光のもとでⅡ+
Side 司 07話
ショップを出ると、翠の手を取って階下のジュエリーショップへ向かう。
「どこへ行くの?」
「ジュエリーショップ」
「え? ジュエリーショップ?」
翠は目をぱちくりとさせて訊き返してくる。
そしてフロアの奥まった場所にあるショップに着くと、
「ここ」
翠は入り口の壁にあるショップロゴをじっと見ていた。
翠へプレゼントした栞もブレスレットも指輪もすべてここのものだから、ジュエリーケースに刻印されたロゴには見覚えがあったのだろう。
呆然としている翠を連れてショーケースへ近づき、
「翠の好みってどんな?」
「え?」
「だから、翠の好みを知りたいんだけど」
「どうして……?」
「これから先、何かプレゼントするときに有効活用できそうだから」
むしろ、それ以外に何があるのかを教えてほしいくらいだ。
翠はポカンと口を開けたまま、でも納得はしたのか、ショーケースへと視線を移した。そして、口を閉じたかと思えば一歩後ずさる。
「つ、ツカサ……もしかしてこの指輪もここで購入したの?」
「そうだけど、それが何?」
「あああ、あの……ここのショップが藤宮のお抱え宝飾店であることは知っているのだけど、でも――だからと言ってお安くなるわけではないでしょう?」
「ここでの購入なら株主優待は受けられるけど、よりいい石を勧められて安くなるわけがないだろ?」
翠は口を閉じ黙り込んでしまった。手が空いていたら、頭を抱えてしまいそうな表情で。
「何……?」
翠はゆっくりと顔を上げ、
「金額が……高すぎませんか?」
ものすごい恐る恐る言われた感じ。
高いか安いか、と言われたら、決して安いものではない。でも、相応の宝石に質のいい仕事を施されたアクセサリーなら順当な値段とも言える。
翠がどういう意味で「高い」と言っているのかがわからなくて悩んでいると、
「おや、司様がお越しとは珍しい」
ショップの奥から出てきたのは、このジュエリーショップの社長、篠塚誠さんだった。
「先日はお世話になりました」
「とんでもない。プレゼントはお相手の方に気に入っていただけましたか?」
「はい。……翠、こちら、このショップの社長兼ジュエリーデザイナーの篠塚さん」
「ようこそお越しくださいました。篠塚と申します」
篠塚さんが名刺を渡すと、翠は両手できっちりと受け取る。そして、
「御園生翠葉と申します」
とても丁寧に挨拶を返した。
篠塚さんは早々に翠の指にはまる指輪に目を留め、
「そのリング――ではこちらが……」
「はい。フィアンセです」
「さようでしたか。ご婚約、おめでとうございます」
翠は萎縮しきっていて礼を述べることもできないらしい。代わりに俺が応対すると、
「本日はどのようなものをお探しでいらっしゃいますか?」
「今日は翠の好みを把握したくて寄らせていただきました」
「そうでしたか。では、店内をご案内いたしましょうか?」
「いえ、今日は必要ありません」
「かしこまりました。それでは、帰りがけにスタッフへお声がけください。一番新しいパンフレットをご用意いたしますので」
「ありがとうございます」
篠塚さんが一礼していなくなると、翠はわかりやすく息を吐き出した。
何をそんなに緊張することがあるのか……。
「あの人、普段こっちの店にはいないんだけど……」
そんな何気ない会話で緊張をほぐそうとすると、
「ここは支店なの?」
「そう。本店はこのデパートの裏通りにある。ほら、去年の誕生日のお祝いに自然食のビュッフェを食べに行っただろ? あの店の並びにあるんだ」
「そうなのね……」
「で、どういうのが好み?」
翠はショーケースを見ようとはしなかった。代わりに俺の近くに立ち位置をずらし、
「ツカサ、ここのアクセサリーは高すぎるよ」
「でも、ものは確かだし……」
「そういう問題じゃなくて……」
じゃあ、どういう問題なのか……。
秋兄からもらったストラップも髪飾りも、ここの店のものだ。それを翠は受け取ってきたわけで、どうして俺からのプレゼントだと「高い」になる?
年齢の差? それとも、社会人と学生の差?
少し苛立った俺は、苛立つままに口を開く。
「秋兄からのプレゼントなら問題なくても、俺からのプレゼントだと問題があるってこと?」
翠は一拍置いてから、
「違う。そうじゃないよ? 正直に話すなら、ネックレスにもストラップにもなるアクセサリーをいただいたときは、そんな高価なものだと思わずに受け取ってしまったの。でも、髪飾りは身の丈に合わないから、って辞退したのよ? そしたら、クローゼットの肥やしにするしかないとかあれこれ言われてしまって、仕方なくというか、引くに引けなくなってしまって――」
あぁ、実に秋兄らしい手口だ。
「ふーん……。じゃ、俺もそういう手を使うかな」
「えっ?」
「今さら、その指輪を返されても困るし」
「う゛……」
そのつもりだったのかそうじゃないのか、翠は右手で左手薬指をぎゅっと握って黙り込んだ。
「栞をプレゼントしたときも、ブレスレットをプレゼントしたときも、そこまで引かなかっただろ? それに指輪をプレゼントしたときだって……」
「それは価格を知らなかったからで――」
「あぁ……じゃあ、今日ショップに連れてきたことが失敗だったんだ?」
もっと気軽に楽しんでデザインを見てもらえると思っていたのに、何がどうしてこうなったんだか……。
腐りそうになったそのとき、隣の翠がものすごく苦しそうな顔をして俯いていることに気づく。
「翠」
はっとしたように顔を上げると、ほんの少し目が潤んで見えた。
泣かせるほど追い詰めたつもりはないし、何よりも――
「思ってることを呑みこまないでほしいんだけど」
「っ……」
図星か……。
「前にも言っただろ? 価値観が違うからといって、翠の価値観を認めないわけじゃないし、否定するわけじゃないって」
翠は何度か呼吸を繰り返すと、
「ここのアクセサリーはちゃんとした宝飾品、だと思うの。それこそ、大人が身につけても遜色ないというか、高校生がつけるには身に余るというか……」
「……その価値観はわからなくはない」
「なら――」
「でも――俺は翠が何歳になっても使えるものをプレゼントしたい。翠が一生付き合えるものをプレゼントしたい」
身の丈にあったものを、という考えはわからなくはない。でも、プレゼントして数年でつけられなくなるものを贈るより、ずっと付き合ってもらえるものをプレゼントしたいという気持ちもわかってもらいたい。
「少し考えてみてくれないか? 今の俺たちに見合う値段のものを贈ったとして、どれだけの期間、そのアクセサリーが使える? ……安いものは、そのときの流行であったり、ターゲット層のニーズに合うデザインを取り入れていることが多い。つまり、どれだけ大切に扱おうと、翠が年を重ねればやがてしっくりこないものになる。俺はそういうものはプレゼントしたくない」
翠はゆっくりと左手の薬指に視線を落とした。
じっと見て何を考えているのか。その考えを聞くことはできるのか。
少ししてから、「あ……」と翠が小さく声をあげた。
「ツカサがこのデザインを選んだのって……」
「翠なら何をプレゼントしてもずっと大切に使ってくれるだろう? それでも、デザインに飽きることはあるかもしれない。そのとき、石はそのままにデザインを変更できるようにと思って、この工法を選んだ」
翠の反応からして、その工法が「覆輪留め」であることに気づいたのだろう。
「ごめん……ありがとう」
自分の気持ちを呑みこんだわけではなく、俺の考えを理解してくれたと思っていいのか……。
「納得した?」
たずねると、翠はコクリと頷いた。
「ならよかった」
沈んだ空気を払拭したくて、翠の頭をポンポンと二回軽く叩く。
「じゃ、どんなデザインが好きなのか教えてほしいんだけど」
今度こそショーケースを見てもらえる。そう思った俺は甘かった。
翠はショーケースへ視線を向けては足元に視線を落とす、を繰り返す。
その理由はなんとなくわかる気がした。
俺の考えが理解できたとしても、実際に値段を目にしてしまうと尻込みしてしまうのだろう。なら、
「翠、そこに座ってちょっと待ってて」
店内のソファに翠を座らせると、俺はひとりでショーケースへ向かった。すると、奥からすぐに篠塚さんが出てくる。
「どうかなさいましたか?」
「今から選ぶもの、すべて値札を外してもらえませんか?」
篠塚さんは優しく微笑み、
「とても謙虚なお相手のようですね」
「えぇ、思っていたよりずっと」
若干呆れつつ、ショーケースの端から端まで翠に似合いそうなものをピックアップしていく。
それを篠塚さんが取り出し、女性定員が値札を外す、ということを延々繰り返してもらった。
すべてのピックアップが終わると、
「商談ルームを使いましょう」
篠塚さんの提案で、翠を奥の部屋へ連れて行く。
「デザインだけ見られるようにしてもらった」
翠は「申し訳ない」という表情を貼り付けている。もう少ししたら「ごめんなさい」と言われそうで、俺は早々に翠をボックス席の奥へ追いやった。
「翠に似合いそうなものをピックアップしてきたつもりだけど、好きなデザインある?」
翠はまだ戸惑っていた。
それなら――
「まず俺が確認したいのは、色かな……」
「色……?」
「翠は色が白いから、プラチナでもゴールドでも似合うと思っているけど、ピンクゴールドよりはイエローゴールドのほうが肌馴染みがいい気がしたんだ」
翠の手を取り、プラチナ、イエローゴールド、ピンクゴールドのリングを指に通す。
「篠塚さん、どう?」
「司様のお見立てで問題ないかと思います。ですがやはり、身につける方の好みもあるでしょうから……」
ふたり揃って翠を見ると、
「あ……えと……もともとはシルバーのほうが好きだったの。でも、ツカサからいただいたブレスレットも指輪も、とても肌馴染みがよくて、今はシルバーよりもイエローゴールドのほうが好き……」
翠の言葉を受けて、女性店員がすぐにプラチナの商品を下げる。
残されたイエローゴールドのアクセサリーのみが翠の前に残されたわけだけど、翠はまだテーブルから身を引いている状態。
「翠の好きなデザインの傾向を知りたいだけだから、ここから何か選べって言ってるわけじゃない」
それでも翠は困っていた。
仕方なしに、
「こっちとこっちなら?」
「こっち」
「これとこれなら?」
「こっちかな……?」
「じゃ、これとこれだと?」
「こっち」
延々と二者択一を繰り返す。すると、篠塚さんが持っていたタブレットにここにはないアクセサリーを表示させ、
「こちらのデザインがお好きでしたら、こういうのはどうでしょう?」
「あ、好きです」
「それでしたら、こちらもお好きですか?」
「はい、好きです」
こんな調子で調査は終了。
だいたいの好みはわかったと思うし、俺よりも詳しく把握したであろう専門家もいる。
またアクセサリーをプレゼントする際には篠塚さんに相談に乗ってもらおう。
そう思いながら、ジュエリーショップをあとにした。
「どこへ行くの?」
「ジュエリーショップ」
「え? ジュエリーショップ?」
翠は目をぱちくりとさせて訊き返してくる。
そしてフロアの奥まった場所にあるショップに着くと、
「ここ」
翠は入り口の壁にあるショップロゴをじっと見ていた。
翠へプレゼントした栞もブレスレットも指輪もすべてここのものだから、ジュエリーケースに刻印されたロゴには見覚えがあったのだろう。
呆然としている翠を連れてショーケースへ近づき、
「翠の好みってどんな?」
「え?」
「だから、翠の好みを知りたいんだけど」
「どうして……?」
「これから先、何かプレゼントするときに有効活用できそうだから」
むしろ、それ以外に何があるのかを教えてほしいくらいだ。
翠はポカンと口を開けたまま、でも納得はしたのか、ショーケースへと視線を移した。そして、口を閉じたかと思えば一歩後ずさる。
「つ、ツカサ……もしかしてこの指輪もここで購入したの?」
「そうだけど、それが何?」
「あああ、あの……ここのショップが藤宮のお抱え宝飾店であることは知っているのだけど、でも――だからと言ってお安くなるわけではないでしょう?」
「ここでの購入なら株主優待は受けられるけど、よりいい石を勧められて安くなるわけがないだろ?」
翠は口を閉じ黙り込んでしまった。手が空いていたら、頭を抱えてしまいそうな表情で。
「何……?」
翠はゆっくりと顔を上げ、
「金額が……高すぎませんか?」
ものすごい恐る恐る言われた感じ。
高いか安いか、と言われたら、決して安いものではない。でも、相応の宝石に質のいい仕事を施されたアクセサリーなら順当な値段とも言える。
翠がどういう意味で「高い」と言っているのかがわからなくて悩んでいると、
「おや、司様がお越しとは珍しい」
ショップの奥から出てきたのは、このジュエリーショップの社長、篠塚誠さんだった。
「先日はお世話になりました」
「とんでもない。プレゼントはお相手の方に気に入っていただけましたか?」
「はい。……翠、こちら、このショップの社長兼ジュエリーデザイナーの篠塚さん」
「ようこそお越しくださいました。篠塚と申します」
篠塚さんが名刺を渡すと、翠は両手できっちりと受け取る。そして、
「御園生翠葉と申します」
とても丁寧に挨拶を返した。
篠塚さんは早々に翠の指にはまる指輪に目を留め、
「そのリング――ではこちらが……」
「はい。フィアンセです」
「さようでしたか。ご婚約、おめでとうございます」
翠は萎縮しきっていて礼を述べることもできないらしい。代わりに俺が応対すると、
「本日はどのようなものをお探しでいらっしゃいますか?」
「今日は翠の好みを把握したくて寄らせていただきました」
「そうでしたか。では、店内をご案内いたしましょうか?」
「いえ、今日は必要ありません」
「かしこまりました。それでは、帰りがけにスタッフへお声がけください。一番新しいパンフレットをご用意いたしますので」
「ありがとうございます」
篠塚さんが一礼していなくなると、翠はわかりやすく息を吐き出した。
何をそんなに緊張することがあるのか……。
「あの人、普段こっちの店にはいないんだけど……」
そんな何気ない会話で緊張をほぐそうとすると、
「ここは支店なの?」
「そう。本店はこのデパートの裏通りにある。ほら、去年の誕生日のお祝いに自然食のビュッフェを食べに行っただろ? あの店の並びにあるんだ」
「そうなのね……」
「で、どういうのが好み?」
翠はショーケースを見ようとはしなかった。代わりに俺の近くに立ち位置をずらし、
「ツカサ、ここのアクセサリーは高すぎるよ」
「でも、ものは確かだし……」
「そういう問題じゃなくて……」
じゃあ、どういう問題なのか……。
秋兄からもらったストラップも髪飾りも、ここの店のものだ。それを翠は受け取ってきたわけで、どうして俺からのプレゼントだと「高い」になる?
年齢の差? それとも、社会人と学生の差?
少し苛立った俺は、苛立つままに口を開く。
「秋兄からのプレゼントなら問題なくても、俺からのプレゼントだと問題があるってこと?」
翠は一拍置いてから、
「違う。そうじゃないよ? 正直に話すなら、ネックレスにもストラップにもなるアクセサリーをいただいたときは、そんな高価なものだと思わずに受け取ってしまったの。でも、髪飾りは身の丈に合わないから、って辞退したのよ? そしたら、クローゼットの肥やしにするしかないとかあれこれ言われてしまって、仕方なくというか、引くに引けなくなってしまって――」
あぁ、実に秋兄らしい手口だ。
「ふーん……。じゃ、俺もそういう手を使うかな」
「えっ?」
「今さら、その指輪を返されても困るし」
「う゛……」
そのつもりだったのかそうじゃないのか、翠は右手で左手薬指をぎゅっと握って黙り込んだ。
「栞をプレゼントしたときも、ブレスレットをプレゼントしたときも、そこまで引かなかっただろ? それに指輪をプレゼントしたときだって……」
「それは価格を知らなかったからで――」
「あぁ……じゃあ、今日ショップに連れてきたことが失敗だったんだ?」
もっと気軽に楽しんでデザインを見てもらえると思っていたのに、何がどうしてこうなったんだか……。
腐りそうになったそのとき、隣の翠がものすごく苦しそうな顔をして俯いていることに気づく。
「翠」
はっとしたように顔を上げると、ほんの少し目が潤んで見えた。
泣かせるほど追い詰めたつもりはないし、何よりも――
「思ってることを呑みこまないでほしいんだけど」
「っ……」
図星か……。
「前にも言っただろ? 価値観が違うからといって、翠の価値観を認めないわけじゃないし、否定するわけじゃないって」
翠は何度か呼吸を繰り返すと、
「ここのアクセサリーはちゃんとした宝飾品、だと思うの。それこそ、大人が身につけても遜色ないというか、高校生がつけるには身に余るというか……」
「……その価値観はわからなくはない」
「なら――」
「でも――俺は翠が何歳になっても使えるものをプレゼントしたい。翠が一生付き合えるものをプレゼントしたい」
身の丈にあったものを、という考えはわからなくはない。でも、プレゼントして数年でつけられなくなるものを贈るより、ずっと付き合ってもらえるものをプレゼントしたいという気持ちもわかってもらいたい。
「少し考えてみてくれないか? 今の俺たちに見合う値段のものを贈ったとして、どれだけの期間、そのアクセサリーが使える? ……安いものは、そのときの流行であったり、ターゲット層のニーズに合うデザインを取り入れていることが多い。つまり、どれだけ大切に扱おうと、翠が年を重ねればやがてしっくりこないものになる。俺はそういうものはプレゼントしたくない」
翠はゆっくりと左手の薬指に視線を落とした。
じっと見て何を考えているのか。その考えを聞くことはできるのか。
少ししてから、「あ……」と翠が小さく声をあげた。
「ツカサがこのデザインを選んだのって……」
「翠なら何をプレゼントしてもずっと大切に使ってくれるだろう? それでも、デザインに飽きることはあるかもしれない。そのとき、石はそのままにデザインを変更できるようにと思って、この工法を選んだ」
翠の反応からして、その工法が「覆輪留め」であることに気づいたのだろう。
「ごめん……ありがとう」
自分の気持ちを呑みこんだわけではなく、俺の考えを理解してくれたと思っていいのか……。
「納得した?」
たずねると、翠はコクリと頷いた。
「ならよかった」
沈んだ空気を払拭したくて、翠の頭をポンポンと二回軽く叩く。
「じゃ、どんなデザインが好きなのか教えてほしいんだけど」
今度こそショーケースを見てもらえる。そう思った俺は甘かった。
翠はショーケースへ視線を向けては足元に視線を落とす、を繰り返す。
その理由はなんとなくわかる気がした。
俺の考えが理解できたとしても、実際に値段を目にしてしまうと尻込みしてしまうのだろう。なら、
「翠、そこに座ってちょっと待ってて」
店内のソファに翠を座らせると、俺はひとりでショーケースへ向かった。すると、奥からすぐに篠塚さんが出てくる。
「どうかなさいましたか?」
「今から選ぶもの、すべて値札を外してもらえませんか?」
篠塚さんは優しく微笑み、
「とても謙虚なお相手のようですね」
「えぇ、思っていたよりずっと」
若干呆れつつ、ショーケースの端から端まで翠に似合いそうなものをピックアップしていく。
それを篠塚さんが取り出し、女性定員が値札を外す、ということを延々繰り返してもらった。
すべてのピックアップが終わると、
「商談ルームを使いましょう」
篠塚さんの提案で、翠を奥の部屋へ連れて行く。
「デザインだけ見られるようにしてもらった」
翠は「申し訳ない」という表情を貼り付けている。もう少ししたら「ごめんなさい」と言われそうで、俺は早々に翠をボックス席の奥へ追いやった。
「翠に似合いそうなものをピックアップしてきたつもりだけど、好きなデザインある?」
翠はまだ戸惑っていた。
それなら――
「まず俺が確認したいのは、色かな……」
「色……?」
「翠は色が白いから、プラチナでもゴールドでも似合うと思っているけど、ピンクゴールドよりはイエローゴールドのほうが肌馴染みがいい気がしたんだ」
翠の手を取り、プラチナ、イエローゴールド、ピンクゴールドのリングを指に通す。
「篠塚さん、どう?」
「司様のお見立てで問題ないかと思います。ですがやはり、身につける方の好みもあるでしょうから……」
ふたり揃って翠を見ると、
「あ……えと……もともとはシルバーのほうが好きだったの。でも、ツカサからいただいたブレスレットも指輪も、とても肌馴染みがよくて、今はシルバーよりもイエローゴールドのほうが好き……」
翠の言葉を受けて、女性店員がすぐにプラチナの商品を下げる。
残されたイエローゴールドのアクセサリーのみが翠の前に残されたわけだけど、翠はまだテーブルから身を引いている状態。
「翠の好きなデザインの傾向を知りたいだけだから、ここから何か選べって言ってるわけじゃない」
それでも翠は困っていた。
仕方なしに、
「こっちとこっちなら?」
「こっち」
「これとこれなら?」
「こっちかな……?」
「じゃ、これとこれだと?」
「こっち」
延々と二者択一を繰り返す。すると、篠塚さんが持っていたタブレットにここにはないアクセサリーを表示させ、
「こちらのデザインがお好きでしたら、こういうのはどうでしょう?」
「あ、好きです」
「それでしたら、こちらもお好きですか?」
「はい、好きです」
こんな調子で調査は終了。
だいたいの好みはわかったと思うし、俺よりも詳しく把握したであろう専門家もいる。
またアクセサリーをプレゼントする際には篠塚さんに相談に乗ってもらおう。
そう思いながら、ジュエリーショップをあとにした。