光のもとでⅡ+
藤宮高校の入学式準備に難しいことは何もない。
華道部の部長でもある簾条先輩はひとり壇上で花をいけているわけだが、ほかの面子はというと、男子は全員椅子出し作業。残る紫苑は、あの女と一緒にやるはずだった冊子作りをひとりでやっている。
「こっち早く終わらせて、紫苑手伝ってやんないとな!」
千里の言葉に頷きつつ、俺たちは黙々とパイプ椅子をセッティングし続けた。
椅子出しがあと少しで終わる――そんなタイミングであの女は現れた。
紫苑にしきりに頭を下げては一緒になってテーブルの周りを回って冊子を完成させていく。
椅子並べが終わった俺たちが冊子作りに加わると、すぐに簾条先輩も冊子作りに合流した。
七人で同じ場所を無言で回っていると、
「なんかさ、七人無言でぐるぐる回ってるとなんかの儀式みたいだな!」
そんな馬鹿げたコメントは千里のもの。それに乗じた竜が、
「じゃ、しりとりでもしながらやります?」
「「「やらねーよっ」」」
男子三人に一刀両断にされた竜はまるでダメージを受けておらず、
「えー? やってみたら意外と楽しいかもしれませんよ? ほら、動物縛りとか学校のもの縛りとか」
女子三人はそのやり取りを聞いて笑うのみ。
そうこうしている間に二五〇部の冊子すべてを作り終え、それぞれが三十部を持って椅子に置いて回ることになった。
その作業の途中、
「うわあああっっっ」
竜の声に目をやると、椅子に足を引っ掛けたらしい竜がバランスを崩して転ぶところだった。
竜が倒れると同時、大きな音と共にパイプイスが薙ぎ倒され列が乱れる。
「あんのバカっ――竜っ、そこきちんと直しておけよっ」
「わかってるってばー。翔の小姑っ!」
「誰が小姑だ……」
俺たちの間で会話を聞いていた御園生翠葉は、竜に怪我をしていないかをたずねながらもクスクスと笑っていた。
ものすごく不本意なわけだけど、俺はこの女の笑い声がツボだったりする。
「鈴を転がしたような声」いう形容があるが、そんな言葉が当てはまる人間などいるわけがないと思って十五年間生きてきた。けど、いた……。
この女の喋る声や笑い声は耳に心地よく響き、ずっと聞いていたい、などとうっかり思ってしまうほどだ。
しかしそれは、俺がこの女に惹かれているからとかそういうことではない。
鈴の音色のように澄んだ声は、万人受けするのだ。事実、男女関係なく三学年大半の生徒がこの女の声を「聞きたい」と言うのだから、断じて俺が特別な感情を抱いているとかそういうことではない。
その生徒大多数の要望を満たすべく、生徒会予算案の読み上げはこの女の仕事となっている。
さらには容姿まで整っているのだから、「天は二物を与えない」というアレは嘘だと思う。
まだこいつのことを認めていなかった時期ですら、容姿は整っているほうだと思っていた。
能力を認めた今、改めて観察してみても、褒め言葉しか出てこないところが若干腹立たしい。
全体的に華奢すぎるきらいはあるが、頭自体が小さいためか、身体が多少細くてもバランスが悪く見えないのだ。そこへきて抜けるように白い肌は目を瞠るものがある。
俺はこの肌にニキビができているところを未だ見たことがない。
そして、高等部一長いと噂される艶やかな髪。
色素が薄い人間とは、髪や目が茶色いものだと思っていたが、この女を見て考えを改めさせられた。
この女も色素が薄いという類ではあるのだろう。けれど、髪も目も茶色くはない。どちらかというなら、墨を水に溶いたような色をしている。
そのうえ頭脳明晰で性格もそう悪くないとか、「聖人かよ」と悪態をつきたくなるほどだ。
自分が尊敬する司先輩であっても、容姿端麗、頭脳明晰、冷静沈着、品行方正、文武両道どまりで、性格には多少の難があるというのに。
……まあ、そういうところも含めて格好いいんだけど……。
俺の近くで冊子を配っている女を観察しているうちに冊子を配り終え、生徒会メンバーが一所に集まった。
言うなら今だな……。
そう思った俺は御園生翠葉に向き直った。
華道部の部長でもある簾条先輩はひとり壇上で花をいけているわけだが、ほかの面子はというと、男子は全員椅子出し作業。残る紫苑は、あの女と一緒にやるはずだった冊子作りをひとりでやっている。
「こっち早く終わらせて、紫苑手伝ってやんないとな!」
千里の言葉に頷きつつ、俺たちは黙々とパイプ椅子をセッティングし続けた。
椅子出しがあと少しで終わる――そんなタイミングであの女は現れた。
紫苑にしきりに頭を下げては一緒になってテーブルの周りを回って冊子を完成させていく。
椅子並べが終わった俺たちが冊子作りに加わると、すぐに簾条先輩も冊子作りに合流した。
七人で同じ場所を無言で回っていると、
「なんかさ、七人無言でぐるぐる回ってるとなんかの儀式みたいだな!」
そんな馬鹿げたコメントは千里のもの。それに乗じた竜が、
「じゃ、しりとりでもしながらやります?」
「「「やらねーよっ」」」
男子三人に一刀両断にされた竜はまるでダメージを受けておらず、
「えー? やってみたら意外と楽しいかもしれませんよ? ほら、動物縛りとか学校のもの縛りとか」
女子三人はそのやり取りを聞いて笑うのみ。
そうこうしている間に二五〇部の冊子すべてを作り終え、それぞれが三十部を持って椅子に置いて回ることになった。
その作業の途中、
「うわあああっっっ」
竜の声に目をやると、椅子に足を引っ掛けたらしい竜がバランスを崩して転ぶところだった。
竜が倒れると同時、大きな音と共にパイプイスが薙ぎ倒され列が乱れる。
「あんのバカっ――竜っ、そこきちんと直しておけよっ」
「わかってるってばー。翔の小姑っ!」
「誰が小姑だ……」
俺たちの間で会話を聞いていた御園生翠葉は、竜に怪我をしていないかをたずねながらもクスクスと笑っていた。
ものすごく不本意なわけだけど、俺はこの女の笑い声がツボだったりする。
「鈴を転がしたような声」いう形容があるが、そんな言葉が当てはまる人間などいるわけがないと思って十五年間生きてきた。けど、いた……。
この女の喋る声や笑い声は耳に心地よく響き、ずっと聞いていたい、などとうっかり思ってしまうほどだ。
しかしそれは、俺がこの女に惹かれているからとかそういうことではない。
鈴の音色のように澄んだ声は、万人受けするのだ。事実、男女関係なく三学年大半の生徒がこの女の声を「聞きたい」と言うのだから、断じて俺が特別な感情を抱いているとかそういうことではない。
その生徒大多数の要望を満たすべく、生徒会予算案の読み上げはこの女の仕事となっている。
さらには容姿まで整っているのだから、「天は二物を与えない」というアレは嘘だと思う。
まだこいつのことを認めていなかった時期ですら、容姿は整っているほうだと思っていた。
能力を認めた今、改めて観察してみても、褒め言葉しか出てこないところが若干腹立たしい。
全体的に華奢すぎるきらいはあるが、頭自体が小さいためか、身体が多少細くてもバランスが悪く見えないのだ。そこへきて抜けるように白い肌は目を瞠るものがある。
俺はこの肌にニキビができているところを未だ見たことがない。
そして、高等部一長いと噂される艶やかな髪。
色素が薄い人間とは、髪や目が茶色いものだと思っていたが、この女を見て考えを改めさせられた。
この女も色素が薄いという類ではあるのだろう。けれど、髪も目も茶色くはない。どちらかというなら、墨を水に溶いたような色をしている。
そのうえ頭脳明晰で性格もそう悪くないとか、「聖人かよ」と悪態をつきたくなるほどだ。
自分が尊敬する司先輩であっても、容姿端麗、頭脳明晰、冷静沈着、品行方正、文武両道どまりで、性格には多少の難があるというのに。
……まあ、そういうところも含めて格好いいんだけど……。
俺の近くで冊子を配っている女を観察しているうちに冊子を配り終え、生徒会メンバーが一所に集まった。
言うなら今だな……。
そう思った俺は御園生翠葉に向き直った。