光のもとでⅡ+

Side 司 05話

レストラン街フロアに出ると、もうひとりの警護班が近くに待機していた。目視で確認すると、店から出てきた翠が、「見て見て!」と二枚の割引券を見せてくる。
「次回お使いください、って! また来ようね?」
 チケットを一枚手に取り裏面を見ると、
「無理じゃない?」
「え? どうして……?」
「使用期限が二週間後」
「あ……」
 明後日には新学期が始まるし、新学期が始まればまた学校と楽器の練習に忙殺される日々が始まる。ま、今とさして変わりはないけれど。
 急にしゅんとしてしまった翠に、
「でも、また来よう。次の買い物のときにでも」
 そう言うと、翠はぱっと目を輝かせた。
 単純……。
 そうは思うけど、その単純さがかわいいと思うのだから、やっぱり翠病末期だな、と思うわけで……。
「メガネショップって何階なの?」
「あ、四階!」
 俺たちはエスカレーターで四階まで下ることにした。

 ショップはエスカレーターの前、フロア中央に位置していた。
 フロアの中央にあることから開放的な空間で、ディスプレイラックも低めで圧迫感を覚えない。
 なんとなしに端から見て回ると、翠もそれについてきた。そして半周ほどしたところで、
「好きなデザインありそう……?」
 顔を覗き込まれて少し驚く。
 これ、俺の誕生日プレゼントを選びに来たんだよな?
 え――
「翠が選んでくれるんじゃなくて?」
「え? 選んでいいの?」
 その質問にびっくりだ。
「だってこれ、プレゼントなんだろ?」
「そうだけど……。ツカサが一緒に来てるなら、ツカサが選んだほうが好みのものを選べるんじゃないかな、って……」
 あぁ……そういえば、バスの中でそれっぽいことを言ったっけ……。
 あまりにもついでのように付け足した言葉だったがゆえ、発言したことすら忘れてた。
「自分で選ぶと今使ってるのと似たものになりそうだから、翠が選んで」
「そういうことなら……」
 翠は俺を追い越し、ひどく熱心にメガネを見て回りはじめた。
 何度見て回っても翠はスクエアフレームの売り場にたどり着く。でも、ほかのデザインも気になってはいるみたいで、仕舞いには片っ端からかけさせられる羽目になった。
 でも、どれをかけても「うーん」と納得のいかない顔で、メガネをディスプレイラックへ戻してしまう。
「何、形で悩んでるの?」
「うーん……でも、やっぱりスクエアフレームの印象が強くて、ほかのがしっくりこないの」
「それなら無理にほかの形にしなくてもいいんじゃない?」
 素直な翠はあっさりとその提案を受け入れた。
「じゃ、フレームの形じゃなくて、色や材質にこだわることにする!」
 今度はスクエアフレーム売り場であれこれ吟味が始まった。
 数分して、
「これ、かけてもらってもいい?」
 そう言って渡されたのは、鼈甲柄の茶色のフレームのメガネ。
 メガネを外してそれをかけると、かけた途端に翠が唸った。
「髪の毛や目の色のせいかな? なんか茶色は違うね?」
 即座に却下されてメガネを外す。
 それから少ししてまた声をかけられた。
「この五つ、かけてもらってもいい?」
 そう言って差し出されたトレイには五つのメガネが並んでいた。
 柄の入っていないシンプルなフレームは黒、深緑、ネイビー。それから、チェック柄のフレームはネイビーと深緑。
 どれをかけるのにも抵抗はない。
 それらひとつずつかけていくと、翠はちゃっかりスマホで写真を撮り始めた。
 すべての写真を撮り終えると、画像を繰り返し見ては真剣に悩む。
「ツカサはどれがしっくりくる?」
「……好きなデザインだし、色もとくにどれがいやとかはないけど?」
「そうじゃなくて、好きなのは?」
「……いやだから、どれも嫌いじゃないんだけど」
「むぅ……それは、どれが好きかじゃないでしょう? ツカサがいいな、って思うのはどれ?」
「……俺が選んでもいいけど、俺は翠に選んでほしいんだけど?」
 正直なところを答えると、翠はほんのりと頬を染めた。
 いい気味だ……。
 コロンを選ぶとき、どんな殺し文句を俺に言ったと思ってる?
 身をもって体験しろ。
 そんな思いで翠を見ていると、
「もう一度全部かけてもらってもいい……?」
「かまわない」
 翠の視線を感じながら、ひとつひとつかけていく。すべてかけ終わっても翠はまだ悩んでいた。
 そんな翠の隣で、スクエアフレームの隣にディスプレイされていたものを手に取る。
 それはブルーライトカットメガネ。
 パソコンメガネの名で通っているが、医学的な根拠は何もない。
 パソコンで目が疲れるというのなら、二十分ごとに遠くを二十秒間見るだとか、スクリーンの光度を抑えることで目を労わることができる。ほか、目薬で角膜を潤わせるだけで十分だ。
 そんなものをなぜ手に取ったかというと、運転時にちょうどいいと思ったから。
 春から夏にかけて日差しが厳しくなる時期の運転は、飽和する光が眩しく感じることがある。今つけている伊達メガネもUVカットの加工が施されているが、透明なレンズでは眩しさまでは防げない。その際、ブルーライトカットメガネ程度の色味がついたレンズは非常に有効。
 通常の色味が濃いサングラスだと、瞳孔が常に開いた状態であまりいいものではない。
 このレンズにUV加工を施してもらえればこれ以上ないドライブメガネになるわけだけど――
 リーフレットを見ると、ブルーライトカットメガネにUV加工をつけることは可能らしかった。
「ブルーライトカットメガネってやっぱり違う?」
 翠に声をかけられ、
「いや、医学的にはほとんど意味のないものだって立証されてる。色つきのメガネを使うくらいなら、パソコンの光度を抑えればいいだけの話だし」
「じゃ、どうしてブルーライトカットメガネを見ているの?」
「運転なんかで少し日差しが眩しいときには意外と有効だから、運転用に気になってるだけ」
「ふーん……」
 翠はブルーライトカットメガネと、トレイに置かれたメガネを何度か往復させ、
「決めた……」
「どれ?」
 翠はシンプルな深緑のメガネとネイビーのチェック柄のふたつを指差し、
「これとこれ」
「なんでふたつ……? ひとつに絞れないから選べってこと?」
「ううん。ふたつプレゼントする。ひとつは伊達メガネ。もうひとつは伊達メガネは伊達メガネでも、運転用にブルーライトカットメガネ」
「は……?」
「プレゼントしたらつけているところを見たいでしょう? でも、ツカサが今欲しがってるのは運転用のメガネみたいだから、それならふたつ――」
 一瞬納得しそうになり、慌てて体勢を立て直す。
「いや、それならひとつは自分で買うし……」
「ううん。ふたつプレゼントする」
 絶対に引かない――と宣言するように口にされ、
「なんで……」
「だって、クリスマスにたくさんプレゼントいただいたもの。指輪だって安いものではないでしょう? そのうえ香水にコロンまでいただいちゃったから……」
「それこそ気にする必要ないんだけど。俺がしたくてプレゼントしたわけだから」
「それは私も同じだよ?」
 ……これは絶対に折れるつもりがないな。
 それを理解すると、小さなため息が出た。
 論破することは可能だけど、そこまでする必要はないし、翠の気持ちはありがたく受け取るべきな気がした。
「ありがとう。じゃ、ふたつプレゼントされとく」
「うん! ね、どっちをブルーライトカットメガネにする?」
「翠はどっちが好きなの?」
「え? どっちも好きだけど、どうして?」
「好きなほうを普段用にしたほうが嬉しいんじゃないかと思って」
 さっきの翠の言葉を受けての提案だったが、翠は首から上を真っ赤に染めた。
 わかりやすすぎだし……。
 こみ上げる笑いを噛み殺している俺の前で、翠は真剣に悩んでいた。そして、チェックのネイビーを指差すかと思いきや、直前で指すものを変え、シンプルな深緑のメガネを示す。
「こっち……」
「……今一瞬、こっちのチェック柄を指そうとしなかった?」
「――……シマシタ」
「なのになんで変えたの?」
 翠は言いづらそうに口を開く。
「いつもと雰囲気の違うメガネは――」
 メガネは……?
「私の前でだけかけてほしいから。だから、運転するとき限定がいいな、って……」
 俯いたままぼそぼそと喋る翠がかわいくて、うっかり赤面してしまった。そのうえ、公共の場だというのに、今すぐ翠を抱きしめたくて仕方がない。
「あの、ツカサ……? 顔が真っ赤なのだけど……」
「……うるさい」
 誰のせいだと思ってるんだ……。
 身体の向きを変えると警護班の人間が視界に入って、ものすごくばつの悪い思いだった。
「そんなわけで、チェック柄のほうを運転用メガネにしてもらいたのだけど、いい?」
「かまわない……」
「じゃ、お会計してきちゃうからちょっと待っててね」
「翠」
「ん?」
「両方ともUVカットレンズにしてもらえる?」
「了解!」
 そう言うと、翠は弾んだ足取りでレジへと向かった。
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