光のもとでⅡ+
街中デート
Side 翠葉 01話
いつもと同じ時間にミュージックルームへ向かい入り口に立っている武明さんと武政さんに挨拶をすると、武明さんがツカサがすでに来ていることを教えてくれた。
私はお礼を言ったついでに、
「あの、今日の午後は藤倉の市街へ出かける予定なんですけど、大丈夫でしょうか……」
「その件でしたら司様の警護班から連絡が入っております。バスで市街へ出て、駅ビル周辺でお買い物をなさるんですよね?」
「はい」
「本日は司様の警護班に私と武政が同行することになっておりますので、安心してお買い物を楽しまれてください」
「ありがとうございます!」
直後、武明さんは何か言いたそうに口を開いては閉じてしまった。
それが気になって、
「どうかされましたか……?」
「……翠葉お嬢様は私どもに気を使いすぎです。もっと気楽にかまえていただいてかまわないのですよ? お嬢様がどちらへ行かれようとも、私どもは警護を完遂いたしますのでご安心ください」
とても丁寧に、「お護りします」と言われた気分。
それに対し、なんて答えるのが正解なのかわからなかった私は、「ありがとうございます」とだけ口にして、武政さんが開けてくれたドアをくぐった。
ツカサは窓際に立っていて、部屋の空気を入れ替えてくれていた。
黒いスリムなパンツはいつもと変わらない。けれど、今日は珍しくロング丈の羽織物を着ている。
生地の落ち感が美しい黒い羽織物の中には、黒字で英文が書かれた白いTシャツ。
見るからに、唯兄が好きそうなモードっぽい格好。
思わず見惚れていると、
「何?」
「……ううん、なんでもない」
ただ、普段と少し違う服装がとてもツカサの雰囲気に合っていて、とってもとっても格好いいと思っただけ。
「おはよう」
改めて挨拶をすると、ツカサに手招きをされて窓際まで行く。と、
「身体、つらくない?」
「身体……?」
私はスマホを取り出し、
「えぇと、血圧はいつもと変わらないし、脈拍も熱も問題ないと思うのだけど……」
スマホのディスプレイをツカサに向けて見せると、「違くて……」と呆れられた。
どうして呆れられなくてはいけないのか……。
「違うって、どういう意味?」
「だから――昨日の今日で身体、つらくないのかって意味」
昨日の今日……? ……あ――
決して昨日の出来事を忘れていたわけではないのだけど、うっかり思い出して顔が熱を持つ。
「えぇと……だいじょぶ、です……」
「出血とかしなかった?」
「……昨夜は少し……。でも、今朝には治まってたから、大丈夫」
「ならいいけど……」
心からほっとしている様に、優しいな、と思う。
「心配してくれて、ありがとう……」
そう言って、ツカサの胸に額を預けると、「気にしないわけないだろ」と一言文句が降ってきた。
室内の空気を入れ替え終わると窓を閉め、ツカサはソファでノートパソコンを立ち上げ始めた。
私はそんなツカサを見ながら軽くストレッチを始める。
身体を程よくほぐした状態でピアノの前に座ると、日課の練習に取り掛かった。
十二時になるとスマホのアラームが鳴り、ピアノを弾くことをやめる。と、気づけばすぐそこにツカサが立っていて、
「バッハ、だいぶよくなったんじゃない?」
「本当っ!?」
「一月と比べたらずいぶんよくなったと思う。次のレッスンで仙波さんにも言われるんじゃない?」
そんな言葉に気を良くした私は、そそくさと楽譜を片付け始めた。
「もう行く?」
「一度ゲストルームに戻ってもいい? 楽譜を置いて、違うバッグに変えてきたいの」
「了解。じゃ、エントランスで待ってる」
「うん」
私たちはその場で一度別れた。
ゲストルームに戻ると、昼休憩で一時帰宅していた唯兄と鉢合わせた。
「あれ? リィ、司っちと買い物行くんじゃないの?」
「うん、バッグ変えたらすぐに出るよ」
「バッグー?」
「うん。お買い物にわざわざ楽譜を持っていく必要はないでしょう?」
「あぁ、なるほどね」
「それにしても、今日はかわいくおめかししてるね~」
「本当っ? かわいいっ?」
「かわいいかわいい。俺がプレゼントしたヘアアイロンもうまく使いこなしてんじゃん。髪の毛クルクルでかわいさ倍増!」
「唯兄に言われるとほっとする。洋服も変じゃない?」
「うん、めっちゃかわいい。さすがは俺とあんちゃんの妹!」
「今日ね、ツカサがいつもと雰囲気の違う格好してて、すっごく格好良くて、釣り合わなかったらどうしようっ、てちょっと不安だったの」
「なぬっ!? そんな司っちは拝んでおかねばなるまい」
そんなことを言い出した唯兄は、私と一緒にエントランスまで下りることにしたらしい。
エレベーターが一階に着いてドアが開いた瞬間、エレベーターホール近くの壁に寄りかかっていたツカサの眉間にしわが寄った。
あ……機嫌、悪くなっちゃったかな……。
そんなことを思う私の隣で、
「うーわっ、本当だ。いつもとちょっと違う。何このやたらめったら格好いい男っ」
「でしょうっ!?」
思わず唯兄の方を向いて口にする。と、
「これは格好いいわ……この俺が唸っちゃう程度には」
「そうなのっ! 私も朝見たときつい見惚れちゃったのっ!」
共感してもらえたことが嬉しくて思わずはしゃぐ。と、
「翠、何唯さん連れてきてるの?」
たいそう機嫌の悪そうなツカサが引きつった笑みを貼り付けていた。
「あ……えと、ツカサがいつもと雰囲気の違うお洋服着てるって話したら、見たいって話になって――」
だめだった……?
そんな視線を送ると、
「じゃ、もう用は済んだんですよね?」
笑顔を貼り付けたままのツカサが唯兄に向かって言葉を放つ。
「済んだ済んだ! なんつーか、ホント、むかつくくらいに格好いーよねっ! 何? 俺大学生になるから服装も変えちゃおっかな、的なアレ? だったら俺は、中折れハットの追加を勧めるねっ!」
唯兄の言葉が癪に障ったのか、
「黙れ社蓄……」
どす黒オーラ全開の一言を吐き捨てると、ツカサは私の手を掴んでエントランスを大股で歩き始めた。
「しゃ、社蓄って言った!? やっ、強ち間違っちゃいないけど、ちょ、司っちっ!?」
「社蓄で十分。黙れカスが……」
黒い発言ばかり吐露するツカサを気にしつつも唯兄を振り返り、
「ゆ、唯兄、行ってきます!」
「はいはい、行ってらっしゃ~い! 夕飯までには帰りなよ?」
「はいっ!」
私たちは唯兄とコンシェルジュに見送られてエントランスをあとにした。
私はお礼を言ったついでに、
「あの、今日の午後は藤倉の市街へ出かける予定なんですけど、大丈夫でしょうか……」
「その件でしたら司様の警護班から連絡が入っております。バスで市街へ出て、駅ビル周辺でお買い物をなさるんですよね?」
「はい」
「本日は司様の警護班に私と武政が同行することになっておりますので、安心してお買い物を楽しまれてください」
「ありがとうございます!」
直後、武明さんは何か言いたそうに口を開いては閉じてしまった。
それが気になって、
「どうかされましたか……?」
「……翠葉お嬢様は私どもに気を使いすぎです。もっと気楽にかまえていただいてかまわないのですよ? お嬢様がどちらへ行かれようとも、私どもは警護を完遂いたしますのでご安心ください」
とても丁寧に、「お護りします」と言われた気分。
それに対し、なんて答えるのが正解なのかわからなかった私は、「ありがとうございます」とだけ口にして、武政さんが開けてくれたドアをくぐった。
ツカサは窓際に立っていて、部屋の空気を入れ替えてくれていた。
黒いスリムなパンツはいつもと変わらない。けれど、今日は珍しくロング丈の羽織物を着ている。
生地の落ち感が美しい黒い羽織物の中には、黒字で英文が書かれた白いTシャツ。
見るからに、唯兄が好きそうなモードっぽい格好。
思わず見惚れていると、
「何?」
「……ううん、なんでもない」
ただ、普段と少し違う服装がとてもツカサの雰囲気に合っていて、とってもとっても格好いいと思っただけ。
「おはよう」
改めて挨拶をすると、ツカサに手招きをされて窓際まで行く。と、
「身体、つらくない?」
「身体……?」
私はスマホを取り出し、
「えぇと、血圧はいつもと変わらないし、脈拍も熱も問題ないと思うのだけど……」
スマホのディスプレイをツカサに向けて見せると、「違くて……」と呆れられた。
どうして呆れられなくてはいけないのか……。
「違うって、どういう意味?」
「だから――昨日の今日で身体、つらくないのかって意味」
昨日の今日……? ……あ――
決して昨日の出来事を忘れていたわけではないのだけど、うっかり思い出して顔が熱を持つ。
「えぇと……だいじょぶ、です……」
「出血とかしなかった?」
「……昨夜は少し……。でも、今朝には治まってたから、大丈夫」
「ならいいけど……」
心からほっとしている様に、優しいな、と思う。
「心配してくれて、ありがとう……」
そう言って、ツカサの胸に額を預けると、「気にしないわけないだろ」と一言文句が降ってきた。
室内の空気を入れ替え終わると窓を閉め、ツカサはソファでノートパソコンを立ち上げ始めた。
私はそんなツカサを見ながら軽くストレッチを始める。
身体を程よくほぐした状態でピアノの前に座ると、日課の練習に取り掛かった。
十二時になるとスマホのアラームが鳴り、ピアノを弾くことをやめる。と、気づけばすぐそこにツカサが立っていて、
「バッハ、だいぶよくなったんじゃない?」
「本当っ!?」
「一月と比べたらずいぶんよくなったと思う。次のレッスンで仙波さんにも言われるんじゃない?」
そんな言葉に気を良くした私は、そそくさと楽譜を片付け始めた。
「もう行く?」
「一度ゲストルームに戻ってもいい? 楽譜を置いて、違うバッグに変えてきたいの」
「了解。じゃ、エントランスで待ってる」
「うん」
私たちはその場で一度別れた。
ゲストルームに戻ると、昼休憩で一時帰宅していた唯兄と鉢合わせた。
「あれ? リィ、司っちと買い物行くんじゃないの?」
「うん、バッグ変えたらすぐに出るよ」
「バッグー?」
「うん。お買い物にわざわざ楽譜を持っていく必要はないでしょう?」
「あぁ、なるほどね」
「それにしても、今日はかわいくおめかししてるね~」
「本当っ? かわいいっ?」
「かわいいかわいい。俺がプレゼントしたヘアアイロンもうまく使いこなしてんじゃん。髪の毛クルクルでかわいさ倍増!」
「唯兄に言われるとほっとする。洋服も変じゃない?」
「うん、めっちゃかわいい。さすがは俺とあんちゃんの妹!」
「今日ね、ツカサがいつもと雰囲気の違う格好してて、すっごく格好良くて、釣り合わなかったらどうしようっ、てちょっと不安だったの」
「なぬっ!? そんな司っちは拝んでおかねばなるまい」
そんなことを言い出した唯兄は、私と一緒にエントランスまで下りることにしたらしい。
エレベーターが一階に着いてドアが開いた瞬間、エレベーターホール近くの壁に寄りかかっていたツカサの眉間にしわが寄った。
あ……機嫌、悪くなっちゃったかな……。
そんなことを思う私の隣で、
「うーわっ、本当だ。いつもとちょっと違う。何このやたらめったら格好いい男っ」
「でしょうっ!?」
思わず唯兄の方を向いて口にする。と、
「これは格好いいわ……この俺が唸っちゃう程度には」
「そうなのっ! 私も朝見たときつい見惚れちゃったのっ!」
共感してもらえたことが嬉しくて思わずはしゃぐ。と、
「翠、何唯さん連れてきてるの?」
たいそう機嫌の悪そうなツカサが引きつった笑みを貼り付けていた。
「あ……えと、ツカサがいつもと雰囲気の違うお洋服着てるって話したら、見たいって話になって――」
だめだった……?
そんな視線を送ると、
「じゃ、もう用は済んだんですよね?」
笑顔を貼り付けたままのツカサが唯兄に向かって言葉を放つ。
「済んだ済んだ! なんつーか、ホント、むかつくくらいに格好いーよねっ! 何? 俺大学生になるから服装も変えちゃおっかな、的なアレ? だったら俺は、中折れハットの追加を勧めるねっ!」
唯兄の言葉が癪に障ったのか、
「黙れ社蓄……」
どす黒オーラ全開の一言を吐き捨てると、ツカサは私の手を掴んでエントランスを大股で歩き始めた。
「しゃ、社蓄って言った!? やっ、強ち間違っちゃいないけど、ちょ、司っちっ!?」
「社蓄で十分。黙れカスが……」
黒い発言ばかり吐露するツカサを気にしつつも唯兄を振り返り、
「ゆ、唯兄、行ってきます!」
「はいはい、行ってらっしゃ~い! 夕飯までには帰りなよ?」
「はいっ!」
私たちは唯兄とコンシェルジュに見送られてエントランスをあとにした。