好み焼き焼くことに専念しまっす! おいしく焼くからもうちょっと待っててね」
「はい!」
言葉通り、十分と経たずにその店員はテーブルを離れた。
鉄板の上にはソースやマヨネーズ、青海苔から鰹節まで振りかけられた状態でお好み焼きが鎮座している。
「こういう店ってああいう対応が普通なの?」
翠は首を傾げ、
「私もあまりこういうところへは来ないから、ほかがどうかはわからないけれど、このお店では仲良くお話するのが普通みたいね? ほかのテーブルのお客様も店員さんと話しているし……」
「ふーん……」
あたりを見回すと、同じような接客を受けるこの場にそぐわない警護班のひとりが視界に入った。
もっとも、警護班の人間が飲み食いすることはないわけだけど……。何かオーダーする必要があって飲み物をオーダーしたとしても、それに口をつけることはない。それが警護班のルール。
さらには、会計はすでに済ませていて、俺たちが出ればすぐに出られる手はずも整えているだろう。
「ツカサってファストフード店とか入ったことある?」
その言葉に翠の方へ視線を戻すと、興味津々の目に捕まった。
「……ない。でも別に、進んで食べるようなものじゃないだろ? ジャンクフードだし」
翠は少し残念そうに、
「でも、ハンバーガーショップのフライドポテト、たまに食べるとものすごくおいしいよ?」
「……フライドポテトなら家でも作れるし」
翠は上目遣いで俺を見ると、
「あとで帰りに寄ってみない? お買い物が終わったら」
翠がポテトを食べたいから、だろうか。それとも、デートで行ってみたい場所だから? もしくは、俺が「初めて」だから? どれ?
いくつものクエスチョンを頭に浮かべつつ、
「使いまわした油で揚げられたポテトなんて食べていいの? 相馬さんに怒られるんじゃない?」
翠はものすごく悪いことがばれたときのような表情で、顔の前で手を合わせて見せる。
「相馬先生には内緒にしてもらえないかな……?」
そうまでして「食べたい」ということ? もしくは、行きたい?
「だめかな?」とガンガンに上目遣いで見てくる翠が小悪魔に見える程度には反則技。
「……なら、食材を買う前に行こう」
「うんっ!」
翠は飛び切りかわいく頷いた。
その後、翠は珍しくもペロリと一人前のお好み焼きを平らげた。
「好きって言ってたけど、本当に好きなんだ?」
「え? うん、大好き! おいしかったね。また来ようね?」
そんな話をしながら会計に向かう。と、レジの男はさっきの馴れ馴れしい店員だった。
ものすごく言葉を交わしたくない人間ではあるが、あれを作ってくれた人間でもある。
俺は自分の支払いを済ませると、言葉少なに礼を述べて先に店をあとにした。
「何が食べたい?」
イタリアンのリクエストはないと思って、和風、洋風、中華、カフェの四つに絞っていくつかの店をチェックしてきていた。しかし翠は、
「あのね、駅ビルっ!」
「……駅ビルが何?」
翠は目を輝かせ、
「駅ビルの最上階がレストラン街なの!」
「……普通そういうものだと思うけど」
「だからね、レストラン街を回って決めない?」
思いも寄らない提案に面食らった俺は、
「駅ビルのレストラン街って、おいしいの?」
素朴な疑問をぶつけてみる。と、
「えぇと……前に桃華さんと入ったパスタ屋さんはおいしかったよ? ほかは入ったことがないからわからない」
なんとも無責任な返答である。
でも、翠は非常に楽しそうに話している。簾条と来たときに、よほど楽しい思いをしたか、おいしい思いをしたのだろう。
「翠がそれでいいなら……」
そう、たとえばこんな顔をずっと見ていられるのなら、どこでもいいと思えた。
駅ビルに入ってすぐのところにあるエレベーターでレストラン街へ上がると、同年代と思われる人間がちらほらいた。皆一様に、店舗前に出ているメニューを見比べてはあっちにしよう、こっちにしようと話し合っている。
俺たちはというと、フロアマップの前で立ち止まっていた。
俺が確認していたのは非常口と非常階段、エスカレーター、エレベーターの位置。その隣で翠はどんな飲食店があるのかを確認しているらしい。
「ね、ツカサ、ぐるっと一周回って考えない?」
「了解」
俺たちは時計回りでフロアを回ってフロアマップまで戻ってきた。そして、
「ツカサは何が食べたい?」
「俺はなんでも食べられるけど、翠は違うだろ? 翠が決めていい」
翠はちょっとむっとした顔つきで、
「一緒に決めたいのっ!」
「そうは言っても……。……じゃあ、オーガニック専門の――」
「そうじゃなくてっ!」
……何を求められてるのか理解できないんだけど……。
「じゃ、翠は何が食べたいと思ったわけ?」
返答に困るのを期待していたのに、翠は首を傾げながらあれこれ答え始めた。
「最近はカフェラウンジでパスタばかり食べてたから麺類はパスかな。でも、お昼からお肉って感じでもないし……」
「やっぱりオーガニック専――」
「お好み焼きは?」
ポン、とたずねられ、慣れない言葉をオウム返しのように口にしていた。
「まさか、お好み焼きを食べたことがないとか、言う……?」
からかいの要素は含まない。けれど、ものすごく驚いた顔で見られていた。
「……ないわけじゃないけど……」
「けど……?」
「家で食べたことはない……。神社の祭りの屋台で秋兄に買ってもらったことがあるだけ……」
心もとないそれを話すと、翠はぱぁっ、と表情が明るくなり、
「ねっ、じゃあお好み焼きにしよう?」
妙に乗り気な翠をどうすることもできる気はせず、
「いいけど……」
翠は何を思ったのか、「大丈夫!」と請合う。
「私、お好み焼きは作るのも食べるのも大好きだから!」
そう言うと、翠はぐいぐいと俺の手を引っ張ってお好み焼き屋へと向かってズンズン歩き始めた。
でも、どうにもこうにも理解できないことがひとつ……。
「作るって? 店なんだから、できたものが出てくるんじゃないの?」
翠はクスッ、と笑って、
「お好み焼き屋さんはたいてい自分で焼くのよ。テーブルの中央に鉄板があって、ボウルに具を入れたものが運ばれてくるの。頼めば焼いてくれるけれど、自分で焼くこともできるの」
「へぇ……」
店内に入ると手早く出入り口をチェックする。が、この店のつくりからして、出入り口は一箇所しかないようだ。もしかしたら、厨房の奥にはスタッフの通用口のようなものがあるのかもしれないけれど。
こういう店に入った場合、警護班の人間はどこにいるものなのか気にしつつ、店員に案内された席へ腰を下ろす。と、警護のひとりが入店してきた。たぶん、もうひとりは店の外にでも立っているのだろう。
ま、それが妥当だろうな……。
メニューを見せられ、
「具は何が好き?」
完全に主導権を握った翠にたずねられる。
「何が好きって訊かれても、俺が食べたことあるのって屋台で売ってたものだけだし……」
「あ、そっか……屋台で売ってるのはたいていが豚玉かな? ちなみに、広島風? 関西風?」
「は……? お好み焼きに何風ってあるの?」
翠はメニューをこちらへ向けて、
「広島風は焼き蕎麦が入ってるの。焼き蕎麦が入ってないのが関西風」
「じゃ、俺が食べたことあるのは関西風だ」
「どっちが食べたい?」
「翠はどっちが好きなの?」
「どっちも好きだけど……広島風はボリュームがあって食べきれないから、関西風のほうが好きかも?」
「じゃ、関西風で」
「具はどうする? 豚玉はシンプルにキャベツに豚肉が入っているの。ほかはシーフードとか、チーズをトッピングで入れることもできるし――」
翠のレクチャーを受け、メニューのシステムがわかってくる。
「翠は何が好きなの?」
「私? 私はー……おうちで作るのはね、シーフードと豚肉をミックスさせたものなの。それが一番好きなんだけど……」
「なら、これにすれば? 豚玉にシーフードをトッピング」
「じゃ、それにする。ツカサは?」
「……同じので」
「じゃ、オーダーしよう!」
翠が呼び鈴らしきものを押すと、すぐに店員がやってきた。
「豚玉をふたつ。両方にシーフードのトッピングをお願いします」
「かしこまりました。ご確認です。シーフードトッピングの豚玉をふたつ。お間違いないでしょうか」
「はい、大丈夫です」
店員が下ると、翠はまたメニューを開いた。そして、どんなものがあるのかチェックし始める。
「明太子を入れるものなんてあるのね? あ、これはお餅が入ってるみたい……。お好み焼きにお餅って合うのかな?」
「炭水化物同士だから合わないことはないんじゃない?」
「そっか……」
そうしてあれこれ話しているうちに材料が運ばれてきた。
小さなボウルに具材がこんもりと入っている。
「当店のご利用は初めてですか?」
「はい」
「当店ではお客様ご自身で焼いていただくこともできますし、こちらで焼かせていただくこともできますが、どうします?」
さっきオーダーを取りに来た女性店員より若干砕けた口調の男にたずねられ、翠は少し悩んでこう答えた。
「お願いします」
と。
「翠も焼けるんじゃないの?」
「うん。おうちでは焼くよ? でも、今日はツカサが初めてだから」
「ふーん……」
「え、もしかして疑ってる? ちゃんと作れるよ?」
何を疑ったつもりもないが、翠の反応がおかしくて、
「なら、誕生日の夕飯、お好み焼きで」
もともと、「何か食べたいものある?」と訊かれていたのでお好み焼きでもいいだろう、と思っただけ。すると翠は、
「誕生日なのにお好み焼きでいいの? お好み焼きって見てわかると思うけど、全然手の込んだ料理じゃないよ?」
「……問題ないし」
「じゃ、ツカサの誕生日明後日だし、今日食材も買って帰っちゃおうか?」
俺は了承を伝えるべく頷いた。すると、今の会話を聞いていたらしい店員が、
「お客さんたち仲いいね。彼氏彼女? なんか見てて微笑ましいわ~」
図々しくも会話に入ってきた。
これ、サービス業の店員としてどうなの?
会話に混ぜるつもりなど毛頭なく、窓の外へ視線を向ける。と、
「あ、俺、なんか機嫌損ねちゃった感じ? ごめんね?」
これ、誰に謝ってるんだか……。……もしかして、翠っ!?
そう思ったときには遅かった。俺の代わりに対応すべく、翠が店員の方を向いていた。
「少し人見知りなだけなので、おかまいなく」
窓に翠の笑顔が映りこみ、そこでむやみやたらと笑顔を撒き散らすな、と声を大にして言いたくなる。言わないけど……。
やけに馴れ馴れしい男性店員は、口角をニッと引き上げ、
「かしこまり! お好み焼き焼くことに専念しまっす! おいしく焼くからもうちょっと待っててね」
「はい!」
言葉通り、十分と経たずにその店員はテーブルを離れた。
鉄板の上にはソースやマヨネーズ、青海苔から鰹節まで振りかけられた状態でお好み焼きが鎮座している。
「こういう店ってああいう対応が普通なの?」
翠は首を傾げ、
「私もあまりこういうところへは来ないから、ほかがどうかはわからないけれど、このお店では仲良くお話するのが普通みたいね? ほかのテーブルのお客様も店員さんと話しているし……」
「ふーん……」
あたりを見回すと、同じような接客を受けるこの場にそぐわない警護班のひとりが視界に入った。
もっとも、警護班の人間が飲み食いすることはないわけだけど……。何かオーダーする必要があって飲み物をオーダーしたとしても、それに口をつけることはない。それが警護班のルール。
さらには、会計はすでに済ませていて、俺たちが出ればすぐに出られる手はずも整えているだろう。
「ツカサってファストフード店とか入ったことある?」
その言葉に翠の方へ視線を戻すと、興味津々の目に捕まった。
「……ない。でも別に、進んで食べるようなものじゃないだろ? ジャンクフードだし」
翠は少し残念そうに、
「でも、ハンバーガーショップのフライドポテト、たまに食べるとものすごくおいしいよ?」
「……フライドポテトなら家でも作れるし」
翠は上目遣いで俺を見ると、
「あとで帰りに寄ってみない? お買い物が終わったら」
翠がポテトを食べたいから、だろうか。それとも、デートで行ってみたい場所だから? もしくは、俺が「初めて」だから? どれ?
いくつものクエスチョンを頭に浮かべつつ、
「使いまわした油で揚げられたポテトなんて食べていいの? 相馬さんに怒られるんじゃない?」
翠はものすごく悪いことがばれたときのような表情で、顔の前で手を合わせて見せる。
「相馬先生には内緒にしてもらえないかな……?」
そうまでして「食べたい」ということ? もしくは、行きたい?
「だめかな?」とガンガンに上目遣いで見てくる翠が小悪魔に見える程度には反則技。
「……なら、食材を買う前に行こう」
「うんっ!」
翠は飛び切りかわいく頷いた。
その後、翠は珍しくもペロリと一人前のお好み焼きを平らげた。
「好きって言ってたけど、本当に好きなんだ?」
「え? うん、大好き! おいしかったね。また来ようね?」
そんな話をしながら会計に向かう。と、レジの男はさっきの馴れ馴れしい店員だった。
ものすごく言葉を交わしたくない人間ではあるが、あれを作ってくれた人間でもある。
俺は自分の支払いを済ませると、言葉少なに礼を述べて先に店をあとにした。