光のもとでⅡ+
Side 翠葉 07話
リビングへ戻ると、
「そういえば、この手提げ袋何?」
ツカサはダイニングテーブルに置いたままになっていた手提げ袋を指差した。
「あっ、ケーキとオードブル! こんな時間だから、ツカサはもうお昼済んでるよね?」
「昼なら実家で食べてきたけど……」
「実は私、ご飯まだで、それを察した七倉さんが軽く摘めるものを用意してくれたの。一緒に食べない?」
「食べる……」
「じゃ、ケーキだけ冷蔵庫に入れさせてね」
私は一番下に入れられたケーキボックスを冷蔵庫へ入れに行くと、すぐにお茶の準備を始めた。
それに気づいたツカサがすぐにキッチンへやってきて、
「お茶、何飲むの?」
「オードブルはルイボスティーで食べようか?」
「了解」
ツカサは茶葉を下ろすと、オードブルの準備をすべくリビングへと戻っていった。
マグカップをを持ってリビングへ行くと、テーブルの上に少し大きめのプレートが置かれていて、彩り豊かなオードブルが白いプレートをきれいに飾っていた。
一口サイズにカットされたバケットに、少しずつ具材が載せられていて、どれもとてもおいしそうだ。
私は昼食の証拠写真を撮って唯兄に送信すると、どんな味がするのかとわくわくしたままに手を合わせた。
たいていのものはふたつずつあるものの、中にはひとつしかない種類もあって、ふたりで話し合い、どれを食べたいかなどを決めて食べていった。
その、ひとつしかないものを口にしたとき、バルサミコ酢を使ったソースがとてもおいしいバケットに当たる。
一口で食べられるサイズには作られているけれど、それを二口で食べていた私の手には、あと半分が残っていた。
「ツカサ、これ、すっごくおいしい! 鶏肉のソテーにバルサミコ酢のソースが利いているのだけど、食べてみない?」
たずねると、ツカサは私の手に顔を近づけ、私の手にある残りをパクリと口に含んだ。
自分が「あーん」としたわけではないのに、なんだかものすごく照れるし恥ずかしい……。
色んな意味でドキドキしながら、「どう?」とたずねると、口の中のものを飲み込んだツカサが、「おいしい」と一言口にした。
「今度七倉さんにレシピ訊いてみようか?」
「でもこれ、たぶんものすごくシンプルな料理で、バルサミコ酢がいいものなんだと思う」
「なるほど……。でも、バルサミコ酢だけじゃこんな柔らかい味にはならないよね?」
「バターが入ってるんじゃない?」
「バターか! じゃ、そのあたりも含めて七倉さんに訊いてみる!」
そんな話をしつつ、さっき借りた本が目に入り、それが少し気になる。すると、
「弓道の何がそんなに気になる?」
何が――
そんなの、「ツカサが」に決まっている。何を今さら……。
でも、わからないから訊いているのだろうし、これはどう答えたらいいものか――
正直に話すのは少し恥ずかしいけれど、恥ずかしくて話したくないほどではない。
私はツカサの方を向き、
「あのね、ツカサが弓道をしていなかったら、たぶん興味を持たなかったと思うの」
そう、きっかけはツカサ――
高校に入った年の五月、ツカサが弓を引く姿を見なければ、興味など持たなかった。
「あのね、ツカサの礼が好き。それから、射法八節の動作が何かの作法みたいで、一連の動作全部が好きなの。でも、ほかの人の射法八節を見てもなんとも思わなかったから、やっぱりツカサの所作が好きなのだと思う」
ツカサは少し驚いたように目を見開き、そのあとほんのりと顔を赤く染めた。その後悔しそうに俯いたので、ほんの少し話しの方向転換を試みる。
「弓道部、学期始めに『矢渡し』なんて儀式があるのね?」
ツカサは明らかに驚いていた。たぶん、「なんで知ってるの?」そんなところ。
「今朝、秋斗さんからメールが届いて、『射手を務めるからちょっと見に来ない?』って。そんなに時間はかからないって書いてあったから、桃華さんと紫苑ちゃんの了承を得て、少しだけ弓道場にお邪魔したの。そしたらすごい人でびっくりしちゃった。毎年秋斗さんが射手を務めているの? それって結構有名な話なのかな?」
「さあね」
「正装した秋斗さんが肌脱ぎしたら、その瞬間にギャラリーの女の子たちがキャーキャー騒ぎ始めてすごかったのよ?」
「ふーん……」
……これはちょっと振る話を間違えただろうか。でも、今日見た「矢渡し」の話はしておきたかったし、もうちょっとこの話をさせてほしい。
「秋斗さんが弓を引くところは初めて見たのだけど、所作がツカサとそっくりなのね? 秋斗さんにも同じことを言ったら、ツカサはずっと自分の射を見て育ったし、同じ指導者に稽古してもらってたからだろう、って」
「それはあるかもね」
うーん……やっぱり秋斗さんのお話はNGかな。
そんな露骨にいやそうな顔をしなくても、私が好きなのはツカサなのだけど……。
それとも、秋斗さんが私を想っているうちはNG……そういうことなのかな? それとも、そういう問題ではなく「秋斗さん」自体がNGなのかな……。
本当は、弓道場を出たあとの話もしたかったのだけど、お誕生日の日にこれ以上機嫌悪くさせるのも申し訳ないから、悩んだ末、私は強引に話を戻すことにした。
「私、ツカサの射法八節を見るのが好きなのだけど、とくにね、引き分け、会、離れの流れは息を止めて見入っちゃうほど好き! 弓を放つときの音も、最後の残心も、余韻があっていいよね? 矢を放ったときに揺れるツカサの髪の毛も好き。 それから、弓を大切に扱うところとか。道具を大切に扱うものは、楽器でも弓道でもなんでも好きなのかもしれない」
そこまで話すと、ハムとチーズときゅうりが載せられたバケットを手にとり一口で食べることに挑戦した。
食べられなくはないけれど、口の中にものがいっぱいで咀嚼するのが非常に困難。
やっぱり二口で食べるのが正解だな、と思いながら、やっとの思いで飲み下す。と、トン――肩に衝撃があり、気づいたときにはラグの上に押し倒され口付けられていた。
唇を放され、
「どうしたの?」
頭の中にはクエスチョンマークしか浮かばない。
「そんなに好き好き連呼されたら押し倒したくもなるだろ」
そんなものだろうか……。
疑問に思いつつ、
「えぇと……ごめんなさい?」
「別に謝る必要はないけど……」
ふむ……。
「ご飯、食べてもいい?」
なんとなしにたずねると、ツカサは腕を掴んで引き起こしてくれた。
次なるオードブルに手を伸ばす前にお茶を一口飲むと、
「正直に言ってほしいんだけど……」
「ん?」
「やっぱり、あの香水は好きじゃなかった?」
「っ……違うよっ!? 好き、好きなんだけど――」
「けど?」
「やっぱり私には少し大人っぽい香りに思えて……。だから、あの香りが似合う歳になるまで待ってもらえる? あの香りが似合うような女性になるから、だからそれまで……」
「それって何歳くらいを指してるの?」
「大人」というと二十歳かな、と思うけど、私も今年の六月で十九歳になる。でも、その翌年に大人になれているかと問われれば、それはなんとなく違う気がする。十八、十九と言った年の私から見る大人は少なく見積もってもあと五年、六年は先のことだ。とすると――
「二十代半ば……二十五歳くらい、かな? ……だめ?」
ツカサを見ると、ツカサはひとつ頷いた。
「じゃ、翠の二十五の誕生日につけてもらえるのを楽しみにしてる」
「うんっ!」
すごく嬉しかった。
婚約したのだから、結婚するのは当然のことなのだけど、六年後も一緒にいてくれると言われた気がして、とても嬉しかった。
二十五歳の私――
そのとき何をしているのかも想像できなければ、どんな人間に成長しているのかも想像はできない。
でもできるなら、ツカサの隣に並ぶに相応しい人間になっていたい――
「そういえば、この手提げ袋何?」
ツカサはダイニングテーブルに置いたままになっていた手提げ袋を指差した。
「あっ、ケーキとオードブル! こんな時間だから、ツカサはもうお昼済んでるよね?」
「昼なら実家で食べてきたけど……」
「実は私、ご飯まだで、それを察した七倉さんが軽く摘めるものを用意してくれたの。一緒に食べない?」
「食べる……」
「じゃ、ケーキだけ冷蔵庫に入れさせてね」
私は一番下に入れられたケーキボックスを冷蔵庫へ入れに行くと、すぐにお茶の準備を始めた。
それに気づいたツカサがすぐにキッチンへやってきて、
「お茶、何飲むの?」
「オードブルはルイボスティーで食べようか?」
「了解」
ツカサは茶葉を下ろすと、オードブルの準備をすべくリビングへと戻っていった。
マグカップをを持ってリビングへ行くと、テーブルの上に少し大きめのプレートが置かれていて、彩り豊かなオードブルが白いプレートをきれいに飾っていた。
一口サイズにカットされたバケットに、少しずつ具材が載せられていて、どれもとてもおいしそうだ。
私は昼食の証拠写真を撮って唯兄に送信すると、どんな味がするのかとわくわくしたままに手を合わせた。
たいていのものはふたつずつあるものの、中にはひとつしかない種類もあって、ふたりで話し合い、どれを食べたいかなどを決めて食べていった。
その、ひとつしかないものを口にしたとき、バルサミコ酢を使ったソースがとてもおいしいバケットに当たる。
一口で食べられるサイズには作られているけれど、それを二口で食べていた私の手には、あと半分が残っていた。
「ツカサ、これ、すっごくおいしい! 鶏肉のソテーにバルサミコ酢のソースが利いているのだけど、食べてみない?」
たずねると、ツカサは私の手に顔を近づけ、私の手にある残りをパクリと口に含んだ。
自分が「あーん」としたわけではないのに、なんだかものすごく照れるし恥ずかしい……。
色んな意味でドキドキしながら、「どう?」とたずねると、口の中のものを飲み込んだツカサが、「おいしい」と一言口にした。
「今度七倉さんにレシピ訊いてみようか?」
「でもこれ、たぶんものすごくシンプルな料理で、バルサミコ酢がいいものなんだと思う」
「なるほど……。でも、バルサミコ酢だけじゃこんな柔らかい味にはならないよね?」
「バターが入ってるんじゃない?」
「バターか! じゃ、そのあたりも含めて七倉さんに訊いてみる!」
そんな話をしつつ、さっき借りた本が目に入り、それが少し気になる。すると、
「弓道の何がそんなに気になる?」
何が――
そんなの、「ツカサが」に決まっている。何を今さら……。
でも、わからないから訊いているのだろうし、これはどう答えたらいいものか――
正直に話すのは少し恥ずかしいけれど、恥ずかしくて話したくないほどではない。
私はツカサの方を向き、
「あのね、ツカサが弓道をしていなかったら、たぶん興味を持たなかったと思うの」
そう、きっかけはツカサ――
高校に入った年の五月、ツカサが弓を引く姿を見なければ、興味など持たなかった。
「あのね、ツカサの礼が好き。それから、射法八節の動作が何かの作法みたいで、一連の動作全部が好きなの。でも、ほかの人の射法八節を見てもなんとも思わなかったから、やっぱりツカサの所作が好きなのだと思う」
ツカサは少し驚いたように目を見開き、そのあとほんのりと顔を赤く染めた。その後悔しそうに俯いたので、ほんの少し話しの方向転換を試みる。
「弓道部、学期始めに『矢渡し』なんて儀式があるのね?」
ツカサは明らかに驚いていた。たぶん、「なんで知ってるの?」そんなところ。
「今朝、秋斗さんからメールが届いて、『射手を務めるからちょっと見に来ない?』って。そんなに時間はかからないって書いてあったから、桃華さんと紫苑ちゃんの了承を得て、少しだけ弓道場にお邪魔したの。そしたらすごい人でびっくりしちゃった。毎年秋斗さんが射手を務めているの? それって結構有名な話なのかな?」
「さあね」
「正装した秋斗さんが肌脱ぎしたら、その瞬間にギャラリーの女の子たちがキャーキャー騒ぎ始めてすごかったのよ?」
「ふーん……」
……これはちょっと振る話を間違えただろうか。でも、今日見た「矢渡し」の話はしておきたかったし、もうちょっとこの話をさせてほしい。
「秋斗さんが弓を引くところは初めて見たのだけど、所作がツカサとそっくりなのね? 秋斗さんにも同じことを言ったら、ツカサはずっと自分の射を見て育ったし、同じ指導者に稽古してもらってたからだろう、って」
「それはあるかもね」
うーん……やっぱり秋斗さんのお話はNGかな。
そんな露骨にいやそうな顔をしなくても、私が好きなのはツカサなのだけど……。
それとも、秋斗さんが私を想っているうちはNG……そういうことなのかな? それとも、そういう問題ではなく「秋斗さん」自体がNGなのかな……。
本当は、弓道場を出たあとの話もしたかったのだけど、お誕生日の日にこれ以上機嫌悪くさせるのも申し訳ないから、悩んだ末、私は強引に話を戻すことにした。
「私、ツカサの射法八節を見るのが好きなのだけど、とくにね、引き分け、会、離れの流れは息を止めて見入っちゃうほど好き! 弓を放つときの音も、最後の残心も、余韻があっていいよね? 矢を放ったときに揺れるツカサの髪の毛も好き。 それから、弓を大切に扱うところとか。道具を大切に扱うものは、楽器でも弓道でもなんでも好きなのかもしれない」
そこまで話すと、ハムとチーズときゅうりが載せられたバケットを手にとり一口で食べることに挑戦した。
食べられなくはないけれど、口の中にものがいっぱいで咀嚼するのが非常に困難。
やっぱり二口で食べるのが正解だな、と思いながら、やっとの思いで飲み下す。と、トン――肩に衝撃があり、気づいたときにはラグの上に押し倒され口付けられていた。
唇を放され、
「どうしたの?」
頭の中にはクエスチョンマークしか浮かばない。
「そんなに好き好き連呼されたら押し倒したくもなるだろ」
そんなものだろうか……。
疑問に思いつつ、
「えぇと……ごめんなさい?」
「別に謝る必要はないけど……」
ふむ……。
「ご飯、食べてもいい?」
なんとなしにたずねると、ツカサは腕を掴んで引き起こしてくれた。
次なるオードブルに手を伸ばす前にお茶を一口飲むと、
「正直に言ってほしいんだけど……」
「ん?」
「やっぱり、あの香水は好きじゃなかった?」
「っ……違うよっ!? 好き、好きなんだけど――」
「けど?」
「やっぱり私には少し大人っぽい香りに思えて……。だから、あの香りが似合う歳になるまで待ってもらえる? あの香りが似合うような女性になるから、だからそれまで……」
「それって何歳くらいを指してるの?」
「大人」というと二十歳かな、と思うけど、私も今年の六月で十九歳になる。でも、その翌年に大人になれているかと問われれば、それはなんとなく違う気がする。十八、十九と言った年の私から見る大人は少なく見積もってもあと五年、六年は先のことだ。とすると――
「二十代半ば……二十五歳くらい、かな? ……だめ?」
ツカサを見ると、ツカサはひとつ頷いた。
「じゃ、翠の二十五の誕生日につけてもらえるのを楽しみにしてる」
「うんっ!」
すごく嬉しかった。
婚約したのだから、結婚するのは当然のことなのだけど、六年後も一緒にいてくれると言われた気がして、とても嬉しかった。
二十五歳の私――
そのとき何をしているのかも想像できなければ、どんな人間に成長しているのかも想像はできない。
でもできるなら、ツカサの隣に並ぶに相応しい人間になっていたい――