光のもとでⅡ+
アクシデント
Side 翠葉 01話
爽やかな陽気が続き、夏へ向けて少しずつ気温が上がり始めるころ――それがゴールデンウィーク。
ここ数年のゴールデンウィークといえば、インターハイ予選の応援へ行くのが通例。
それは今年も同じで、ゴールデンウィークの数日、海斗くんと佐野くんの試合を見に行っていた。ただ、今年はうっかり熱中症になることは避けなくてはいけなくて、日傘を持っての参戦だった。
さらには楓先生主催のバーベキューがあるとのことで、そちらへも参加させていただく。
ゴールデンウィーク最終日ということもあり、海斗くんと佐野くんの予定は空いていたけれど、残念ながら、桃華さんと飛鳥ちゃんの予定は空いていなかった。
なんでも、桃華さんはお弟子さんの展示会へ顔を出さなくてはいけないらしく、飛鳥ちゃんはジューンブライドを前に繁忙期を極めている家業のお手伝いとのこと。
学校へ行けば会えるけど、休みの日に会おうとすると、五人が揃うことは難しくなっていた。
でも、もう高校三年生だしな……。
部活では一、二年を牽引する立場にあるし、休みの日には次の進路へ向けてオープンキャンパスへ行ったりもする。それから、家のお手伝いがあったりなかったり……。
こうやって予定が合わなくなって高校を卒業して、大学生になったら会えないことが日常になるのだろう。
……なんだか寂しい。
しかも、私以外の四人は藤宮大学へ進学予定だけど、私ひとりは他大学……。
今からでも進路を変えることは可能だけど、友達がいるからという理由で進学先を変えるのはひどく稚拙に思える。
それこそ、「たかだか会えなくなるくらいで終わる関係じゃない。三年も友達をやってきてそんなこともわからないのか」と怒られてしまいそうだ。
もうちゃんとわかっているのに、それでも寂しいと思うのは止められないのだ。
「寂しい」という感情と連鎖するように思いだすのはツカサのこと。
今は毎日のようにツカサが会いに来てくれるけれど、ツカサが支倉へ引っ越したらどうなるのか。一年後にやってくる未来だというのに、未だその具体像は思い浮かばない。
あまりにも寂しいと、人はどうなるものなのか。
「……泣いちゃったりするのかな」
会いたくて会いたくて、でも会えなくて――そんな日が続いたら自分がどうなるのかわからなくて、漠然とした不安が定期的に襲ってくる。
でも、ひとまずはバーベキュー……。
せっかく誘っていただいて、ツカサも参加するのだから、目一杯楽しまないと損だ。
バーベキューは異色なメンバーでの集まりとなった。
まずは楓先生、煌くん、果歩さん。崎本さんと美波さんと拓斗くん、私とツカサ、海斗くんと佐野くんの十人。
バーベキュー場の駐車場がそんなに広くないという理由から、私とツカサは楓先生たちの車に乗り、海斗くんと佐野くんは崎本家の車に乗って行くことになっている。
この日は両家共にレンタカーでワンボックスカーを借りてきているため、五人プラスバーベキューの道具という荷物があっても余裕で積める広さがあるという。
当日、準備をして玄関を出ると、楓先生や果歩さんが荷物を表通路へ出しているところだった。
「翠葉ちゃん、グッドタイミング! ちょっと悪いんだけど煌のこと見ててくれる?」
「はい、大丈夫です! 煌くん、おはよう!」
「うーあーうーあー」
「それ、翠葉翠葉って言ってるつもりなのよ」
「かわいいーっっっ!」
足元で私をよじ登ろうとしている煌くんをぎゅっと抱きしめ抱え上げる。
煌くんは小さくて、でもとってもあたたかくて、「命がここにある」と教えてくれる。
ビー玉のような瞳をキラキラとさせ、私の顔に手を伸ばしてくる煌くんをかわいく思いながら相手をしていると、ツカサが十階から下りてきた。
「っていうか、そんなに荷物あるならコンシェルジュ呼べばいいだろ?」
ため息交じりの言葉に、
「あぁっ! すっかり忘れてたわ」
果歩さんはすぐにスマホを取り出した。
「あ、高崎さん? 申し訳ないのだけど、台車お願いできますか? ――はい、よろしくお願いしますー!」
そんなやり取りをして一階へ下りると、美波さんたちがコンシェルジュから食材を受け取っているところだった。
海斗くんと佐野くんがそれらを手伝っている。
「おっ! 翠葉ショーパン! かわいいじゃんっ!」
「ちょっと恥ずかしいのだけど、スカートかワンピースしかないって言ったら唯兄が買ってきてくれて……」
「唯くんぐっじょぶっ!」
「っつーか、翠葉ちゃんのサイズわかってるとか若槻きっもっ! 若槻きっもっ!」
「え? 果歩ちゃん、唯くんと知り合い?」
「知り合いも知り合いよっ! 小中と一緒でしたからねっ! 憎き若槻、忘れやしないわっ! 無駄に顔が良くて、無駄に性格が悪いやつっ!」
メラメラと憤っている果歩さんを宥めるのは楓先生。
「果ー歩、今は暦とした翠葉ちゃんのお兄さんなんだから、きもいとか言わないの。翠葉ちゃんごめんねー」
「だってっ! ……翠葉ちゃん、洋服のことならおねぃさんに言いなさい? 今度一緒にお買い物行こっか? 翠葉ちゃんはショーパンも似合うけど、ミニスカも絶対似合うからっ! 煌は楓さんに任せてふたりでお買い物に行こうっ!」
「それ却下で」
すかさずツカサに却下され、
「なんでよーっ! 翠葉ちゃんのミニスカ姿見たくない? 絶対かわいいよっ!?」
「間に合ってるんで」
「もーーーっっっ! 司が見たくなくても私が見たいっ! いっそのこと、私が読モしてた雑誌に紹介したいくらいよっ!」
「果歩さん、ドクモってなんですか?」
「読者モデルのこと! 意外と楽しいよ? 興味ある? あるなら――」
「それも却下で」
「なんで司が却下すんのっ! こんの小姑っっっ!」
「第一、翠はカメラの前で笑えない」
「へ? なんで? あ、でも、笑うだけがモデルじゃないから大丈夫じゃん?」
「とにかく却下で」
そんな話をしながらバーベキュー機材を車に積み、あわただしく出発した。
バーベキュー場はそこまで遠くなく、車で一時間とかからない藤川の上流にある。
川原には大きな石がゴロゴロとしていて、あちらこちらでバーベキューをしている家族がいる。
荷物を運ぶのは男性陣に任せ、果歩さんと美波さんは食材を運ぶ。かくいう私は煌くん要員で、煌くんを抱っこしたり手をつないで一緒に歩いたりしながら川原へ向かった。
荷物をすべて運び終え、バーベキューのセッティングが始まっても私と煌くんはまだ道半ば。歩けど歩けど前へは進めない。
何せ、煌くんの好奇心があちらこちらへと移って真っ直ぐ進めないのだ。
そうこうしているとツカサが迎えに来てくれて、ひょいっと煌くんを抱っこしてくれた。
「なんか、年若いパパみたいだね」
「勘弁して。子どもは苦手」
そうは言っても片腕で煌くんを抱っこする姿はそれなりに様になっている。
「煌くん抱っこするの、慣れたんだ?」
「行くたびに押し付けられるからだいぶ慣れた。でも、時折軟体化するから、そこが苦手」
「ツカサ、猫はだめっぽそうだね?」
「あぁ……あの柔らかさはちょっと苦手かな。その点、犬のほうが持ったときの感覚がちゃんとあっていい」
煌くんも猫も生き物扱いされているのかされてないのか……。
煌くんはというと、急激に視界が開けたことにご機嫌で、「きゃっきゃきゃっきゃ」と騒いでいる始末だ。これは、今日何度となく抱っこをせがまれるのではないだろうか。
川原に着くと、海斗くんや佐野くんは拓斗くんの相手をすべく川へと向かって一直線。
三人が遊んでいるところを見ると、高校生も小学生もそう変わらない気がする。
何せ、三人ともウォーターガンを手に持って本気の打ち合いをしているのだから。
その姿を見て、
「あらあら、拓斗はお兄ちゃんたちに遊んでもらえてご機嫌ねー! うちは一人っ子だけど、海斗くんや秋斗くんがたまに相手してくれるから、本当助かるわ」
美波さんは言いながら火の通りにくいかぼちゃを焼き始める。
私は煌くんの相手をしながら、合間合間に手伝えることを手伝っていた。
ツカサはというと、バーベキューを手伝う気はさらさらなく、椅子に座って文庫本を日よけに使って寝ている状態。
ウォーターガンで打ち合いをしている海斗くんたちに、ひとりマイペースに寝に入ったツカサ、ノンアルコールビールを片手にバーベキューを始める大人陣。そして、どこまでも無邪気な煌くん。それぞれがそれぞれの場所で思い思いの行動を取っていて、その穏やかで長閑な光景が、ピアノの練習漬けの日々から離れていることをきちんと実感させてくれる。
これが終わればまた練習漬けの毎日だけど、今だけは少し忘れよう……。
「翠葉ちゃん、そろそろお肉焼き始めるから拓斗たち呼んできてくれるー?」
美波さんに声をかけられ、私は煌くんをツカサに任せて彼らのもとへ向かった。
三人は未だウォーターガンを打ち合って遊んでいる。
部活で日焼けした海斗くんと佐野くんに、拓斗くんも負けじと肌が黒い。きっと、サッカーやテニスでこれ以上ないくらい焼けているのだろう。そのうえ、今日もランニングシャツで水遊びとなれば、輪をかけて黒くなりそうだ。
「拓斗くーん! お肉焼くから戻っておいでって!」
そう声をかけた瞬間、バシャ――
拓斗くんが避けた水をまともに食らってしまった。
「あっ、わりっ! 翠葉――……」
「冷たくて気持ちいいから大丈夫だよ! 拓斗くん、捕まえた! お肉が焼けるから戻ろう?」
「まだサバイバルゲームしてたいなぁ……」
「お水、冷たくて気持ちいいもんね? でも、お肉もきっとおいしいよ? だから、食べたあと、また海斗くんたちと遊んだらいいと思う」
「うんっ、そうするっ! 海斗兄ちゃんたち、行こうっ!」
「お、おう……」
海斗くんと佐野くんは私と視線を合わせることなく、
「本当にごめんっ……」
言いながら拓斗くんを連れてみんなのもとへと戻っていった。
「そんなに気にしてくれなくてよかったんだけどな?」
首を傾げながら来た道を戻り始めたとき、遠くのツカサと目が合い、そのあとのツカサの動作がものすごくすばやかった。
煌くんを果歩さんに押し付けシャツを脱ぎながら、足場の悪い川原を駆け寄ってくる。
「どうしたの? お肉焼くって――」
言ってる最中にシャツを被せられる。
前も見えない状態で、
「ちょっと来いっ」
「え……? でも――」
「いいからっ」
「……ツカサっ? 前見えな――」
「見えてるからっ」
「え……?」
「下着、透けてるっ」
「えっ――あっ、きゃっ」
白いシャツの中にピンクのブラが透けていて、びっくりした。
でも、その時点で腑に落ちる。
だから佐野くんも海斗くんも視線を合わせなかったのだろうし、申し訳なさそうに謝っていたのだろう。
でも、それならそうと教えてほしかった。
「ごめん、ありがとう……」
「頼むから、その無防備さだけはどうにかして」
「だって、気づかなかったんだもの……」
「それは仕方ないとしても、ほかの男に見られるな。それから、俺にも見せるな」
そう言うと、ツカサは駐車場へと向かって歩き出した。
手を引かれるままついていき、車に着いてさてどうしたものかと思う。
足先だけ川に浸れればいいとタオルは持ってきていたけれど、それ以上に濡れる予定がなかったため、トップスの着替えは持ってきていない。
「それ着てていいから」
ツカサに言われて少し考える。
「でもこれ、私が着ちゃったら、ツカサが日焼けしちゃうよね?」
そもそも、日焼けしないために長袖のシャツを羽織っていたのだ。
「俺が自分の肌と翠のそれ、どっちを優先すると思ってるわけっ!?」
「……ありがたく着させていただきます」
でも、確か車の中に置いてきたバッグの中に日焼け止めが入っていたはず……。
「その代わり、日焼け止め――ふたつ持ってきていて、ひとつはここにあるはずなの」
ガサゴソと日焼け止めを取り出し、手に取ってツカサの首に手を這わせると、
「自分でやるからっ」
「でも、手に出しちゃったから……」
ツカサの首筋に日焼け止めを伸ばすと、バタン――と車のシートを倒された。
「っ、ツカサ……!?」
「だからさ、さっきから煽るなって言ってるんだけど」
いつもは涼やかな切れ長の目が、今は熱を帯びた目に思えた。その目に見据えられ、
「ごめんっ、そんなつもりはなくてっ――」
「余計に性質が悪い」
覆いかぶさるツカサに首筋へキスをされ身動きが取れなくなっていると、
「司ー? 翠葉ちゃーん? お肉焼けてるから早くおい――」
ガラ、とドアが開いてその場の空気が固まる。
「悪い。ごめんごめんなんでもない……」
「かっ、楓先生っ!? なんでもないですっっっ」
「兄さんっ、なんでもないからっっっ」
「いやいやいや。若いふたりですからね……」
「楓先生っっっ、行かないでっっっ」
「兄さんっっっ」
「ま、とにかく、早く来なさいね? お肉なくなっちゃうよ~? 海斗たちがすごい勢いで食べてるから」
「わかった。翠、戻るよ」
「は、はいっ」
ここ数年のゴールデンウィークといえば、インターハイ予選の応援へ行くのが通例。
それは今年も同じで、ゴールデンウィークの数日、海斗くんと佐野くんの試合を見に行っていた。ただ、今年はうっかり熱中症になることは避けなくてはいけなくて、日傘を持っての参戦だった。
さらには楓先生主催のバーベキューがあるとのことで、そちらへも参加させていただく。
ゴールデンウィーク最終日ということもあり、海斗くんと佐野くんの予定は空いていたけれど、残念ながら、桃華さんと飛鳥ちゃんの予定は空いていなかった。
なんでも、桃華さんはお弟子さんの展示会へ顔を出さなくてはいけないらしく、飛鳥ちゃんはジューンブライドを前に繁忙期を極めている家業のお手伝いとのこと。
学校へ行けば会えるけど、休みの日に会おうとすると、五人が揃うことは難しくなっていた。
でも、もう高校三年生だしな……。
部活では一、二年を牽引する立場にあるし、休みの日には次の進路へ向けてオープンキャンパスへ行ったりもする。それから、家のお手伝いがあったりなかったり……。
こうやって予定が合わなくなって高校を卒業して、大学生になったら会えないことが日常になるのだろう。
……なんだか寂しい。
しかも、私以外の四人は藤宮大学へ進学予定だけど、私ひとりは他大学……。
今からでも進路を変えることは可能だけど、友達がいるからという理由で進学先を変えるのはひどく稚拙に思える。
それこそ、「たかだか会えなくなるくらいで終わる関係じゃない。三年も友達をやってきてそんなこともわからないのか」と怒られてしまいそうだ。
もうちゃんとわかっているのに、それでも寂しいと思うのは止められないのだ。
「寂しい」という感情と連鎖するように思いだすのはツカサのこと。
今は毎日のようにツカサが会いに来てくれるけれど、ツカサが支倉へ引っ越したらどうなるのか。一年後にやってくる未来だというのに、未だその具体像は思い浮かばない。
あまりにも寂しいと、人はどうなるものなのか。
「……泣いちゃったりするのかな」
会いたくて会いたくて、でも会えなくて――そんな日が続いたら自分がどうなるのかわからなくて、漠然とした不安が定期的に襲ってくる。
でも、ひとまずはバーベキュー……。
せっかく誘っていただいて、ツカサも参加するのだから、目一杯楽しまないと損だ。
バーベキューは異色なメンバーでの集まりとなった。
まずは楓先生、煌くん、果歩さん。崎本さんと美波さんと拓斗くん、私とツカサ、海斗くんと佐野くんの十人。
バーベキュー場の駐車場がそんなに広くないという理由から、私とツカサは楓先生たちの車に乗り、海斗くんと佐野くんは崎本家の車に乗って行くことになっている。
この日は両家共にレンタカーでワンボックスカーを借りてきているため、五人プラスバーベキューの道具という荷物があっても余裕で積める広さがあるという。
当日、準備をして玄関を出ると、楓先生や果歩さんが荷物を表通路へ出しているところだった。
「翠葉ちゃん、グッドタイミング! ちょっと悪いんだけど煌のこと見ててくれる?」
「はい、大丈夫です! 煌くん、おはよう!」
「うーあーうーあー」
「それ、翠葉翠葉って言ってるつもりなのよ」
「かわいいーっっっ!」
足元で私をよじ登ろうとしている煌くんをぎゅっと抱きしめ抱え上げる。
煌くんは小さくて、でもとってもあたたかくて、「命がここにある」と教えてくれる。
ビー玉のような瞳をキラキラとさせ、私の顔に手を伸ばしてくる煌くんをかわいく思いながら相手をしていると、ツカサが十階から下りてきた。
「っていうか、そんなに荷物あるならコンシェルジュ呼べばいいだろ?」
ため息交じりの言葉に、
「あぁっ! すっかり忘れてたわ」
果歩さんはすぐにスマホを取り出した。
「あ、高崎さん? 申し訳ないのだけど、台車お願いできますか? ――はい、よろしくお願いしますー!」
そんなやり取りをして一階へ下りると、美波さんたちがコンシェルジュから食材を受け取っているところだった。
海斗くんと佐野くんがそれらを手伝っている。
「おっ! 翠葉ショーパン! かわいいじゃんっ!」
「ちょっと恥ずかしいのだけど、スカートかワンピースしかないって言ったら唯兄が買ってきてくれて……」
「唯くんぐっじょぶっ!」
「っつーか、翠葉ちゃんのサイズわかってるとか若槻きっもっ! 若槻きっもっ!」
「え? 果歩ちゃん、唯くんと知り合い?」
「知り合いも知り合いよっ! 小中と一緒でしたからねっ! 憎き若槻、忘れやしないわっ! 無駄に顔が良くて、無駄に性格が悪いやつっ!」
メラメラと憤っている果歩さんを宥めるのは楓先生。
「果ー歩、今は暦とした翠葉ちゃんのお兄さんなんだから、きもいとか言わないの。翠葉ちゃんごめんねー」
「だってっ! ……翠葉ちゃん、洋服のことならおねぃさんに言いなさい? 今度一緒にお買い物行こっか? 翠葉ちゃんはショーパンも似合うけど、ミニスカも絶対似合うからっ! 煌は楓さんに任せてふたりでお買い物に行こうっ!」
「それ却下で」
すかさずツカサに却下され、
「なんでよーっ! 翠葉ちゃんのミニスカ姿見たくない? 絶対かわいいよっ!?」
「間に合ってるんで」
「もーーーっっっ! 司が見たくなくても私が見たいっ! いっそのこと、私が読モしてた雑誌に紹介したいくらいよっ!」
「果歩さん、ドクモってなんですか?」
「読者モデルのこと! 意外と楽しいよ? 興味ある? あるなら――」
「それも却下で」
「なんで司が却下すんのっ! こんの小姑っっっ!」
「第一、翠はカメラの前で笑えない」
「へ? なんで? あ、でも、笑うだけがモデルじゃないから大丈夫じゃん?」
「とにかく却下で」
そんな話をしながらバーベキュー機材を車に積み、あわただしく出発した。
バーベキュー場はそこまで遠くなく、車で一時間とかからない藤川の上流にある。
川原には大きな石がゴロゴロとしていて、あちらこちらでバーベキューをしている家族がいる。
荷物を運ぶのは男性陣に任せ、果歩さんと美波さんは食材を運ぶ。かくいう私は煌くん要員で、煌くんを抱っこしたり手をつないで一緒に歩いたりしながら川原へ向かった。
荷物をすべて運び終え、バーベキューのセッティングが始まっても私と煌くんはまだ道半ば。歩けど歩けど前へは進めない。
何せ、煌くんの好奇心があちらこちらへと移って真っ直ぐ進めないのだ。
そうこうしているとツカサが迎えに来てくれて、ひょいっと煌くんを抱っこしてくれた。
「なんか、年若いパパみたいだね」
「勘弁して。子どもは苦手」
そうは言っても片腕で煌くんを抱っこする姿はそれなりに様になっている。
「煌くん抱っこするの、慣れたんだ?」
「行くたびに押し付けられるからだいぶ慣れた。でも、時折軟体化するから、そこが苦手」
「ツカサ、猫はだめっぽそうだね?」
「あぁ……あの柔らかさはちょっと苦手かな。その点、犬のほうが持ったときの感覚がちゃんとあっていい」
煌くんも猫も生き物扱いされているのかされてないのか……。
煌くんはというと、急激に視界が開けたことにご機嫌で、「きゃっきゃきゃっきゃ」と騒いでいる始末だ。これは、今日何度となく抱っこをせがまれるのではないだろうか。
川原に着くと、海斗くんや佐野くんは拓斗くんの相手をすべく川へと向かって一直線。
三人が遊んでいるところを見ると、高校生も小学生もそう変わらない気がする。
何せ、三人ともウォーターガンを手に持って本気の打ち合いをしているのだから。
その姿を見て、
「あらあら、拓斗はお兄ちゃんたちに遊んでもらえてご機嫌ねー! うちは一人っ子だけど、海斗くんや秋斗くんがたまに相手してくれるから、本当助かるわ」
美波さんは言いながら火の通りにくいかぼちゃを焼き始める。
私は煌くんの相手をしながら、合間合間に手伝えることを手伝っていた。
ツカサはというと、バーベキューを手伝う気はさらさらなく、椅子に座って文庫本を日よけに使って寝ている状態。
ウォーターガンで打ち合いをしている海斗くんたちに、ひとりマイペースに寝に入ったツカサ、ノンアルコールビールを片手にバーベキューを始める大人陣。そして、どこまでも無邪気な煌くん。それぞれがそれぞれの場所で思い思いの行動を取っていて、その穏やかで長閑な光景が、ピアノの練習漬けの日々から離れていることをきちんと実感させてくれる。
これが終わればまた練習漬けの毎日だけど、今だけは少し忘れよう……。
「翠葉ちゃん、そろそろお肉焼き始めるから拓斗たち呼んできてくれるー?」
美波さんに声をかけられ、私は煌くんをツカサに任せて彼らのもとへ向かった。
三人は未だウォーターガンを打ち合って遊んでいる。
部活で日焼けした海斗くんと佐野くんに、拓斗くんも負けじと肌が黒い。きっと、サッカーやテニスでこれ以上ないくらい焼けているのだろう。そのうえ、今日もランニングシャツで水遊びとなれば、輪をかけて黒くなりそうだ。
「拓斗くーん! お肉焼くから戻っておいでって!」
そう声をかけた瞬間、バシャ――
拓斗くんが避けた水をまともに食らってしまった。
「あっ、わりっ! 翠葉――……」
「冷たくて気持ちいいから大丈夫だよ! 拓斗くん、捕まえた! お肉が焼けるから戻ろう?」
「まだサバイバルゲームしてたいなぁ……」
「お水、冷たくて気持ちいいもんね? でも、お肉もきっとおいしいよ? だから、食べたあと、また海斗くんたちと遊んだらいいと思う」
「うんっ、そうするっ! 海斗兄ちゃんたち、行こうっ!」
「お、おう……」
海斗くんと佐野くんは私と視線を合わせることなく、
「本当にごめんっ……」
言いながら拓斗くんを連れてみんなのもとへと戻っていった。
「そんなに気にしてくれなくてよかったんだけどな?」
首を傾げながら来た道を戻り始めたとき、遠くのツカサと目が合い、そのあとのツカサの動作がものすごくすばやかった。
煌くんを果歩さんに押し付けシャツを脱ぎながら、足場の悪い川原を駆け寄ってくる。
「どうしたの? お肉焼くって――」
言ってる最中にシャツを被せられる。
前も見えない状態で、
「ちょっと来いっ」
「え……? でも――」
「いいからっ」
「……ツカサっ? 前見えな――」
「見えてるからっ」
「え……?」
「下着、透けてるっ」
「えっ――あっ、きゃっ」
白いシャツの中にピンクのブラが透けていて、びっくりした。
でも、その時点で腑に落ちる。
だから佐野くんも海斗くんも視線を合わせなかったのだろうし、申し訳なさそうに謝っていたのだろう。
でも、それならそうと教えてほしかった。
「ごめん、ありがとう……」
「頼むから、その無防備さだけはどうにかして」
「だって、気づかなかったんだもの……」
「それは仕方ないとしても、ほかの男に見られるな。それから、俺にも見せるな」
そう言うと、ツカサは駐車場へと向かって歩き出した。
手を引かれるままついていき、車に着いてさてどうしたものかと思う。
足先だけ川に浸れればいいとタオルは持ってきていたけれど、それ以上に濡れる予定がなかったため、トップスの着替えは持ってきていない。
「それ着てていいから」
ツカサに言われて少し考える。
「でもこれ、私が着ちゃったら、ツカサが日焼けしちゃうよね?」
そもそも、日焼けしないために長袖のシャツを羽織っていたのだ。
「俺が自分の肌と翠のそれ、どっちを優先すると思ってるわけっ!?」
「……ありがたく着させていただきます」
でも、確か車の中に置いてきたバッグの中に日焼け止めが入っていたはず……。
「その代わり、日焼け止め――ふたつ持ってきていて、ひとつはここにあるはずなの」
ガサゴソと日焼け止めを取り出し、手に取ってツカサの首に手を這わせると、
「自分でやるからっ」
「でも、手に出しちゃったから……」
ツカサの首筋に日焼け止めを伸ばすと、バタン――と車のシートを倒された。
「っ、ツカサ……!?」
「だからさ、さっきから煽るなって言ってるんだけど」
いつもは涼やかな切れ長の目が、今は熱を帯びた目に思えた。その目に見据えられ、
「ごめんっ、そんなつもりはなくてっ――」
「余計に性質が悪い」
覆いかぶさるツカサに首筋へキスをされ身動きが取れなくなっていると、
「司ー? 翠葉ちゃーん? お肉焼けてるから早くおい――」
ガラ、とドアが開いてその場の空気が固まる。
「悪い。ごめんごめんなんでもない……」
「かっ、楓先生っ!? なんでもないですっっっ」
「兄さんっ、なんでもないからっっっ」
「いやいやいや。若いふたりですからね……」
「楓先生っっっ、行かないでっっっ」
「兄さんっっっ」
「ま、とにかく、早く来なさいね? お肉なくなっちゃうよ~? 海斗たちがすごい勢いで食べてるから」
「わかった。翠、戻るよ」
「は、はいっ」