光のもとでⅡ+
Side 翠葉 04話
「翠葉ちゃん? おーい、見えてますかー?」
目の前で手を振られ、はっとする。と、私の隣に膝をついた秋斗さんは、すでに洋服に着替え終わっていた。
「初めて司の射を見たときと同じ顔だね」
「え……?」
「君が一年のとき、インハイ予選を一緒に見たときも、今みたいな感じだった」
「あ……」
そう言われてみれば、あのときも放心状態だったっけ……。
「でも今日は、ちょっと違うことを考えてました」
「違うこと?」
「はい……。秋斗さんとツカサの所作というか、射法八節の形というか……ものすごく似ていて……。ほかの弓道部員と比べると全然違うんですけど、ふたりのは似ていて――」
「あぁ……ま、そうかな? ツカサはずっと俺の射型を見て育っているし、ずっと同じ人に稽古してもらってたからね」
「それに――」
「それに?」
付け足した言葉の先を呑み込んでしまったのは、ちょっと口にするのが恥ずかしくなったから。
でも、秋斗さんは私の目の高さに目線を揃えたまま、言葉の先をじっと待っている。
「……秋斗さんもツカサも、普段洋服を着てるときは細く見えるのに、実際はそんなことないんだなって――」
それはつまり、肌脱ぎしたことによる感想を口にしているわけで、ちょっとなんだか恥ずかしい……。
「あぁ……弓道は僧帽筋や上腕三頭筋を鍛える必要があるし、体幹も鍛えてないと踏ん張れないからね。筋肉量はそれなりだと思うよ」
そう言ったあと、秋斗さんは意味深に笑みを深めた。
「俺のは今見たにしても、司の筋肉も見たことがあるんだ?」
一瞬にして裸のツカサを思い出して顔が熱を持つ。
「それはどこで? 普段練習じゃ肌脱ぎなんてしないから、別の環境であったり状況だよね?」
まさかそこまで突っ込んで訊かれるとは思っておらず、私は汗が噴出すほどに慌てた。
「あのっ、私っ、生徒会の仕事があるのでっ――」
慌てて立ち上がろうとしたら、腕を強く掴んで制された。
「ストップ――これ以上はいじめないから、ゆっくり立って。ね?」
「……はい」
もう恥ずかしくて恥ずかしくて穴に隠れたい以前に、蒸発して霧散してしまいたい……。
私はゆっくりと立ち上がり、逃げるように弓道場をあとにした。なのに、荷物を持った秋斗さんはすぐに追いついてしまう。
「翠葉ちゃん、首まで真っ赤」
秋斗さんは私を覗き込むように観察してはクスクスと笑う。
「もうっ、これ以上はいじめないって言ったじゃないですかっ!」
「だって、悔しいじゃん」
悔しい……?
「俺にそういう関係を迫られたときには尻尾巻いて逃げた子が、司に求められたときには大丈夫だったって――そういう話じゃないの?」
「っっっ――秋斗さんっ、セクハラで訴えますよっ!?」
「ほら、そういう話じゃん」
うぅぅぅぅ……――
「俺のときはすごい怖がってたけど、相手が司ならそんなこともなかったんだ?」
まだ訊くかっ――
そんな思いで秋斗さんを見上げたけれど、秋斗さんの顔から笑みは消え、どこか心配そうに私のことを見ていた。
「あきと、さん……?」
「ん?」
どうしてそんな顔……。
「別にからかおうとか、いじめようと思ってるわけじゃないよ」
それは顔を見ればわかることで、なら何を話そうと、訊き出そうとしているの……?
じっと秋斗さんを見つめると、
「責任を感じてなくはないから」
「せき、にん……?」
「過剰に怖がらせてしまった責任」
「それはっ――」
「こればかりは謝って許されることじゃないと思ってる」
「でも、もうそれは――」
「うん。翠葉ちゃんには何度となく許されてきた。けど、この件においては君のパートナーである司にも謝らなくちゃいけないのかなって」
「どうして……?」
「恐怖感を覚えてしまった君を口説き落とすのには、相当時間がかかっただろうし苦労したんじゃないかな、と思って」
その言葉に何も言えなくなってしまった。
「あ、図星? やっぱりそう簡単にはいかなかったよね?」
「……ものすごく、長い間待ってもらいました」
「やっぱりか……。本当に申し訳ない……」
でも――
「秋斗さんだけが原因じゃないと思うんです。私はもともと臆病な性格だし、何か一歩足を踏み出すときには時間を要す人間で――だからこれもきっとそのひとつで、秋斗さんだけがその要因じゃないです」
「君は本当に優しいね」
「それもたぶん勘違いです。秋斗さんはいつも私をいい子みたいに言ってくれるけど、私はただ、自分が傷つかないために、大切にしたいものを大切にしているだけで……」
秋斗さんはクスリと笑い、
「じゃ、俺は勘違いしたままにしておく。自分の好きな子は女神様みたいに優しい、って思っていたいでしょ?」
そう言うと秋斗さんは、何事もなかったかのように進路を変え、駐車場へ向かって歩き出した。
足早に桜林館へ向かうと、男子たちがパイプ椅子を並べる中、半月ステージでは桃華さんがお花をいけていた。桜林館後方には会議室用の細長いテーブルが三角形にセッティングされ、数種類のプリントがところ狭しと並べられている。そのテーブルの周りを紫苑ちゃんがひとりで回っては入学のしおりに添える冊子を作っていた。
「紫苑ちゃん、ごめん!」
「御園生先輩、こんにちは。今年度もお世話になります」
紫苑ちゃんは丁寧にお辞儀までしてくれた。それに習い、私も頭を下げる。
「こちらこそ、今年度もよろしくお願いします」
ふたり揃ってテーブルの周りをくるくる回ってはホッチキスで留める、を繰り返していると、パイプ椅子を出し終わった男子が合流し、お花をいけ終わった桃華さんも合流し、あっという間に二六〇部の冊子が出来上がった。
「あとはこれを椅子に並べて残りを職員室へ届けたら終わりね!」
桃華さんの合流に、皆三十数部ずつ冊子を持ってパイプ椅子に置いて回った。途中、飛竜くんがパイプイスに足を引っ掛け規則正しく並んでいた列をずらしてしまうと、
「竜っ、そこきちんと直しておけよっ!?」
すかさず飛翔くんの怒号が飛ぶ。
そんな様を見て、これは間違いなく次代の生徒会長は飛翔くんだな、と思った。
すべての作業が終わり皆が集まると、飛翔くんからの視線を感じてそちらを向く。と、
「センパイ、スマホ出してもらいましょうか?」
「え……?」
「え、じゃなくて、スマホ出せ、スーマーホっ!」
「あ、はいっ……」
慌ててポシェットからスマホを取り出し飛翔くんに渡すと、
「ふん、認証キーを入力しなくてもこの画面は見られるんだな」
は……? なんのこと……?
意味がわからずじっと見上げていると、
「ちっ、微熱かよ……。戸締りは俺がやっておくから、センパイはとっとと帰りやがれ」
「えっ?」
「えっ、じゃねえっ……」
凄んだ目に睨まれ、私は一歩後ずさる。
飛翔くんはディスプレイに視線を戻し、
「血圧は問題なさそうだな」
と呟いた。
聞き間違いかと思ったけれど、今確かに「血圧は問題なさそうだな」って……。
どうして飛翔くんがこの装置のことを知っているの……?
思い当たることといえば、体育祭の練習で倒れたとき――あのとき海斗くんか佐野くんに聞いたのかもしれない。
でも、血圧数値のあれこれまで知っているのは不自然だ。どうして……?
飛翔くんは片方の口端を上げ、
「今朝、司先輩からお役立ち情報をいただいた」
は? ツカサ……?
「センパイをフルに活用したければ、バイタルに注意しろって。微熱になったら行動をセーブ。血圧は上が八十を切ったら要安静。七十五を切るようなら横にさせて湊先生に一報を入れるようにって」
何それ……。
ツカサへのバイタル転送を拒んだ報復……?
確かに、私の側にいれば私のスマホを見ることは可能だろう。でも、だからといってこんな小姑に最適な人間にそれを任せなくても――否、適役だから抜擢したに違いない。しかも、飛翔くんはツカサ信者ときている……。何がなんでも任務を遂行するだろう。
いろんな意味でわなわなと震えていると、
「飛翔、もう一度言って。メモしておくから。あとでみんなにメールするからみんなも覚えておくように。いっそのこと、翠葉のバイタルが電光掲示板とかに表示されたらいいのに」
桃華さん、なんてこと言い出すのっ!?
「あ、それいいんじゃね? 唯くんとか秋兄呼べばすぐにでもセッティングしてくれるだろ? せめて紅葉祭とかでかいイベントのときくらいはさ、保険が欲しいよな。もしくは、そのアプリを生徒会メンバーにだけインストールさせてもらうとか――」
「「「「「それいいっっっ!」」」」」
「絶対いやっ!」
成り行きを見守っているのは紫苑ちゃんただひとり。
みんなの視線が私に集まると、桃華さんが艶然と一歩を踏み出した。
「翠葉、残念ね? 六対一で圧倒的多数が支持しているわ」
「そんなぁ~……」
「紅葉祭の会計総元締めやりたいんだろ? それなら、そのくらい呑み込んどけよ」
飛翔くんの言葉に何も言えなくなる。と、呆れたようにため息をついて、
「あのさ、紅葉祭じゃおまえが要なんだよ。保険くらいかけさせろ」
そう言いながらスマホを突っ返された。
うぅぅ……これは近々、唯兄や秋斗さんへ生徒会メンバーへのアプリインストールをお願いしなくてはいけない気がする。
でも、その際にはしっかりと口止めをしよう。
まずは秋斗さんと唯兄がツカサに情報を漏らさないように。そして飛翔くんや海斗くんがツカサに告げ口しないように。
そこだけは徹底しようと固く決意した。
「じゃ、今日はこれで解散」
桃華さんがそう言ったあと、私はテーブルに置かれた桜林館の鍵に手を伸ばした。すると、その手を払われ飛翔くんに鍵を奪われる。
「だーーーっ、俺がやっておくって言ってるだろっ!?」
「でもっ、遅れてきたのは私だしっ――」
「微熱のセンパイ酷使したとあったら司先輩に睨まれるじゃ済まねえんだよっ」
「察せよ、バカヤロー」のお言葉まで頂戴し、クスクスと笑った桃華さんに、
「やってくれるって言ってるんだから、お願いしちゃえば?」
「でも……」
「そんな時間のかかるものじゃないし、翠葉がやるより飛翔にやらせたほうが早く終わるわよ。じゃ、私、残りの冊子を職員室に届けたら帰るから」
そう言うと、ほかのメンバーも連れ立って出口へと向かって歩き始めてしまった。
私はそろそろと飛翔くんを見上げ、
「じゃ、お願いしてもいい?」
「さっきから引き受けてやるって何度言わせたら気が済むんだ」
じろりと見下ろされ、
「じゃ、お願いします」
私は丁寧にお辞儀をして飛翔くんにお願いをした。
目の前で手を振られ、はっとする。と、私の隣に膝をついた秋斗さんは、すでに洋服に着替え終わっていた。
「初めて司の射を見たときと同じ顔だね」
「え……?」
「君が一年のとき、インハイ予選を一緒に見たときも、今みたいな感じだった」
「あ……」
そう言われてみれば、あのときも放心状態だったっけ……。
「でも今日は、ちょっと違うことを考えてました」
「違うこと?」
「はい……。秋斗さんとツカサの所作というか、射法八節の形というか……ものすごく似ていて……。ほかの弓道部員と比べると全然違うんですけど、ふたりのは似ていて――」
「あぁ……ま、そうかな? ツカサはずっと俺の射型を見て育っているし、ずっと同じ人に稽古してもらってたからね」
「それに――」
「それに?」
付け足した言葉の先を呑み込んでしまったのは、ちょっと口にするのが恥ずかしくなったから。
でも、秋斗さんは私の目の高さに目線を揃えたまま、言葉の先をじっと待っている。
「……秋斗さんもツカサも、普段洋服を着てるときは細く見えるのに、実際はそんなことないんだなって――」
それはつまり、肌脱ぎしたことによる感想を口にしているわけで、ちょっとなんだか恥ずかしい……。
「あぁ……弓道は僧帽筋や上腕三頭筋を鍛える必要があるし、体幹も鍛えてないと踏ん張れないからね。筋肉量はそれなりだと思うよ」
そう言ったあと、秋斗さんは意味深に笑みを深めた。
「俺のは今見たにしても、司の筋肉も見たことがあるんだ?」
一瞬にして裸のツカサを思い出して顔が熱を持つ。
「それはどこで? 普段練習じゃ肌脱ぎなんてしないから、別の環境であったり状況だよね?」
まさかそこまで突っ込んで訊かれるとは思っておらず、私は汗が噴出すほどに慌てた。
「あのっ、私っ、生徒会の仕事があるのでっ――」
慌てて立ち上がろうとしたら、腕を強く掴んで制された。
「ストップ――これ以上はいじめないから、ゆっくり立って。ね?」
「……はい」
もう恥ずかしくて恥ずかしくて穴に隠れたい以前に、蒸発して霧散してしまいたい……。
私はゆっくりと立ち上がり、逃げるように弓道場をあとにした。なのに、荷物を持った秋斗さんはすぐに追いついてしまう。
「翠葉ちゃん、首まで真っ赤」
秋斗さんは私を覗き込むように観察してはクスクスと笑う。
「もうっ、これ以上はいじめないって言ったじゃないですかっ!」
「だって、悔しいじゃん」
悔しい……?
「俺にそういう関係を迫られたときには尻尾巻いて逃げた子が、司に求められたときには大丈夫だったって――そういう話じゃないの?」
「っっっ――秋斗さんっ、セクハラで訴えますよっ!?」
「ほら、そういう話じゃん」
うぅぅぅぅ……――
「俺のときはすごい怖がってたけど、相手が司ならそんなこともなかったんだ?」
まだ訊くかっ――
そんな思いで秋斗さんを見上げたけれど、秋斗さんの顔から笑みは消え、どこか心配そうに私のことを見ていた。
「あきと、さん……?」
「ん?」
どうしてそんな顔……。
「別にからかおうとか、いじめようと思ってるわけじゃないよ」
それは顔を見ればわかることで、なら何を話そうと、訊き出そうとしているの……?
じっと秋斗さんを見つめると、
「責任を感じてなくはないから」
「せき、にん……?」
「過剰に怖がらせてしまった責任」
「それはっ――」
「こればかりは謝って許されることじゃないと思ってる」
「でも、もうそれは――」
「うん。翠葉ちゃんには何度となく許されてきた。けど、この件においては君のパートナーである司にも謝らなくちゃいけないのかなって」
「どうして……?」
「恐怖感を覚えてしまった君を口説き落とすのには、相当時間がかかっただろうし苦労したんじゃないかな、と思って」
その言葉に何も言えなくなってしまった。
「あ、図星? やっぱりそう簡単にはいかなかったよね?」
「……ものすごく、長い間待ってもらいました」
「やっぱりか……。本当に申し訳ない……」
でも――
「秋斗さんだけが原因じゃないと思うんです。私はもともと臆病な性格だし、何か一歩足を踏み出すときには時間を要す人間で――だからこれもきっとそのひとつで、秋斗さんだけがその要因じゃないです」
「君は本当に優しいね」
「それもたぶん勘違いです。秋斗さんはいつも私をいい子みたいに言ってくれるけど、私はただ、自分が傷つかないために、大切にしたいものを大切にしているだけで……」
秋斗さんはクスリと笑い、
「じゃ、俺は勘違いしたままにしておく。自分の好きな子は女神様みたいに優しい、って思っていたいでしょ?」
そう言うと秋斗さんは、何事もなかったかのように進路を変え、駐車場へ向かって歩き出した。
足早に桜林館へ向かうと、男子たちがパイプ椅子を並べる中、半月ステージでは桃華さんがお花をいけていた。桜林館後方には会議室用の細長いテーブルが三角形にセッティングされ、数種類のプリントがところ狭しと並べられている。そのテーブルの周りを紫苑ちゃんがひとりで回っては入学のしおりに添える冊子を作っていた。
「紫苑ちゃん、ごめん!」
「御園生先輩、こんにちは。今年度もお世話になります」
紫苑ちゃんは丁寧にお辞儀までしてくれた。それに習い、私も頭を下げる。
「こちらこそ、今年度もよろしくお願いします」
ふたり揃ってテーブルの周りをくるくる回ってはホッチキスで留める、を繰り返していると、パイプ椅子を出し終わった男子が合流し、お花をいけ終わった桃華さんも合流し、あっという間に二六〇部の冊子が出来上がった。
「あとはこれを椅子に並べて残りを職員室へ届けたら終わりね!」
桃華さんの合流に、皆三十数部ずつ冊子を持ってパイプ椅子に置いて回った。途中、飛竜くんがパイプイスに足を引っ掛け規則正しく並んでいた列をずらしてしまうと、
「竜っ、そこきちんと直しておけよっ!?」
すかさず飛翔くんの怒号が飛ぶ。
そんな様を見て、これは間違いなく次代の生徒会長は飛翔くんだな、と思った。
すべての作業が終わり皆が集まると、飛翔くんからの視線を感じてそちらを向く。と、
「センパイ、スマホ出してもらいましょうか?」
「え……?」
「え、じゃなくて、スマホ出せ、スーマーホっ!」
「あ、はいっ……」
慌ててポシェットからスマホを取り出し飛翔くんに渡すと、
「ふん、認証キーを入力しなくてもこの画面は見られるんだな」
は……? なんのこと……?
意味がわからずじっと見上げていると、
「ちっ、微熱かよ……。戸締りは俺がやっておくから、センパイはとっとと帰りやがれ」
「えっ?」
「えっ、じゃねえっ……」
凄んだ目に睨まれ、私は一歩後ずさる。
飛翔くんはディスプレイに視線を戻し、
「血圧は問題なさそうだな」
と呟いた。
聞き間違いかと思ったけれど、今確かに「血圧は問題なさそうだな」って……。
どうして飛翔くんがこの装置のことを知っているの……?
思い当たることといえば、体育祭の練習で倒れたとき――あのとき海斗くんか佐野くんに聞いたのかもしれない。
でも、血圧数値のあれこれまで知っているのは不自然だ。どうして……?
飛翔くんは片方の口端を上げ、
「今朝、司先輩からお役立ち情報をいただいた」
は? ツカサ……?
「センパイをフルに活用したければ、バイタルに注意しろって。微熱になったら行動をセーブ。血圧は上が八十を切ったら要安静。七十五を切るようなら横にさせて湊先生に一報を入れるようにって」
何それ……。
ツカサへのバイタル転送を拒んだ報復……?
確かに、私の側にいれば私のスマホを見ることは可能だろう。でも、だからといってこんな小姑に最適な人間にそれを任せなくても――否、適役だから抜擢したに違いない。しかも、飛翔くんはツカサ信者ときている……。何がなんでも任務を遂行するだろう。
いろんな意味でわなわなと震えていると、
「飛翔、もう一度言って。メモしておくから。あとでみんなにメールするからみんなも覚えておくように。いっそのこと、翠葉のバイタルが電光掲示板とかに表示されたらいいのに」
桃華さん、なんてこと言い出すのっ!?
「あ、それいいんじゃね? 唯くんとか秋兄呼べばすぐにでもセッティングしてくれるだろ? せめて紅葉祭とかでかいイベントのときくらいはさ、保険が欲しいよな。もしくは、そのアプリを生徒会メンバーにだけインストールさせてもらうとか――」
「「「「「それいいっっっ!」」」」」
「絶対いやっ!」
成り行きを見守っているのは紫苑ちゃんただひとり。
みんなの視線が私に集まると、桃華さんが艶然と一歩を踏み出した。
「翠葉、残念ね? 六対一で圧倒的多数が支持しているわ」
「そんなぁ~……」
「紅葉祭の会計総元締めやりたいんだろ? それなら、そのくらい呑み込んどけよ」
飛翔くんの言葉に何も言えなくなる。と、呆れたようにため息をついて、
「あのさ、紅葉祭じゃおまえが要なんだよ。保険くらいかけさせろ」
そう言いながらスマホを突っ返された。
うぅぅ……これは近々、唯兄や秋斗さんへ生徒会メンバーへのアプリインストールをお願いしなくてはいけない気がする。
でも、その際にはしっかりと口止めをしよう。
まずは秋斗さんと唯兄がツカサに情報を漏らさないように。そして飛翔くんや海斗くんがツカサに告げ口しないように。
そこだけは徹底しようと固く決意した。
「じゃ、今日はこれで解散」
桃華さんがそう言ったあと、私はテーブルに置かれた桜林館の鍵に手を伸ばした。すると、その手を払われ飛翔くんに鍵を奪われる。
「だーーーっ、俺がやっておくって言ってるだろっ!?」
「でもっ、遅れてきたのは私だしっ――」
「微熱のセンパイ酷使したとあったら司先輩に睨まれるじゃ済まねえんだよっ」
「察せよ、バカヤロー」のお言葉まで頂戴し、クスクスと笑った桃華さんに、
「やってくれるって言ってるんだから、お願いしちゃえば?」
「でも……」
「そんな時間のかかるものじゃないし、翠葉がやるより飛翔にやらせたほうが早く終わるわよ。じゃ、私、残りの冊子を職員室に届けたら帰るから」
そう言うと、ほかのメンバーも連れ立って出口へと向かって歩き始めてしまった。
私はそろそろと飛翔くんを見上げ、
「じゃ、お願いしてもいい?」
「さっきから引き受けてやるって何度言わせたら気が済むんだ」
じろりと見下ろされ、
「じゃ、お願いします」
私は丁寧にお辞儀をして飛翔くんにお願いをした。