光のもとでⅡ+

Side 翠葉 03話

 先生のところを出るときに警護班に連絡を入れると近くのコーヒー屋さんで待機しているとのことで、すぐに迎に来てもらえた。
 その車にツカサが同乗していてびっくりする。
「おかえり。どうだった?」
「筆記も実技もそこそこ。でも、面接が~……」
「あぁ、痛いところつつかれたんだ?」
 コクコク頷くと、
「もう、なるようにしかならないから」
 と慰めのようなそうじゃないような言葉で済まされた。
「今日のレッスンは?」
「今日はお休みで、明日からまたお願いしてきたところ」
「なら、今日は帰ってゆっくり過ごそう」
「うん」

 帰宅してシャワーで汗を流してからツカサの家へ行くと、リビングで映画鑑賞の準備が進められていた。
 今日はゆっくりするって決めはしたけれど、
「やっぱり練習したほうがいいのかな……」
 合否の不安から口にすると、
「今回がだめでも次があるし、明日から練習再開するなら問題ないだろ?」
「でも、不合格だったらツカサが企画してくれた旅行に行けなくなっちゃう」
 夏休みに入ってすぐ、ツカサの提案で八月の後半に旅行へ行くことになっていたのだ。
 ただしそれは、受験に一発で合格できたときに限る話で、不合格だった場合は話自体が流れてしまう。
「それだって問題ないだろ? ホテルを予約してるわけじゃない。うちの別荘だから、急遽決まろうが中止になろうがどこにも迷惑はかからない」
「そうなのだけど……」
「かかるとしたら雅さんくらいだな。飛行機のチケットは取ってるだろうから。ただ、俺と翠が参加しないだけで、雅さんや簾条たちは行けばいい。それだけのこと」
「そっか……」
 そう考えたら少し気もちが軽くなった。
「それでも練習する?」
「ううん、ツカサと過ごしたい」
「なら、観る映画を決めよう。今からなら二本は観られると思うけど、どれがいい?」
 ツカサが用意していた映画はラブストーリー、アクション、ホラーの三本だった。
 これは悩ましい……。
 ひとつはアクションで決まり。でも、残るふたつは選びがたい。
 ラブストーリーは少し前に流行ったもので、濃厚なラブシーンが出てくるという噂だった。
 気分的にはラブストーリーと言いたいところだけれど、濃厚すぎるラブシーンが出てきたら恥ずかしくなって鑑賞どころではなくなってしまう気がするし、ホラーは根っからの苦手だ。
 どうしよう……。
「俺はこれが観たいんだけど」
 ツカサが手に取ったのはアクションだった。
「それには賛成!」
「じゃ、あとひとつはどうする?」
「…………ホラーで……」
「何、今の間……。それ以前に、翠ってホラー大丈夫なんだ?」
 だーめえええええええっっっ――
 しかも、舞台が日本とかむちゃくちゃ苦手っっっ。
 でも、ラブストーリーを観て恥ずかしくなるよりは怖いほうがまだいい気がするからその選択をしただけで、断じて得意なわけではっっっ――
 結果、最初にホラーを観ることになり、アクションで口直しをすることになった。
 私はというと、始終クッションを味方に視界の四分の三を隠して観る始末。
 その様をツカサはくつくつと笑っていて、とてもじゃないけどホラーを見ている雰囲気とはかけ離れていた。
「ホラーが苦手なら苦手でラブストーリーにすればよかったのに」
 人の気も知らないでっ、それができたらそうしてるっ!
 でも……ツカサはこの映画の内容を知らないのかな……? それとも、知っていてのチョイスだったのだろうか……。
 色々考えるだけで赤面してしまいそうだ。
 ツカサ、何気にえっちだしな……。
 私の反応を見るためだけにチョイスしていてもおかしくはない。
 こういうことにおいて、ツカサが何を考えているのかはさっぱり読めないのだ。
「そこで反抗的な視線を返される意味がわからないんだけど?」
 きょとんとした顔で見られて、これはラブストーリーの内容を熟知していない派かな、と思ったり。
 私はラブストーリーのDVDを指差し、
「それ、ものすごく濃厚なラブシーンがあるって噂で聞いて……」
 ツカサは少しびっくりした顔をして、くつくつと笑い出した。
「それでホラー?」
 コクコク頷くと、ソファに縋るようにしてお腹を抱えて笑いだした。
「そんな、濃厚なラブシーンごときで、苦手なホラー選ぶか?」
 あはははは、と声をあげて笑うからひどい。
「もうっ、今夜眠れなかったらどうしてくれるのっ!? 眠れなかったらツカサのせいなんだからっ」
「それなら責任を持って電話の話し相手くらいにはなるけど……。ちょっと理不尽だな。選んだのは翠なのに? 翠が勝手にやらしいことを考えて回避した結果なのに?」
 じりじりと詰め寄られて困る。背後をソファに逃げ場をなくすと、
「映画のラブストーリーでそれっぽい雰囲気になったら流されればよかっただけじゃない? 翠の受験対策が本腰入ってから久しくしてないし」
 そんなふうに余裕そうな表情で言うツカサがちょっと憎らしくて、私は思い切りツカサの頬を両側に引っ張った。
 ツカサは頬をさすりながら不服そうな表情で、
「何、そんなにしたくないの?」
「そういうことじゃなくて……」
「じゃ、問題なかったんじゃないの?」
 そう言うと、不意打ちで唇を奪われた。
「する? しない?」
 まるでそんな問いかけのようなツカサの表情に戸惑う。
 何度となくそういうことをしてきたけど、未だにこの最初の空気には慣れなくて、ついつい受身になってしまう。
 何度となくキスをされて、ようやく自分からキスを返せたところで、
「今日はがんばったんだから、何か褒美があってもいいだろ? 翠が喜ぶこと、なんでもするけど?」
 ツカサに不適に笑まれ、私はラグの上に押し倒された。
「汗かいたからシャワー浴びたいっ」
「帰宅してからシャワー浴びてきてるだろ? それで問題はないはずだ」
「でもっ――」
「俺はそのままの翠を抱きたい」
 見詰め合って数秒。視線での押し問答をした末、私は負けてしまった――
「ツカサのえっち……」
「間違ってはいないから反論はしないでおく」
 そんなことを言う唇は、私の肌の上を縦横無尽に移動していく。
「熱い……溶けちゃいそう……」
「人の皮膚組織は人の唇や唾液程度じゃ組織破壊されないから安心していい」
 どこら辺にどんな安心をしろというのか、そんなことを思いつつ、私はツカサのすべての行為を受け入れ、乱されに乱された。
 そして最後に、
「翠は何度しても恥ずかしがるんだな」
 そう言ってツカサはどこか満足そうに笑ってミネラルウォーターを口にした。
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