光のもとでⅡ+
ゴン、と音を立ててテーブルに突っ伏すと、
「大丈夫? 頭飽和状態? 一気に話しすぎちゃった?」
御園生翠葉の心配そうな声に、身体は突っ伏したままそちらを向く。と、御園生翠葉が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……悪い」
「えっ? どうして飛翔くんが謝るの?」
御園生翠葉は驚いた顔で俺を見ている。
あー……くそ、ここまできたら腹割って話すしかねえじゃんか。
「おまえの能力を認めても、どこかずっと特別扱いされて生徒会にいるって思ってたし、不必要に突っかかってただろ?」
「それは……規約ができた経緯を詳しく説明するのがいやで端折っちゃった私が悪いし、普通に考えて特別扱いの規約を特別じゃないからね、って無理やり捻じ曲げる様なことした規約だから仕方がないと思う。それに、不必要に突っかかるあれは、飛翔くんの標準装備じゃないの……?」
御園生翠葉は俺と同じ体勢――テーブルに片頬をつけた状態で目線を合わせ訊いてくる。
くるっとした黒目勝ちの目がじっと俺を見ていて、小動物惑星の小動物め……と思う。
「俺、いったいどんだけ性格悪い人間だと思われてんだよ」
「えっ? 性格悪いとは思ってないよ? ただちょっとツンツンしてる人って思ってただけで」
そこまで言われて、あぁ、俺方向性を間違えてるのかも、と思った。
司先輩は俺のように威嚇しまくって一目置かれているわけではない。
俺のはどう考えても人を威嚇して得た環境。
いやでも、司先輩のあの視線は「威嚇」に組するものじゃね?
でもそれが妙にナチュラルで――
え……ナチュラルな威嚇ってなんだ? それ、どうやったら習得できるわけ?
考えても答えが出ない中思う。
普段、感情の振り幅が狭い先輩が唯一ペースを乱される人間がこの女で、心を動かされるからこそ好意を寄せたのか……?
何か秀でたものを持っているからとか、容姿が整っているからとか、そういうことじゃなくて、心を揺さぶられる何かがある相手だから――
そう考えたらすべて腑に落ちる気がして、今後様々なことに対し、どう対応していくべきかに悩む。
それはさておき、
「俺、司先輩に言われたことだけを気にしてればいいわけ?」
「基本的にはそうかな? 私、『まだ大丈夫』って思っちゃう癖があって、本当はそこも含めて自分をコントロールできるようにならないといけないのだけど、学校生活がこんなに楽しいの初めてで、コントロールするのちょっと難しくて、結果こんなものをつける事態になっちゃってる」
そう言うと、御園生翠葉は制服を腕まくりして、腕にはまるバングルを見せてくれた。
「本当は、こんなすてきな装置を作ってもらったのだから、自分でコントロールできるようにならくちゃいけない。でもまだ無理だから、ストッパーになってくれる人が必要なの」
なるほど……。
「でも、ストッパーはそこかしこにいるから飛翔くんがそんなに気負う必要はないよ?」
「現時点でストッパーってどのくらいいんの?」
「えぇと……コアな部分にいるのは三年の生徒会メンバーと佐野くん、飛鳥ちゃん。ほか、やんわりとストッパーになってくれるのは元一年B組の人たちや、現クラスメイト……かな?」
「結構いるんだな……」
「そうだね……? 顔を合わせれば『無理してない?』って声をかけてくれる人は結構いる。でも、『大丈夫だよ!』って答えちゃうでしょ?」
御園生翠葉は困ったように笑う。
まあ、この女の性格を考えればわからなくもない。
「だから、桃華さんたちはそれよりも強めに『待った』をかけてくれる感じ。昨日話題にあがった私のバイタルをみんなに転送するっていうあれも、いつかは言われるんじゃないかと思ってはいたの。そんなわけで、昨日の今日だけどすでに準備はできていたりして……」
御園生翠葉はリング式バインダーを引き寄せ一枚の紙を取り出した。その紙にはQRコードのみが記されている。
「これを読み込んでアプリをインストールすると、私のバイタルがいつでも見られるようになるの」
「なんで早く言わねーんだよっ! もうみんな部活行くなり帰ったあとだけどっ!?」
「なんとなく言いそびれて……? で、でもっ、忙しくなる前にはちゃんと言うつもりだからっ!」
だから自分のタイミングで言わせてくれ?
紅葉祭の年は夏休み中から動き出し、二学期になれば本格的に始動する。それを考えると、
「二学期が始まる前……」
「え?」
「二学期が始まる前までには切り出せよ?」
「うん、そうする。でも、飛翔くんはどうする……?」
正方形の紙を向けられたずねられる。
「これ、司先輩は?」
俺にこんな要請をしてくるくらいだから、司先輩にはバイタルが転送されてないと思っていた。そんな状態で、期間限定とはいえ俺がこれを手に入れていいのかに悩む。
「実はね、ツカサにはずっと転送したくないって拒否してきたのだけど、昨夜秋斗さんに説得されて観念しました……。今朝早くに唯兄がツカサをたずねてQRコード渡してきたって言ってたから、もらったその場でインストールしたんじゃないかな?」
そのあたりの確認をしていないところが実にこの女らしい……。
若干呆れつつ、
「俺はみんなと同じときでいいけど、忙しくなる前にそのアプリに慣れておきたいから、なるべく早くに頼む」
「うん、わかった。あともうひとつ」
「なんだよ」
「紫苑ちゃんと飛竜くんにいつ話そう? いつでもいいのだけど、理解を得ながら話すとなるとまとまった時間が必要になるし……」
「俺から話しても問題ないなら、俺から話す」
御園生翠葉はパチパチと瞬きをしてから「ふふ」と笑い、
「損な役回りだね? でも、ありがとう。お願いします」
頭を下げる女を見ながら思う。
損な役回りと言われたらそうなのかもしれない。
でも、今日こうやって話せたことで、これからのはこの女ともう少しまともに接することができる気がする。
そう考えると、言われるほど損な役回りではないように思えるし、紫苑や竜はそのあたりのことを考慮してこの役目を俺に振った感が否めなくもなく……。
俺がこいつの病気の話をしたなら、真面目に話を聞いたあと、きっとふたり揃ってにっこりと笑うのだろう。
そんな様子がまざまざと想像できて、思わず項垂れたくなる。
そういえば、去年の紫苑祭前に朝陽先輩にこんなことを言われたっけ。
――「ま、受け入れられる受け入れられないってあるよね。こればかりは飛翔の考えが変わらないと無理か」。
でもそれって、準規約が作られた経緯の根幹部分をきちんと教えてもらえてたなら、俺は問題なく受け入れられてたんじゃね?
少し考えて思い直す。どちらにせよ、「司先輩の彼女」という人間には食ってかかっていたに違いない。
でも、ここまで遠回りさせられたのは、全部この女のせいだ――
「大丈夫? 頭飽和状態? 一気に話しすぎちゃった?」
御園生翠葉の心配そうな声に、身体は突っ伏したままそちらを向く。と、御園生翠葉が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……悪い」
「えっ? どうして飛翔くんが謝るの?」
御園生翠葉は驚いた顔で俺を見ている。
あー……くそ、ここまできたら腹割って話すしかねえじゃんか。
「おまえの能力を認めても、どこかずっと特別扱いされて生徒会にいるって思ってたし、不必要に突っかかってただろ?」
「それは……規約ができた経緯を詳しく説明するのがいやで端折っちゃった私が悪いし、普通に考えて特別扱いの規約を特別じゃないからね、って無理やり捻じ曲げる様なことした規約だから仕方がないと思う。それに、不必要に突っかかるあれは、飛翔くんの標準装備じゃないの……?」
御園生翠葉は俺と同じ体勢――テーブルに片頬をつけた状態で目線を合わせ訊いてくる。
くるっとした黒目勝ちの目がじっと俺を見ていて、小動物惑星の小動物め……と思う。
「俺、いったいどんだけ性格悪い人間だと思われてんだよ」
「えっ? 性格悪いとは思ってないよ? ただちょっとツンツンしてる人って思ってただけで」
そこまで言われて、あぁ、俺方向性を間違えてるのかも、と思った。
司先輩は俺のように威嚇しまくって一目置かれているわけではない。
俺のはどう考えても人を威嚇して得た環境。
いやでも、司先輩のあの視線は「威嚇」に組するものじゃね?
でもそれが妙にナチュラルで――
え……ナチュラルな威嚇ってなんだ? それ、どうやったら習得できるわけ?
考えても答えが出ない中思う。
普段、感情の振り幅が狭い先輩が唯一ペースを乱される人間がこの女で、心を動かされるからこそ好意を寄せたのか……?
何か秀でたものを持っているからとか、容姿が整っているからとか、そういうことじゃなくて、心を揺さぶられる何かがある相手だから――
そう考えたらすべて腑に落ちる気がして、今後様々なことに対し、どう対応していくべきかに悩む。
それはさておき、
「俺、司先輩に言われたことだけを気にしてればいいわけ?」
「基本的にはそうかな? 私、『まだ大丈夫』って思っちゃう癖があって、本当はそこも含めて自分をコントロールできるようにならないといけないのだけど、学校生活がこんなに楽しいの初めてで、コントロールするのちょっと難しくて、結果こんなものをつける事態になっちゃってる」
そう言うと、御園生翠葉は制服を腕まくりして、腕にはまるバングルを見せてくれた。
「本当は、こんなすてきな装置を作ってもらったのだから、自分でコントロールできるようにならくちゃいけない。でもまだ無理だから、ストッパーになってくれる人が必要なの」
なるほど……。
「でも、ストッパーはそこかしこにいるから飛翔くんがそんなに気負う必要はないよ?」
「現時点でストッパーってどのくらいいんの?」
「えぇと……コアな部分にいるのは三年の生徒会メンバーと佐野くん、飛鳥ちゃん。ほか、やんわりとストッパーになってくれるのは元一年B組の人たちや、現クラスメイト……かな?」
「結構いるんだな……」
「そうだね……? 顔を合わせれば『無理してない?』って声をかけてくれる人は結構いる。でも、『大丈夫だよ!』って答えちゃうでしょ?」
御園生翠葉は困ったように笑う。
まあ、この女の性格を考えればわからなくもない。
「だから、桃華さんたちはそれよりも強めに『待った』をかけてくれる感じ。昨日話題にあがった私のバイタルをみんなに転送するっていうあれも、いつかは言われるんじゃないかと思ってはいたの。そんなわけで、昨日の今日だけどすでに準備はできていたりして……」
御園生翠葉はリング式バインダーを引き寄せ一枚の紙を取り出した。その紙にはQRコードのみが記されている。
「これを読み込んでアプリをインストールすると、私のバイタルがいつでも見られるようになるの」
「なんで早く言わねーんだよっ! もうみんな部活行くなり帰ったあとだけどっ!?」
「なんとなく言いそびれて……? で、でもっ、忙しくなる前にはちゃんと言うつもりだからっ!」
だから自分のタイミングで言わせてくれ?
紅葉祭の年は夏休み中から動き出し、二学期になれば本格的に始動する。それを考えると、
「二学期が始まる前……」
「え?」
「二学期が始まる前までには切り出せよ?」
「うん、そうする。でも、飛翔くんはどうする……?」
正方形の紙を向けられたずねられる。
「これ、司先輩は?」
俺にこんな要請をしてくるくらいだから、司先輩にはバイタルが転送されてないと思っていた。そんな状態で、期間限定とはいえ俺がこれを手に入れていいのかに悩む。
「実はね、ツカサにはずっと転送したくないって拒否してきたのだけど、昨夜秋斗さんに説得されて観念しました……。今朝早くに唯兄がツカサをたずねてQRコード渡してきたって言ってたから、もらったその場でインストールしたんじゃないかな?」
そのあたりの確認をしていないところが実にこの女らしい……。
若干呆れつつ、
「俺はみんなと同じときでいいけど、忙しくなる前にそのアプリに慣れておきたいから、なるべく早くに頼む」
「うん、わかった。あともうひとつ」
「なんだよ」
「紫苑ちゃんと飛竜くんにいつ話そう? いつでもいいのだけど、理解を得ながら話すとなるとまとまった時間が必要になるし……」
「俺から話しても問題ないなら、俺から話す」
御園生翠葉はパチパチと瞬きをしてから「ふふ」と笑い、
「損な役回りだね? でも、ありがとう。お願いします」
頭を下げる女を見ながら思う。
損な役回りと言われたらそうなのかもしれない。
でも、今日こうやって話せたことで、これからのはこの女ともう少しまともに接することができる気がする。
そう考えると、言われるほど損な役回りではないように思えるし、紫苑や竜はそのあたりのことを考慮してこの役目を俺に振った感が否めなくもなく……。
俺がこいつの病気の話をしたなら、真面目に話を聞いたあと、きっとふたり揃ってにっこりと笑うのだろう。
そんな様子がまざまざと想像できて、思わず項垂れたくなる。
そういえば、去年の紫苑祭前に朝陽先輩にこんなことを言われたっけ。
――「ま、受け入れられる受け入れられないってあるよね。こればかりは飛翔の考えが変わらないと無理か」。
でもそれって、準規約が作られた経緯の根幹部分をきちんと教えてもらえてたなら、俺は問題なく受け入れられてたんじゃね?
少し考えて思い直す。どちらにせよ、「司先輩の彼女」という人間には食ってかかっていたに違いない。
でも、ここまで遠回りさせられたのは、全部この女のせいだ――