光のもとでⅡ+
Side 翠葉 03話
バスを降りると、昼食に何を食べたいかを訊かれた。
もしかしたらあらかじめいくつかの店舗を下調べしてきてくれたのかもしれない。そうは思ったけれど、思い切って新たな提案を試みる。
「あのね、駅ビルっ!」
「……駅ビルが何?」
「駅ビルの最上階がレストラン街なの!」
「……普通そういうものだと思うけど」
「だからね、レストラン街を回って決めない?」
桃華さんとお買い物に来たとき、そうやってランチを食べる場所を決めたのだ。それがちょっと楽しくて、ツカサならどんなものを選ぶだろうと考えたらそれだけでも楽しくて、そんな提案をしてみたわけだけど、当のツカサは怪訝な顔をしている。
「駅ビルのレストラン街って、おいしいの?」
「えぇと……前に桃華さんと入ったパスタ屋さんはおいしかったよ? ほかは入ったことがないからわからない」
それでは納得してくれないだろうか……。
少し不安に思ってツカサの反応を待っていると、
「……翠がそれでいいなら……」
「それがいいっ!」
私はツカサの手を引いて駅ビルへと向かった。
レストラン街には実に様々な飲食店が揃っている。定食屋であったり、蕎麦うどん屋。パスタ店におしゃれなカフェ。お好み焼きさんにステーキ専門店、ハンバーグ専門店、ハンバーガー専門店なんてものもある。そして、オーガニックを売りにしたお店も。
フロアを一周して、
「ツカサは何が食べたい?」
「俺はなんでも食べられるけど、翠は違うだろ? 翠が決めていい」
もう、わかってないなぁ……。
「一緒に決めたいのっ!」
「そうは言っても……。……じゃあ、オーガニック専門の――」
「そうじゃなくてっ!」
どう話したら意図を汲んでもらえるのか……。
「じゃ、翠は何が食べたいと思ったわけ?」
反撃に転じたツカサは、「さあ答えてみろ」とでも言うかのように私を見下ろしている。まるで仁王様に睨まれている気分だ。
「うーんとねぇ、最近はカフェラウンジでパスタばかり食べてたから麺類はパスかな。でも、お昼からお肉って感じでもないし……」
「やっぱりオーガニック専――」
「お好み焼きは?」
ツカサの言葉を遮って提案すると、
「お好み焼き?」
ツカサは首を傾げた。
その要領を得ない、という表情に、
「まさか、お好み焼きを食べたことがないとか、言う……?」
それもあり得るんじゃないかと思って恐る恐るたずねると、
「……ないわけじゃないけど……」
「けど……?」
「家で食べたことはない……」
家で食べたことはないけど、食べたことはあるというのはどういう状況だろう……。
「神社の祭りの屋台で秋兄に買ってもらったことがあるだけ……」
あぁ、夜店!
「ねっ、じゃあお好み焼きにしよう?」
「いいけど……」
ツカサはどこか不安そうだった。
「大丈夫! 私、お好み焼きは作るのも食べるのも大好きだから!」
そう言ってツカサの腕を引っ張って歩くと、ものすごく怪訝な顔でたずねられる。
「作るって? 店なんだから、できたものが出てくるんじゃないの?」
お好み焼きを自宅で食べたことがなかったり、夜店でしか食べたことがないなら、この質問にも頷けるというもの。
「お好み焼き屋さんはたいてい自分で焼くのよ。テーブルの中央に鉄板があって、ボウルに具を入れたものが運ばれてくるの。頼めば焼いてくれるけれど、自分で焼くこともできるの」
「へぇ……」
店内に入ると、ツカサは珍しくもきょろきょろと店内を見渡す。そして、席に案内されると、興味深そうにメニューを眺めていた。
「具は何が好き?」
「何が好きって訊かれても、俺が食べたことのあるのって屋台で売ってたものだけだし……」
「あ、そっか……屋台で売ってるのはたいていが豚玉かな? ちなみに、広島風? 関西風?」
「は……? お好み焼きに何風ってあるの?」
博識なツカサに知らないことがあることがとっても新鮮で、私は知ってることを全部話すべく、いつになく饒舌になっていた。
「広島風は焼き蕎麦が入ってるの。焼き蕎麦が入ってないのが関西風」
「じゃ、俺が食べたことあるのは関西風だ」
「どっちが食べたい?」
「翠はどっちが好きなの?」
「どっちも好きだけど……広島風はボリュームがあって食べきれないから、関西風のほうが好きかも?」
「じゃ、関西風で」
「具はどうする? 豚玉はシンプルにキャベツに豚肉が入ってるの。ほかにはシーフードとか、チーズをトッピングで入れることもできるし――」
メニューを指差しあれこれレクチャーしていると、
「翠は何が好きなの?」
「私? 私はー……おうちで作るのはね、シーフードと豚肉をミックスさせたものなの。それが一番好きなんだけど……」
「なら、これにすれば? 豚玉にシーフードをトッピング」
すぐにメニューの見方を把握したツカサに提案され、さすがだな、と思った。
「じゃ、それにする。ツカサは?」
「……同じので」
「じゃ、オーダーしよう!」
お店の人を呼んでオーダーすると、五分と経たないうちにボウルが運ばれてきた。そして、自分たちで焼くか店員が焼くかの選択をさせられる。
自分でやっちゃおうかな、とも思ったのだけど、ツカサが初めてということもあり、お店の人にお願いすることにした。
「翠も焼けるんじゃないの?」
「うん。おうちでは焼くよ? でも、今日はツカサが初めてだから」
「ふーん……」
生返事っぽいそれに、
「え、もしかして疑ってる? ちゃんと作れるよ?」
「……なら、誕生日の夕飯、お好み焼きで」
「……誕生日なのにお好み焼きでいいの? お好み焼きって見てわかると思うけど、全然手の込んだ料理じゃないよ?」
「……問題ないし」
「じゃ、ツカサの誕生日明後日だし、今日食材も買って帰っちゃおうか?」
ツカサはコクリと頷いた。
その話を聞いていたであろう男性店員さんがお好み焼きを焼きながら、
「お客さんたち仲いいね。彼氏彼女? なんか見てて微笑ましいわ~」
と会話に混ざってきた。
とってもフレンドリーな感じだけど、ツカサは馴れ馴れしいと思ったようで、お兄さんへの返答はおろか、窓の外へ視線を逸らし、会話からとっとと離脱してしまった。
「あ、俺、なんか機嫌損ねちゃったっ感じ? ごめんね?」
お兄さんに謝られて苦笑する。
ほかのテーブルを見てみても、店員さんとお客さんが話している姿が目につく。そこからすると、店員さんのこういったフレンドリーな対応は、このお店の売りのひとつなのかもしれない。
手際よくお好み焼きを焼いてくれるお兄さんがちょっといたたまれなくて、
「少し人見知りなだけなので、おかまいなく」
そう言って笑みを添えると、
「かしこまり! お好み焼き焼くことに専念しまっす! おいしく焼くからもうちょっと待っててね」
「はい!」
お好み焼きが焼きあがり、お兄さんがいなくなると、
「こういう店ってああいう対応が普通なの?」
それはちょっとわかりかねる。
「私もあまりこういうところへは来ないから、ほかがどうかはわからないけれど、このお店では仲良くお話しするのが普通みたいね? ほかのテーブルのお客様も店員さんと話しているし……」
「ふーん……」
もしかしたら、ツカサにとってはこういうことすべてが初めてなのかもしれなくて、その「初めて」に立ち会えることに喜びを感じていた。
好奇心をくすぐられた私は、
「ツカサってファストフード店とか入ったことある?」
「……ない。でも別に、進んで食べるようなものじゃないだろ? ジャンクフードだし」
とてもツカサらしい言い分だ。
「でも、ハンバーガーショップのフライドポテト、たまに食べるとものすごくおいしいよ?」
「……フライドポテトなら家でも作れるし」
「……あとで帰りに寄ってみない? お買い物が終わったら」
「使いまわした油で揚げられたポテトなんて食べていいの? 相馬さんに怒られるんじゃない?」
相馬先生を持ち出されるととても痛い……。
でも、
「相馬先生には内緒にしてもらえないかな……?」
無理に笑みを作ってお願いをすると、
「別にかまわないけど、食べたあと胃の調子が悪くなったらどうするの?」
「うーん……今日は胃の調子が悪いわけじゃないし、疲れているわけでもないから、食べても大丈夫だと思うの」
「……なら、食材を買う前に行こう」
「うんっ!」
その後私たちは、焼きたてのお好み焼きをおいしくペロリと平らげた。そして会計のとき、レジに立ったお兄さんがお好み焼きを焼いてくれた人と同じで、ツカサはものすごく気まずそうではあったけれど、「おいしかったです。ごちそうさま」と言って店を出た。
その場に取り残された私は、
「彼氏ツンデレ?」
お兄さんにたずねられて思わず吹き出してしまう。
「今度来たときは無駄口叩かないようにするからさ、また来てね!」
そう言うと、お兄さんは割引券を二枚くれた。
「はい、また来ます! おいしかったです、ごちそうさまでした」
もしかしたらあらかじめいくつかの店舗を下調べしてきてくれたのかもしれない。そうは思ったけれど、思い切って新たな提案を試みる。
「あのね、駅ビルっ!」
「……駅ビルが何?」
「駅ビルの最上階がレストラン街なの!」
「……普通そういうものだと思うけど」
「だからね、レストラン街を回って決めない?」
桃華さんとお買い物に来たとき、そうやってランチを食べる場所を決めたのだ。それがちょっと楽しくて、ツカサならどんなものを選ぶだろうと考えたらそれだけでも楽しくて、そんな提案をしてみたわけだけど、当のツカサは怪訝な顔をしている。
「駅ビルのレストラン街って、おいしいの?」
「えぇと……前に桃華さんと入ったパスタ屋さんはおいしかったよ? ほかは入ったことがないからわからない」
それでは納得してくれないだろうか……。
少し不安に思ってツカサの反応を待っていると、
「……翠がそれでいいなら……」
「それがいいっ!」
私はツカサの手を引いて駅ビルへと向かった。
レストラン街には実に様々な飲食店が揃っている。定食屋であったり、蕎麦うどん屋。パスタ店におしゃれなカフェ。お好み焼きさんにステーキ専門店、ハンバーグ専門店、ハンバーガー専門店なんてものもある。そして、オーガニックを売りにしたお店も。
フロアを一周して、
「ツカサは何が食べたい?」
「俺はなんでも食べられるけど、翠は違うだろ? 翠が決めていい」
もう、わかってないなぁ……。
「一緒に決めたいのっ!」
「そうは言っても……。……じゃあ、オーガニック専門の――」
「そうじゃなくてっ!」
どう話したら意図を汲んでもらえるのか……。
「じゃ、翠は何が食べたいと思ったわけ?」
反撃に転じたツカサは、「さあ答えてみろ」とでも言うかのように私を見下ろしている。まるで仁王様に睨まれている気分だ。
「うーんとねぇ、最近はカフェラウンジでパスタばかり食べてたから麺類はパスかな。でも、お昼からお肉って感じでもないし……」
「やっぱりオーガニック専――」
「お好み焼きは?」
ツカサの言葉を遮って提案すると、
「お好み焼き?」
ツカサは首を傾げた。
その要領を得ない、という表情に、
「まさか、お好み焼きを食べたことがないとか、言う……?」
それもあり得るんじゃないかと思って恐る恐るたずねると、
「……ないわけじゃないけど……」
「けど……?」
「家で食べたことはない……」
家で食べたことはないけど、食べたことはあるというのはどういう状況だろう……。
「神社の祭りの屋台で秋兄に買ってもらったことがあるだけ……」
あぁ、夜店!
「ねっ、じゃあお好み焼きにしよう?」
「いいけど……」
ツカサはどこか不安そうだった。
「大丈夫! 私、お好み焼きは作るのも食べるのも大好きだから!」
そう言ってツカサの腕を引っ張って歩くと、ものすごく怪訝な顔でたずねられる。
「作るって? 店なんだから、できたものが出てくるんじゃないの?」
お好み焼きを自宅で食べたことがなかったり、夜店でしか食べたことがないなら、この質問にも頷けるというもの。
「お好み焼き屋さんはたいてい自分で焼くのよ。テーブルの中央に鉄板があって、ボウルに具を入れたものが運ばれてくるの。頼めば焼いてくれるけれど、自分で焼くこともできるの」
「へぇ……」
店内に入ると、ツカサは珍しくもきょろきょろと店内を見渡す。そして、席に案内されると、興味深そうにメニューを眺めていた。
「具は何が好き?」
「何が好きって訊かれても、俺が食べたことのあるのって屋台で売ってたものだけだし……」
「あ、そっか……屋台で売ってるのはたいていが豚玉かな? ちなみに、広島風? 関西風?」
「は……? お好み焼きに何風ってあるの?」
博識なツカサに知らないことがあることがとっても新鮮で、私は知ってることを全部話すべく、いつになく饒舌になっていた。
「広島風は焼き蕎麦が入ってるの。焼き蕎麦が入ってないのが関西風」
「じゃ、俺が食べたことあるのは関西風だ」
「どっちが食べたい?」
「翠はどっちが好きなの?」
「どっちも好きだけど……広島風はボリュームがあって食べきれないから、関西風のほうが好きかも?」
「じゃ、関西風で」
「具はどうする? 豚玉はシンプルにキャベツに豚肉が入ってるの。ほかにはシーフードとか、チーズをトッピングで入れることもできるし――」
メニューを指差しあれこれレクチャーしていると、
「翠は何が好きなの?」
「私? 私はー……おうちで作るのはね、シーフードと豚肉をミックスさせたものなの。それが一番好きなんだけど……」
「なら、これにすれば? 豚玉にシーフードをトッピング」
すぐにメニューの見方を把握したツカサに提案され、さすがだな、と思った。
「じゃ、それにする。ツカサは?」
「……同じので」
「じゃ、オーダーしよう!」
お店の人を呼んでオーダーすると、五分と経たないうちにボウルが運ばれてきた。そして、自分たちで焼くか店員が焼くかの選択をさせられる。
自分でやっちゃおうかな、とも思ったのだけど、ツカサが初めてということもあり、お店の人にお願いすることにした。
「翠も焼けるんじゃないの?」
「うん。おうちでは焼くよ? でも、今日はツカサが初めてだから」
「ふーん……」
生返事っぽいそれに、
「え、もしかして疑ってる? ちゃんと作れるよ?」
「……なら、誕生日の夕飯、お好み焼きで」
「……誕生日なのにお好み焼きでいいの? お好み焼きって見てわかると思うけど、全然手の込んだ料理じゃないよ?」
「……問題ないし」
「じゃ、ツカサの誕生日明後日だし、今日食材も買って帰っちゃおうか?」
ツカサはコクリと頷いた。
その話を聞いていたであろう男性店員さんがお好み焼きを焼きながら、
「お客さんたち仲いいね。彼氏彼女? なんか見てて微笑ましいわ~」
と会話に混ざってきた。
とってもフレンドリーな感じだけど、ツカサは馴れ馴れしいと思ったようで、お兄さんへの返答はおろか、窓の外へ視線を逸らし、会話からとっとと離脱してしまった。
「あ、俺、なんか機嫌損ねちゃったっ感じ? ごめんね?」
お兄さんに謝られて苦笑する。
ほかのテーブルを見てみても、店員さんとお客さんが話している姿が目につく。そこからすると、店員さんのこういったフレンドリーな対応は、このお店の売りのひとつなのかもしれない。
手際よくお好み焼きを焼いてくれるお兄さんがちょっといたたまれなくて、
「少し人見知りなだけなので、おかまいなく」
そう言って笑みを添えると、
「かしこまり! お好み焼き焼くことに専念しまっす! おいしく焼くからもうちょっと待っててね」
「はい!」
お好み焼きが焼きあがり、お兄さんがいなくなると、
「こういう店ってああいう対応が普通なの?」
それはちょっとわかりかねる。
「私もあまりこういうところへは来ないから、ほかがどうかはわからないけれど、このお店では仲良くお話しするのが普通みたいね? ほかのテーブルのお客様も店員さんと話しているし……」
「ふーん……」
もしかしたら、ツカサにとってはこういうことすべてが初めてなのかもしれなくて、その「初めて」に立ち会えることに喜びを感じていた。
好奇心をくすぐられた私は、
「ツカサってファストフード店とか入ったことある?」
「……ない。でも別に、進んで食べるようなものじゃないだろ? ジャンクフードだし」
とてもツカサらしい言い分だ。
「でも、ハンバーガーショップのフライドポテト、たまに食べるとものすごくおいしいよ?」
「……フライドポテトなら家でも作れるし」
「……あとで帰りに寄ってみない? お買い物が終わったら」
「使いまわした油で揚げられたポテトなんて食べていいの? 相馬さんに怒られるんじゃない?」
相馬先生を持ち出されるととても痛い……。
でも、
「相馬先生には内緒にしてもらえないかな……?」
無理に笑みを作ってお願いをすると、
「別にかまわないけど、食べたあと胃の調子が悪くなったらどうするの?」
「うーん……今日は胃の調子が悪いわけじゃないし、疲れているわけでもないから、食べても大丈夫だと思うの」
「……なら、食材を買う前に行こう」
「うんっ!」
その後私たちは、焼きたてのお好み焼きをおいしくペロリと平らげた。そして会計のとき、レジに立ったお兄さんがお好み焼きを焼いてくれた人と同じで、ツカサはものすごく気まずそうではあったけれど、「おいしかったです。ごちそうさま」と言って店を出た。
その場に取り残された私は、
「彼氏ツンデレ?」
お兄さんにたずねられて思わず吹き出してしまう。
「今度来たときは無駄口叩かないようにするからさ、また来てね!」
そう言うと、お兄さんは割引券を二枚くれた。
「はい、また来ます! おいしかったです、ごちそうさまでした」