光のもとでⅡ+
Side 司 07話
翠が作ってくれたお好み焼きは、祭りで食べたものよりも、駅ビルで食べたものよりも、ずっとずっとおいしく感じた。それは翠がこだわった山芋のおかげなのか、はたまた翠が作ったものだからなのか……。
さらには、目の前でぺろりと一枚のお好み焼きを平らげる翠を見て、少しびっくりもした。
翠が話したとおり、先日駅ビルで食べたお好み焼きよりも大きなそれを、苦戦するでもなく、強迫観念に駆られるでもなく、最後まで実においしそうに食べていたから。
「このあとケーキもあるってわかってる?」
「わかってる! 実はね、さっき胃薬を先に飲んだの。だからきっと、胃もたれすることなくおいしく食べられると思うよ」
そう言って翠は、いたずらがばれた子どものような、普段あまり見せない表情で笑った。
「とは言っても、少し間はあけようね? 今六時過ぎだから……七時半とか八時くらい?」
「今日は九時までいられるの?」
「うん。お夕飯一緒に食べるって話してきたから、九時までに帰れば大丈夫」
あと三時間……。
時間はある。でも翠の体調は――
「翠、スマホ見せて」
「え?」
「スマホ」
翠は不思議そうな顔をしながらスマホを見せてくれた。
ディスプレイを表示させると、
「三十七度三分……」
朝より上がってるし……。
項垂れそうになった瞬間、目の前に座る翠が勢いよく立ち上がった。
そんなふうに立つなと言う前に、翠の声が割り込む。
「帰れとか言うっ!? 私、体調悪くないよっ!? お好み焼きも全部食べられたしっ」
必死に懇願してくるけど、俺が考えていることとは見当違いもいいところで……。
「何、その顔っ! 本当に元気よっ? 反復横跳びだって踏み台昇降だってできるくらいっ」
をぃ……。
「それ、本当にしたらまずいだろ?」
「う゛……そうなんだけど……。でもっ、気分的にはそのくらい元気ということでっ――」
「もとより帰れなんて言うつもりはないから安心していい。食器洗ってくるから、リビングでくつろいでて」
「えっ!? お片づけなら一緒に――」
「洗剤、素手で触れないだろ?」
「じゃ、ツカサが洗ったお皿拭くっ!」
「自然乾燥で十分」
翠は黙ってむくれると、「次に来るときはゴム手袋持ってくる」と零してリビングへ移動した。
窓際に立ち、窓から夜景を見ている翠の後ろ姿を見ながら思う。
どうしたものか……。
願望としては抱きたいわけだけど、今日は朝から学校で、帰宅してからも休む間もなくうちへ来て昼食摂ったのちには夕飯作り。明日も朝から学校なわけで――
でも今日は誕生日だし、少しぐらい欲を出しても……。
「ツカサ……?」
気づけばキッチンカウンターの前に翠が立っていた。
「なんか難しい顔してる……。どうしたの?」
「いや……」
「むぅ……こういうとき、私が話さなかったらツカサは意地でも訊き出そうとするくせに、私が訊いたときには答えてくれないの? それなら、今後は私も考えさせてもらうからねっ?」
それ、両手でカウンターにしがみついて言うことか……?
主張と動作が真逆の何かで思わず笑みが零れる。
「言ってもいいけど、聞いたら聞いたで翠が困ることだと思うけど?」
「え? どうして私が困るの?」
きょとんとした顔でたずねられ、その間の抜けた表情を思い切り崩してやりたくる。
俺は欲望のままに答えることにした。
「翠を抱きたいと思ってた」
「っ――」
「でも、微熱が続いている翠に無理をさせるべきじゃないし、明日も学校だし、でも誕生日だし――」
言うつもりのなかった最後の一言に、しまった、と思う。
一瞬顔を逸らしてしまったけど、すぐに翠の反応が気になって正面へ向き直る。と、翠は顔を赤らめ上目遣いで俺を見ていた。
こいつは本当にわかっていない……。
肩を半分出たような服装なうえ、鎖骨あたりまできれいに赤く染め上げた状態で上目遣いとか、そんなの煽られない男がいるわけないだろ……。
あああ……唯さんぶっ殺したい……。
視線を外して悪態をつくと、
「きょ、今日はだめだけどっ――でも……熱が下ったら……」
下ったら……?
「熱が下ったら、何も問題ないから……だから……」
その先を言うのにはまだ抵抗があるのだろう。でもきっと、この先に続く言葉は俺が欲している言葉で間違いないはず。
「なら今日は、キスだけで我慢する」
だから、キスは自由にさせてくれ。
そんな目で翠を見ると、翠は恥ずかしそうにコクリと頷いた。
食器洗いを済ませてリビングへ行くと、翠はソファの上で正座待機していた。その様子がおかしくて笑う。と、すぐにむっとした顔がこちらを向いた。
「正座なんてしてなくていいのに。キスには慣れたんだろ?」
「そうなのだけど……」
俺は翠の隣に腰を下ろすと、自然な動作で翠の唇に自分のそれを重ねた。
「ずっと正座でいると足痺れると思うけど?」
「え? あっ……」
「痺れた暁には、痺れた足に触れて翠をいじめるって楽しみが俺には生じるわけだけど、いいの?」
翠は慌てて足を崩した。
そして、むっとした顔で見上げられ、少し尖がった唇に再度口づける。
唇を啄ばむたびに翠の表情は和らいでいき、気づけば俺の両腕の袖を控えめに掴んでいた。
ゆっくりと翠をソファに横にさせてはっとする。
「翠、今日おりものシートって――」
途中まで話したところで翠に思い切り両頬をつねられ真横に引っ張られた。
「いっ――」
「ツカサにデリカシーを求めますっっっ」
「だって、聞いておかないとまた泣かれる事態とか困るし……」
「それはそうなんだけど……でも、訊かれるのも答えるのも恥ずかしいんだからっ」
それはわからなくはないけど――
「もう、そういう関係になったんだから、そのあたりを恥ずかしがるのはやめたら?」
「うぅぅ……恥じらいをなくすのはだめだと思うの……」
確かに、恥じらう姿がかわいくもあるわけで……。でも、大胆になった翠を見てみたいとも思う。……まあ、それは追々見られればいいか。
でも、誕生日らしい何かは得たいかも……。
「今日は俺の誕生日なわけだけど、愛しい婚約者からキスのプレゼントとかはないわけ?」
そんなねだり方をすると、翠は恥ずかしがりながらも唇へのキスをしてくれた。そして、
「お誕生日、おめでとう……。生まれてきてくれてありがとう。私と出逢ってくれてありがとう。好きになってくれてありがとう。お付き合いしてくれてありがとう。こんな私と婚約してくれて、ありがとう」
翠の誕生日に俺が言いたかったことを全部言われた気分……。
これじゃ俺が言ったところで翠の二番煎じだな。
「キスは一回しかしてくれないの?」
「……んもぅ……」
翠は俺の肩に手を置くと、「ちゅ」と音が鳴るキスをしてくれた。
まるで「キスしましたからねっ!」と言われた気分。
少しおかしく思いながら、何度となくキスを交わすも、肌が見えている場所すべてにキスを落としたくなるわけで、短いフレアパンツと丈の長い靴下の合間に見える太ももにも触りたくて仕方がない。
おりものシート当ててるならいいよな?
そんな自己確認のもと、肌が露出している部分にだけ触れていった。
翠は抵抗しなかったくせに、一番最後に「ツカサのえっち……」と小さな声で文句を口にする。
「婚約者限定なら許されてしかるべきだと思うけど?」
「それはそうなのだけど……。……絶対、絶対に私限定よ?」
「何それ……。むしろ翠以外の人間になんて触れたくもないんだけど」
割と真剣に答えると、
「でもお医者様になるのだから――」
「患者は単なる患者であって、性別が女だったとしても、俺が女として見る対象にはならない。それに患者に翠にするように触れたら犯罪だろ?」
「……それもそうね?」
そう言うと翠はおかしそうに、または嬉しそうに笑って俺に身を寄せた。
さらには、目の前でぺろりと一枚のお好み焼きを平らげる翠を見て、少しびっくりもした。
翠が話したとおり、先日駅ビルで食べたお好み焼きよりも大きなそれを、苦戦するでもなく、強迫観念に駆られるでもなく、最後まで実においしそうに食べていたから。
「このあとケーキもあるってわかってる?」
「わかってる! 実はね、さっき胃薬を先に飲んだの。だからきっと、胃もたれすることなくおいしく食べられると思うよ」
そう言って翠は、いたずらがばれた子どものような、普段あまり見せない表情で笑った。
「とは言っても、少し間はあけようね? 今六時過ぎだから……七時半とか八時くらい?」
「今日は九時までいられるの?」
「うん。お夕飯一緒に食べるって話してきたから、九時までに帰れば大丈夫」
あと三時間……。
時間はある。でも翠の体調は――
「翠、スマホ見せて」
「え?」
「スマホ」
翠は不思議そうな顔をしながらスマホを見せてくれた。
ディスプレイを表示させると、
「三十七度三分……」
朝より上がってるし……。
項垂れそうになった瞬間、目の前に座る翠が勢いよく立ち上がった。
そんなふうに立つなと言う前に、翠の声が割り込む。
「帰れとか言うっ!? 私、体調悪くないよっ!? お好み焼きも全部食べられたしっ」
必死に懇願してくるけど、俺が考えていることとは見当違いもいいところで……。
「何、その顔っ! 本当に元気よっ? 反復横跳びだって踏み台昇降だってできるくらいっ」
をぃ……。
「それ、本当にしたらまずいだろ?」
「う゛……そうなんだけど……。でもっ、気分的にはそのくらい元気ということでっ――」
「もとより帰れなんて言うつもりはないから安心していい。食器洗ってくるから、リビングでくつろいでて」
「えっ!? お片づけなら一緒に――」
「洗剤、素手で触れないだろ?」
「じゃ、ツカサが洗ったお皿拭くっ!」
「自然乾燥で十分」
翠は黙ってむくれると、「次に来るときはゴム手袋持ってくる」と零してリビングへ移動した。
窓際に立ち、窓から夜景を見ている翠の後ろ姿を見ながら思う。
どうしたものか……。
願望としては抱きたいわけだけど、今日は朝から学校で、帰宅してからも休む間もなくうちへ来て昼食摂ったのちには夕飯作り。明日も朝から学校なわけで――
でも今日は誕生日だし、少しぐらい欲を出しても……。
「ツカサ……?」
気づけばキッチンカウンターの前に翠が立っていた。
「なんか難しい顔してる……。どうしたの?」
「いや……」
「むぅ……こういうとき、私が話さなかったらツカサは意地でも訊き出そうとするくせに、私が訊いたときには答えてくれないの? それなら、今後は私も考えさせてもらうからねっ?」
それ、両手でカウンターにしがみついて言うことか……?
主張と動作が真逆の何かで思わず笑みが零れる。
「言ってもいいけど、聞いたら聞いたで翠が困ることだと思うけど?」
「え? どうして私が困るの?」
きょとんとした顔でたずねられ、その間の抜けた表情を思い切り崩してやりたくる。
俺は欲望のままに答えることにした。
「翠を抱きたいと思ってた」
「っ――」
「でも、微熱が続いている翠に無理をさせるべきじゃないし、明日も学校だし、でも誕生日だし――」
言うつもりのなかった最後の一言に、しまった、と思う。
一瞬顔を逸らしてしまったけど、すぐに翠の反応が気になって正面へ向き直る。と、翠は顔を赤らめ上目遣いで俺を見ていた。
こいつは本当にわかっていない……。
肩を半分出たような服装なうえ、鎖骨あたりまできれいに赤く染め上げた状態で上目遣いとか、そんなの煽られない男がいるわけないだろ……。
あああ……唯さんぶっ殺したい……。
視線を外して悪態をつくと、
「きょ、今日はだめだけどっ――でも……熱が下ったら……」
下ったら……?
「熱が下ったら、何も問題ないから……だから……」
その先を言うのにはまだ抵抗があるのだろう。でもきっと、この先に続く言葉は俺が欲している言葉で間違いないはず。
「なら今日は、キスだけで我慢する」
だから、キスは自由にさせてくれ。
そんな目で翠を見ると、翠は恥ずかしそうにコクリと頷いた。
食器洗いを済ませてリビングへ行くと、翠はソファの上で正座待機していた。その様子がおかしくて笑う。と、すぐにむっとした顔がこちらを向いた。
「正座なんてしてなくていいのに。キスには慣れたんだろ?」
「そうなのだけど……」
俺は翠の隣に腰を下ろすと、自然な動作で翠の唇に自分のそれを重ねた。
「ずっと正座でいると足痺れると思うけど?」
「え? あっ……」
「痺れた暁には、痺れた足に触れて翠をいじめるって楽しみが俺には生じるわけだけど、いいの?」
翠は慌てて足を崩した。
そして、むっとした顔で見上げられ、少し尖がった唇に再度口づける。
唇を啄ばむたびに翠の表情は和らいでいき、気づけば俺の両腕の袖を控えめに掴んでいた。
ゆっくりと翠をソファに横にさせてはっとする。
「翠、今日おりものシートって――」
途中まで話したところで翠に思い切り両頬をつねられ真横に引っ張られた。
「いっ――」
「ツカサにデリカシーを求めますっっっ」
「だって、聞いておかないとまた泣かれる事態とか困るし……」
「それはそうなんだけど……でも、訊かれるのも答えるのも恥ずかしいんだからっ」
それはわからなくはないけど――
「もう、そういう関係になったんだから、そのあたりを恥ずかしがるのはやめたら?」
「うぅぅ……恥じらいをなくすのはだめだと思うの……」
確かに、恥じらう姿がかわいくもあるわけで……。でも、大胆になった翠を見てみたいとも思う。……まあ、それは追々見られればいいか。
でも、誕生日らしい何かは得たいかも……。
「今日は俺の誕生日なわけだけど、愛しい婚約者からキスのプレゼントとかはないわけ?」
そんなねだり方をすると、翠は恥ずかしがりながらも唇へのキスをしてくれた。そして、
「お誕生日、おめでとう……。生まれてきてくれてありがとう。私と出逢ってくれてありがとう。好きになってくれてありがとう。お付き合いしてくれてありがとう。こんな私と婚約してくれて、ありがとう」
翠の誕生日に俺が言いたかったことを全部言われた気分……。
これじゃ俺が言ったところで翠の二番煎じだな。
「キスは一回しかしてくれないの?」
「……んもぅ……」
翠は俺の肩に手を置くと、「ちゅ」と音が鳴るキスをしてくれた。
まるで「キスしましたからねっ!」と言われた気分。
少しおかしく思いながら、何度となくキスを交わすも、肌が見えている場所すべてにキスを落としたくなるわけで、短いフレアパンツと丈の長い靴下の合間に見える太ももにも触りたくて仕方がない。
おりものシート当ててるならいいよな?
そんな自己確認のもと、肌が露出している部分にだけ触れていった。
翠は抵抗しなかったくせに、一番最後に「ツカサのえっち……」と小さな声で文句を口にする。
「婚約者限定なら許されてしかるべきだと思うけど?」
「それはそうなのだけど……。……絶対、絶対に私限定よ?」
「何それ……。むしろ翠以外の人間になんて触れたくもないんだけど」
割と真剣に答えると、
「でもお医者様になるのだから――」
「患者は単なる患者であって、性別が女だったとしても、俺が女として見る対象にはならない。それに患者に翠にするように触れたら犯罪だろ?」
「……それもそうね?」
そう言うと翠はおかしそうに、または嬉しそうに笑って俺に身を寄せた。