光のもとでⅡ+
Side 翠葉 04話
その後、稲荷夫妻が用意してくれた昼食を広すぎるダイニングで食べていると、秋斗さんが午後の予定に触れた。
「午後は川に行かない? 泳いだり飛び込めるポイントもあるし、釣りもできる」
インドア派な印象の秋斗さんの口から意外な言葉が飛び出し、私は少しびっくりしていた。
でも考えてみれば、去年の夏には一緒に海へ行ったんだっけ……。
インドア派に見られはするけれど、意外とアウトドアもOKな人なのかも……?
唯兄や蒼兄が賛成する中、蔵元さんは若干憂鬱そうな顔をしている。
「桃華さんはどうするの?」
「蒼樹さんが行くなら行くわっ! それに、川で遊べるって聞いて、水着も持ってきているの。翠葉と雅さんは?」
「私も水着は一応持ってきているのだけど、男性方の前で肌を晒すのはちょっと――」
そう言って恥じらう雅さんは顔を少し赤く染めていた。すると蔵元さんが、
「男性は男性でも、ここには紳士しかいませんからご安心を。それに雅さんもこの山が藤宮の持ち物であることはご存知でしょう? そこらのプライベートビーチよりも安全ですよ」
「……蔵元さんはどうなさるんですか?」
「そうですね……秋斗様が羽目を外さないよう監視は必要でしょうから川へは行きますが、読みたい本を持ってきたので、川岸で本でも読んで過ごしましょうか……」
「それでしたら、私もご一緒させてくださいっ! ちょうど支社のデータに目を通した――」
「みーやーび、仕事は禁止。読書ならいいけど、仕事するんだったらそのタブレットは没収するよ?」
「秋斗さんの意地悪……」
雅さんが唇を尖らせると、
「タブレットで読書なら取り上げない」
まるで妹をからかうように接する秋斗さんに、
「本なら別に持ってきてますっ。なので、蔵元さんと一緒に読書して過ごしますわ」
雅さんはプン、とそっぽを向いてしまった。
「翠葉は? 翠葉はどうするの?」
「私? 私は――」
行動計画表に基づく答えならば、「納涼床でまったり」だ。でも、ツカサはどう考えているだろう?
日中は渋々団体行動……?
答えに詰まってツカサを見ると、
「俺たちは納涼床へ行く約束をしている」
「あら、そんな風流なものがあるのですかっ?」
表情をコロコロと変える雅さんをかわいく思いながら、
「はい、あるらしいんです。そこへ連れて行ってもらう約束をしていて……」
雅さんは少し考えてから、
「それならおふたりでどうぞごゆっくり。私は明日の午前に行くことにします」
そう言って気遣ってくれた。
「え? あれ? じゃ、女子で水着になるの私だけっ!?」
「……そうなる、かな?」
そんなふうに答えると、桃華さんは黙り込んでしまった。
でも、それもわからなくはない。
女子ひとりで水着というのはちょっとハードルが高い。私なら絶対無理だし、桃華さんでも躊躇う状況だろう。
「桃華、ショートパンツとかは持ってきてないの?」
「っ、持ってきてます!」
「なら、水着はやめて、足だけ川に入れる服装に着替えればいい。そしたら一緒に釣りもできるし、ちょっとした川遊びもできるだろ?」
桃華さんは嬉しそうな表情で、「そうします!」と答えた。
食べるのが遅い私に付き合って、みんなはなんだかんだと一時間以上テーブルに着いたまま歓談を続けてくれていた。そうして最後の一口を飲み下すと、
「一人前完食おめでとーっっっ!」
唯兄の言葉と共に、数箇所からクラッカーの音が聞こえ、私の頭上に細い紙テープや紙ふぶきが降ってきた。
さすがにこれは恥ずかしい……。
隣に座るツカサは呆れた顔をしているし、雅さんと蔵元さんは呆気にとられた顔をしている。桃華さんは唯兄や秋斗さんと一緒になって拍手をする始末だ。
「もぅ……みんな食べ終わったら先に遊びに行ってくれてよかったのにぃ……」
小さく零すと、
「ご飯はみんなで食べたほうがおいしいものよ?」
そう言って、雅さんがにこりと笑った。
「そうそう。それに、これだけの人間に見張られるなり応援されていたら、残そうにも残せないだろ?」
蒼兄、ひどい……。
確かに、最後のほうはプレッシャーに根負けする感じで口に押し込んでいた感が否めない。
ウィステリアホテルやマンションのカフェラウンジだったらこんなことにはならないのに……。
そんなことを考えていると、隣に座っていたツカサが、
「あとで稲荷さんに、翠の分は分量少な目にってお願いしておく」
「ありがとう……。なんかもう、取り出せるものなら胃を取り出して中身も出して、ぬるま湯で洗い流して労わってあげたい気分」
「それ、物理的に無理だから」
「うん、わかってる……」
「じゃ、建設的な意見として、薬を飲んだら食後の運動に行く?」
「食後の運動?」
「単なる散歩。納涼床まで十五分ほど歩くから」
「行くっ! でも、胃が重い~……」
私は胃を手で押さえた状態で立ち上がり、
「別行動になる前に、みんなで写真を撮りませんか?」
その場のみんなに提案する。と、
「では、稲荷さんを呼んでシャッターを――」
「蔵元さん、それ却下で。リィっ、三脚持ってきてるんでしょ?」
「もちろんっ!」
「え? なんで三脚? 人にお願いすれば――」
「ちっちっち……蔵元さん、リィのことわかってないなぁ~。この子、人に撮られる環境だと笑えないのっ! だから三脚!」
「え……人に撮られるのがだめ? なんで?」
蔵元さんの言葉をみんながスルーしたのに対し、雅さんだけがその場に残って会話を続けていた。
陽だまり荘のリビングで写真を撮り終えると、それぞれ午後の予定に向けて行動を開始した。
別荘前の広場から伸びるひとつの道を歩きながら、
「山っていいよね? 緑がたくさんで日陰が多いし、マイナスイオン満載ですっごく気持ちがいい! ずっと歩いていたいくらい!」
ツカサはクスリと笑い、
「納涼床はもう少し涼しいと思う。板張りの上に、ラグとクッションを稲荷さんが毎朝用意してくれるから、寝転がることもできるし、納涼床の一番端に座れば川に足を浸すこともできる」
「うわぁ……どんなだろう?」
「楽しみにしてればいい」
「うんっ」
広葉樹林と言われただけのことはあり、そこかしこに枝を大きく広げた木が目立つ。
常緑樹の椎や樫。落葉樹のブナや楢。
「背の高い木が多いけれど、この山には巨木もある?」
「巨木があるって話は聞かないけど、欅やタブノキ、トチノキや桂なんかはこのまま育てばいずれは巨木になるんじゃない?」
「いずれってどのくらい?」
「一、二年じゃないことは確か。一年ずつ年輪を重ねるわけだから、数十年後とかそういう単位だと思う」
「そっかぁ……。じゃ、未来が楽しみね」
「ここは春から夏にかけての緑もきれいだけど、秋に来てもいい。紅葉する木があちこちに自生してるから」
「じゃ、秋にも来たいね?」
「あぁ。今年が無理でも、来年か再来年には来よう」
山道の脇に生える木々を見ながら、時に写真を撮りながら歩いていれば、あっという間に納涼床にたどり着いてしまう。
「十五分も歩いたっけ?」
ツカサの腕時計を見せてもらうと、十五分どころか一時間近い時間が経過していた。
びっくりして言葉を失っていると、
「翠、写真撮るのに夢中になりすぎ。途中、何度俺に写真撮られたかわかってないだろ」
「えっ!?」
ツカサは持っていたスマホを私へ向けると、「ほら」とおかしそうに笑う。
そこには、木の根元に座り込む私や、木にべったりとくっついて高い場所にある枝葉を写真に収めようとしている私――一強いて言うなら、カメラを持った「ひどく怪しい人」が写っていた。
写真に撮られたのは仕方がないにしても、どうしたものか……。
「困ったな……」
「何が?」
「時間が過ぎるの早くない? このままあっという間に三日間が終わっちゃったらどうしよう……」
スマホの時計を見ながら真剣に悩んでいると、隣からくつくつと笑い声が聞こえてきた。
「ちょっとっ! 真面目に悩んでいるのにどうして笑うのっ!?」
ツカサの腕を軽く叩くと、
「その真面目な悩みに満足したり、かわいく思えて困るこっちの身にもなれ」
ツカサの手が頬に添えられたと思ったら、軽く「ちゅ」とキスをされた。
呆気に取られた私を置いて、ツカサはサンダルを脱ぎ納涼床へ上がる。
「もぅ……不意打ちずるい……」
小さな声で文句を零しつつ、自分もサンダルを脱いでラグへ上がる。
納涼床の広さは六畳ほど。脇から見れば、鉄パイプできちんと骨組みされていることがわかるけれど、設置されてからずいぶん経つのか、鉄パイプには自生している蔦がうまい具合に這っており、パイプが見えない状態になっていた。
ラグが敷かれた空間の右脇には人間をだめにするという噂の、大きめのビーズクッションがふたつ。そして中央には直径五十センチはあろうかという、木製の丸いトレイが置かれていた。おそらくこれは、飲み物やお茶菓子などを載せるテーブル代わりのものだろう。
ほかには普通サイズのクッションがふたつと、入り口脇のカゴの中には膝掛けらしきものが用意されていた。
「くつろぎ放題だね?」
そんなふうに声をかけると、
「ハープ、持ってきてもらう?」
「え? でも――」
「問題ない。俺も本とスケッチブック持ってきてもらうし」
そう言うと、ツカサは警護班に連絡を入れ、私のハープとツカサの荷物を持ってきてくれるよう伝えた。
それから十分と経たないうちにハープと本、画材道具が届き、同時に飲み物やお茶菓子までセッティングされた。
「武明さん、星見荘へハープを取りに行ってからこちらにいらしたんですよね?」
「そうですが……?」
「それが何か」と言いたそうな目に、私は困ってしまう。
「とても足が速いんだな、と思っただけです……」
少し恥ずかしく思いながら答えると、
「私どもは車を使いましたので……。ですが、翠葉お嬢様や司様、秋斗様付きの警護班は皆屈強な者ばかりですよ」
武明さんはにこりと笑って納涼床を離れた。
「午後は川に行かない? 泳いだり飛び込めるポイントもあるし、釣りもできる」
インドア派な印象の秋斗さんの口から意外な言葉が飛び出し、私は少しびっくりしていた。
でも考えてみれば、去年の夏には一緒に海へ行ったんだっけ……。
インドア派に見られはするけれど、意外とアウトドアもOKな人なのかも……?
唯兄や蒼兄が賛成する中、蔵元さんは若干憂鬱そうな顔をしている。
「桃華さんはどうするの?」
「蒼樹さんが行くなら行くわっ! それに、川で遊べるって聞いて、水着も持ってきているの。翠葉と雅さんは?」
「私も水着は一応持ってきているのだけど、男性方の前で肌を晒すのはちょっと――」
そう言って恥じらう雅さんは顔を少し赤く染めていた。すると蔵元さんが、
「男性は男性でも、ここには紳士しかいませんからご安心を。それに雅さんもこの山が藤宮の持ち物であることはご存知でしょう? そこらのプライベートビーチよりも安全ですよ」
「……蔵元さんはどうなさるんですか?」
「そうですね……秋斗様が羽目を外さないよう監視は必要でしょうから川へは行きますが、読みたい本を持ってきたので、川岸で本でも読んで過ごしましょうか……」
「それでしたら、私もご一緒させてくださいっ! ちょうど支社のデータに目を通した――」
「みーやーび、仕事は禁止。読書ならいいけど、仕事するんだったらそのタブレットは没収するよ?」
「秋斗さんの意地悪……」
雅さんが唇を尖らせると、
「タブレットで読書なら取り上げない」
まるで妹をからかうように接する秋斗さんに、
「本なら別に持ってきてますっ。なので、蔵元さんと一緒に読書して過ごしますわ」
雅さんはプン、とそっぽを向いてしまった。
「翠葉は? 翠葉はどうするの?」
「私? 私は――」
行動計画表に基づく答えならば、「納涼床でまったり」だ。でも、ツカサはどう考えているだろう?
日中は渋々団体行動……?
答えに詰まってツカサを見ると、
「俺たちは納涼床へ行く約束をしている」
「あら、そんな風流なものがあるのですかっ?」
表情をコロコロと変える雅さんをかわいく思いながら、
「はい、あるらしいんです。そこへ連れて行ってもらう約束をしていて……」
雅さんは少し考えてから、
「それならおふたりでどうぞごゆっくり。私は明日の午前に行くことにします」
そう言って気遣ってくれた。
「え? あれ? じゃ、女子で水着になるの私だけっ!?」
「……そうなる、かな?」
そんなふうに答えると、桃華さんは黙り込んでしまった。
でも、それもわからなくはない。
女子ひとりで水着というのはちょっとハードルが高い。私なら絶対無理だし、桃華さんでも躊躇う状況だろう。
「桃華、ショートパンツとかは持ってきてないの?」
「っ、持ってきてます!」
「なら、水着はやめて、足だけ川に入れる服装に着替えればいい。そしたら一緒に釣りもできるし、ちょっとした川遊びもできるだろ?」
桃華さんは嬉しそうな表情で、「そうします!」と答えた。
食べるのが遅い私に付き合って、みんなはなんだかんだと一時間以上テーブルに着いたまま歓談を続けてくれていた。そうして最後の一口を飲み下すと、
「一人前完食おめでとーっっっ!」
唯兄の言葉と共に、数箇所からクラッカーの音が聞こえ、私の頭上に細い紙テープや紙ふぶきが降ってきた。
さすがにこれは恥ずかしい……。
隣に座るツカサは呆れた顔をしているし、雅さんと蔵元さんは呆気にとられた顔をしている。桃華さんは唯兄や秋斗さんと一緒になって拍手をする始末だ。
「もぅ……みんな食べ終わったら先に遊びに行ってくれてよかったのにぃ……」
小さく零すと、
「ご飯はみんなで食べたほうがおいしいものよ?」
そう言って、雅さんがにこりと笑った。
「そうそう。それに、これだけの人間に見張られるなり応援されていたら、残そうにも残せないだろ?」
蒼兄、ひどい……。
確かに、最後のほうはプレッシャーに根負けする感じで口に押し込んでいた感が否めない。
ウィステリアホテルやマンションのカフェラウンジだったらこんなことにはならないのに……。
そんなことを考えていると、隣に座っていたツカサが、
「あとで稲荷さんに、翠の分は分量少な目にってお願いしておく」
「ありがとう……。なんかもう、取り出せるものなら胃を取り出して中身も出して、ぬるま湯で洗い流して労わってあげたい気分」
「それ、物理的に無理だから」
「うん、わかってる……」
「じゃ、建設的な意見として、薬を飲んだら食後の運動に行く?」
「食後の運動?」
「単なる散歩。納涼床まで十五分ほど歩くから」
「行くっ! でも、胃が重い~……」
私は胃を手で押さえた状態で立ち上がり、
「別行動になる前に、みんなで写真を撮りませんか?」
その場のみんなに提案する。と、
「では、稲荷さんを呼んでシャッターを――」
「蔵元さん、それ却下で。リィっ、三脚持ってきてるんでしょ?」
「もちろんっ!」
「え? なんで三脚? 人にお願いすれば――」
「ちっちっち……蔵元さん、リィのことわかってないなぁ~。この子、人に撮られる環境だと笑えないのっ! だから三脚!」
「え……人に撮られるのがだめ? なんで?」
蔵元さんの言葉をみんながスルーしたのに対し、雅さんだけがその場に残って会話を続けていた。
陽だまり荘のリビングで写真を撮り終えると、それぞれ午後の予定に向けて行動を開始した。
別荘前の広場から伸びるひとつの道を歩きながら、
「山っていいよね? 緑がたくさんで日陰が多いし、マイナスイオン満載ですっごく気持ちがいい! ずっと歩いていたいくらい!」
ツカサはクスリと笑い、
「納涼床はもう少し涼しいと思う。板張りの上に、ラグとクッションを稲荷さんが毎朝用意してくれるから、寝転がることもできるし、納涼床の一番端に座れば川に足を浸すこともできる」
「うわぁ……どんなだろう?」
「楽しみにしてればいい」
「うんっ」
広葉樹林と言われただけのことはあり、そこかしこに枝を大きく広げた木が目立つ。
常緑樹の椎や樫。落葉樹のブナや楢。
「背の高い木が多いけれど、この山には巨木もある?」
「巨木があるって話は聞かないけど、欅やタブノキ、トチノキや桂なんかはこのまま育てばいずれは巨木になるんじゃない?」
「いずれってどのくらい?」
「一、二年じゃないことは確か。一年ずつ年輪を重ねるわけだから、数十年後とかそういう単位だと思う」
「そっかぁ……。じゃ、未来が楽しみね」
「ここは春から夏にかけての緑もきれいだけど、秋に来てもいい。紅葉する木があちこちに自生してるから」
「じゃ、秋にも来たいね?」
「あぁ。今年が無理でも、来年か再来年には来よう」
山道の脇に生える木々を見ながら、時に写真を撮りながら歩いていれば、あっという間に納涼床にたどり着いてしまう。
「十五分も歩いたっけ?」
ツカサの腕時計を見せてもらうと、十五分どころか一時間近い時間が経過していた。
びっくりして言葉を失っていると、
「翠、写真撮るのに夢中になりすぎ。途中、何度俺に写真撮られたかわかってないだろ」
「えっ!?」
ツカサは持っていたスマホを私へ向けると、「ほら」とおかしそうに笑う。
そこには、木の根元に座り込む私や、木にべったりとくっついて高い場所にある枝葉を写真に収めようとしている私――一強いて言うなら、カメラを持った「ひどく怪しい人」が写っていた。
写真に撮られたのは仕方がないにしても、どうしたものか……。
「困ったな……」
「何が?」
「時間が過ぎるの早くない? このままあっという間に三日間が終わっちゃったらどうしよう……」
スマホの時計を見ながら真剣に悩んでいると、隣からくつくつと笑い声が聞こえてきた。
「ちょっとっ! 真面目に悩んでいるのにどうして笑うのっ!?」
ツカサの腕を軽く叩くと、
「その真面目な悩みに満足したり、かわいく思えて困るこっちの身にもなれ」
ツカサの手が頬に添えられたと思ったら、軽く「ちゅ」とキスをされた。
呆気に取られた私を置いて、ツカサはサンダルを脱ぎ納涼床へ上がる。
「もぅ……不意打ちずるい……」
小さな声で文句を零しつつ、自分もサンダルを脱いでラグへ上がる。
納涼床の広さは六畳ほど。脇から見れば、鉄パイプできちんと骨組みされていることがわかるけれど、設置されてからずいぶん経つのか、鉄パイプには自生している蔦がうまい具合に這っており、パイプが見えない状態になっていた。
ラグが敷かれた空間の右脇には人間をだめにするという噂の、大きめのビーズクッションがふたつ。そして中央には直径五十センチはあろうかという、木製の丸いトレイが置かれていた。おそらくこれは、飲み物やお茶菓子などを載せるテーブル代わりのものだろう。
ほかには普通サイズのクッションがふたつと、入り口脇のカゴの中には膝掛けらしきものが用意されていた。
「くつろぎ放題だね?」
そんなふうに声をかけると、
「ハープ、持ってきてもらう?」
「え? でも――」
「問題ない。俺も本とスケッチブック持ってきてもらうし」
そう言うと、ツカサは警護班に連絡を入れ、私のハープとツカサの荷物を持ってきてくれるよう伝えた。
それから十分と経たないうちにハープと本、画材道具が届き、同時に飲み物やお茶菓子までセッティングされた。
「武明さん、星見荘へハープを取りに行ってからこちらにいらしたんですよね?」
「そうですが……?」
「それが何か」と言いたそうな目に、私は困ってしまう。
「とても足が速いんだな、と思っただけです……」
少し恥ずかしく思いながら答えると、
「私どもは車を使いましたので……。ですが、翠葉お嬢様や司様、秋斗様付きの警護班は皆屈強な者ばかりですよ」
武明さんはにこりと笑って納涼床を離れた。