光のもとでⅡ+

傷心上司の取り扱い Side 唯 01話

 くっそ忙しいっっっ!
 秋斗さんひとり抜けただけでこれかよっっっ。
 ま、通常業務に加えて新人くんの面倒も見てるんだから、忙しくて当たり前ったら当たり前なんだけどっっっ!
 そんなところに仕事ができる色男が帰ってきたかと思えば、えっらい辛気臭い雰囲気を漂わせている。
 ちょっとたんまっ! 今この場にそんな辛気臭いあれこれ持ち込まないでっ!
 そう思ったのは俺だけじゃないと思う。
 社長である蔵元さんですら、お祓いに塩を撒きだしそうな顔で秋斗さんを見ていた。
 リィに格好いい姿見せてウキウキハッピーで帰ってきて、午後はいつも以上にサクサク仕事を片付けてくれる――そう思っていた俺たちの期待を裏切る帰宅なんだけど。
 ちょっとちょっと何があったのよ……。
 今日は高校で矢渡しとかってやつの射手を頼まれてて、それをリィに見てもらうって昨日から散々ご機嫌だったじゃないっすか。何がどうしたらこんなローテンションで帰ってくんのよ。
 こんなときはとっとと話を聞きだして、吐きたいものを吐かせて前を向かせるに限る。
「しゃちょー、ちょっとアレの始末してきますわ。休憩もらってもいーっすかね?」
「許可する。なるべく早く使い物になる状態にして戻してくれ。そうだな……制限時間は十分――長くても十五分以内だ」
「らじゃっ!」
 俺は秋斗さんのもとへ行くと、
「ほらほら、優しい唯さんがお話聞いたげるから、ちょっと別室行きますよっ!」
 俺は項垂れた秋斗さんの後ろ襟を掴んでズカズカ歩きだした。
 仮眠室として使われている部屋へ秋斗さんをぶち込みベッドへ座らせると、
「で? 学校で何がありました? こっちはリィに会えてウキウキハッピーで午後の仕事さくっと片付ける怪物になって帰宅してもらえるものと思って半休の許可出してんですけどっ?」
「いやぁさぁ~……翠葉ちゃんと司が一線越えてたって唯知ってた?」
 情報が脳に到達してフリーズした。でもそれは一瞬のこと。
「あー……あの日かな」
 思い当たる日は数日前。
 いつも司っちの家から帰宅するのは夕方だったリィだけど、あの日は九時ぎりぎりで、しかも帰宅するなりリビングに顔も出さずにバスルームに直行したのだ。
 いつもなら、リビングでお茶を飲みながら、その日にあったことを少し話してからお風呂に入るのに。
 でも、この日は時間も時間だったからかな、と思っていた。
「たぶん、四月三日。あの日だけ帰り遅かったし、帰ってくるなりバスルーム直行だったし……」
「そっか~……ああああああ……」
「っつか、そこ司っち褒めるとこじゃないっ!? リィと付き合いだして一年だよっ!? あんだけかわいくて、あんだけ自分のことを好きな無防備極まりないリィを側において、一年も我慢したんだよっ!?」
「いや、そうなんだけどさああああ……」
 ま、気持ちはわからなくもないけれど。
 普通に考えて、好きな女のハジメテを従弟に掻っ攫われたかと思えばショックだよな。
 でも、ふたりは両思いなわけで、付き合ってるわけで、婚約だってしちゃったわけで。
 この人、この状況をひっくり返せるだけの何かが自分にあると思ってんのかな?
 ま、一傍観者としては、思いもしないようなどんでん返しがあったほうが楽しめる都合上、煽ったりもしちゃうわけだけどさ。
「しかしまた、なんでそんなことを知る羽目に? リィ、そういうこと自分から話す子じゃないっしょ?」
「矢渡しのときにさ、肌脱ぎするんだよね」
「は? 肌脱ぎってなんすか?」
「着物着て左肩出すやつ」
「あ~……遠山の金さん的な?」
「それそれ」
「で?」
「その俺を見て、秋斗さんも司も、普段洋服を着てるときは細く見えるのに、実際はそんなことないんだなって――」
 あぁ……ボロを出したのはリィだったか。もう、うっかりさんなんだからまったく……。
「言われた瞬間に心臓止まるかと思ったんだけど、その場はうまくからかえて――」
「って、からかったんかいっ!」
「えー……だってー……さらっと流すのはなんか悔しくってさぁ……」
 ま、それもわからないでもない。
「適当に顔真っ赤とかチクチク突っついてたら、セクハラで訴えますよ、言われたし」
「訴えられてしまえ……」
「唯、ひどい……俺傷心なのに……」
「そんなん、いつかはこんな日が来ることくらい想像できてたでしょ? そのくらいイメトレで乗り切ってくださいよ」
「そんなイメトレしたくないってばっっっ!」
「気持ちはわかりますけどね……。でも、そっかー……そっかそっかそっか……。一歩前に進めたんだ」
 俺はちょっとほっとした。
 秋斗さんと付き合ってた(と言っていいのかは微妙な期間だったわけだけど)とき、あれほどまで性行為に恐怖心を抱いていたリィが、ようやく一歩踏み出せたのかと思えば、微笑ましい気持ちにすらなる。
「一年か……司っち、相当待たされた口だな。っていうか、一年かけてリィを口説き落とした、が正解なのかな? しかも、しっかり婚約してから手ぇ出してるところがなんとも手堅い……」
 敵ながらに実に天晴れだ。
「司はどうやって翠葉ちゃんを口説き落としたんだろう? あんなに怖がっていた子にどんな話をしたら、どんなふうに接したら許してもらえるのかな。俺には全然わからなかった」
「そこが司っちなんじゃないですか? 司っち、リィのことに関しては血の滲むような努力を惜しまないじゃないですか。その辺は俺、司っちのこと買ってんですよね」
「俺が努力を惜しんだとでも……?」
「事実、そうでしょう? 努力惜しんで力技で進もうとしたでしょ?」
 秋斗さんは無言で俯いた。
 やば、傷抉って塩塗りこんだ感じ?
 これ、どうしたら仕事できる状態にまでリカバリできんだろ?
「……唯の言うとおりだ。俺は力技で奪おうとして失敗して、司は努力を惜しまず翠葉ちゃんと向き合い続けたんだろうな……。そういうとこ、本当適わないよ。なのに、あいつは俺に頼られてないとか、いつになったら頼ってくれるんだとか思ってて」
「何その面白そうな話」
「……司にこれ以上嫌われるのはいやだから秘密」
「ちょっ! めっちゃ気になるじゃんっっっ」
「あーっ! 吐き出したらちょっと楽んなったわ。ありがと」
 そう言うと、傷心とか言い腐った男は妙にすっきりした顔で、俺を置き去りにして仮眠室を出て行った。
「っつか、これ以上嫌われるとか全然心配する必要ないじゃんか。頼ってほしいって思われてるって相当だと思いますけどっ!?」
 俺は誰にも届かない言葉をドアに向かって吐露してから作業部屋へ戻ることにした。
 時計を見ればきっかり十分――さすが俺っ!
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