光のもとでⅡ+
Side 翠葉 05話
「ツカサは風景を描くの?」
「それもいいけど、翠がいるから翠を描こうと思う」
「えっ?」
「前回のでちょっとはまったかも」
ツカサは淡々と話しながら準備を進める。
開かれたスケッチブックをなんとなしに覗き込むと、藤山で描かれた眠っている私の絵が見えて、思わず頬が熱を持つ。
「見られてると演奏しづらい?」
「えぇと……苦手は苦手なのだけど、仙波先生に『人に聴かれることと見られることに慣れなさい』とも言われてるから、ガンバリマス……」
それから私はハープを弾きながら過ごし、ツカサは私の絵を描いて過ごした。
空を見上げれば枝葉を茂らせた緑が涼やかなカーテンになっていて、そこから零れる木漏れ日は、これ以上ないくらいに美しい。
そんな場所でハープが弾けて、大好きな人が側にいてくれて、私はどれほど幸せなのか。
好きな人が自分だけを見てくれるのは、嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが入り混じって少し奇妙な気分だ。
でも、すぐそこにツカサがいることが嬉しくて、声をかけたら返答があることが嬉しくて、この「嬉しい」がツカサに伝わったらいいな、と思いながら大好きなハープを奏でる。
それは今まで奏でたことのない旋律。
自分比だけど、今日の音はいつもより数割り増しキラキラと瞬くように聞こえる。
それは屋外で弾いている開放感がもたらすものなのか、大好きな人が側にいてくれるからこそのものなのか。
答えは出そうにない。
でも、そのどちらかが答えであってもおかしくはなく、「両方相まっての音」というのが正しい気がする。
一曲作り終えお茶を飲んでひと心地つくと、私は抗いようのない睡魔に襲われた。
ここに着くまでは写真を撮ったりと好奇心を刺激されることが多くあり、何を感じることもなかったけれど、いつもよりたくさん食べた昼食の消化に、相応の血液が使われているらしい。
「少し、寝てもいい……?」
「寝るなら星見荘に――」
「ううん。ここ、とっても気持ちがいいから、ここで休みたいなぁって……」
「それなら……」
ツカサはビーズクッションの近くに普通のクッションを配置し、入り口の脇に置いてあったカゴからリネン素材のタオルケットを持ってきてくれた。
「ちょうどいい気候だとは思うけど、一応掛けて寝て。風邪でもひかれたらたまらないから」
「ん……」
私は促されるまま横になり、木々の囁きと川のせせらぎを子守唄に眠りへと誘われた――
どのくらい眠っていただろう。肩を優しく叩かれ起こされる。でも願わくば、あと少し――あともう少しだけまどろんでいたい。
そう思っていたところ、
「翠、マジックアワー」
その言葉に、脳内の照明が一気に点灯したかのごとく覚醒する。
「マジックアワーっ!?」
口にしながら飛び起きると、ツカサのデコピンを食らって再度クッションに身を沈める羽目になった。
でも、その状態でも十分に景色は楽しめる。
「空が、ピンク色……」
その言葉にツカサも空を見て、
「今日はオレンジじゃなくてピンクだな」
今度こそ強制執行されないよう、私はゆっくりと身体を起こし、あたりを見渡した。
納涼床の向こうに見える川までもがピンク色に染まり、ピンクの水が流れる様は夢のような光景だ。
ただ、向こう岸にはこちらと同じように木々が立ち並ぶため、稜線に沈む夕陽を臨むことはできそうにない。
それでも、ピンクのフィルターがかかったかのような幻想的な情景は圧巻で、沈む夕陽が見られないくらいなんだというのか、という状況。
私は慌ててカメラのセッティングを始め、その光景を写真に収めた。
心行くまで写真を撮り、最後にツカサにオーダーをひとつ。
「ツカサ、そこに立ってもらえる?」
指示したのは納涼床の奥の手すり際。
ツカサはすぐに指示した場所へ移動してくれた。けれど、
「そっちから撮ったら逆光じゃないの?」
「ピンポン! 陰影写真を撮ろうと思って」
「陰影?」
「うん。ピンク色の背景に、ツカサのシルエットが際立つ写真!」
「ふーん……」
まだ何か言いたそうだったけれど、ツカサは何も言わずに写真を撮らせてくれた。
撮ったばかりの写真を見て思う。
ツカサはシルエットになってもきれいだな、と。
手足が長く細身の体躯に形のいい頭。
これほど完璧なシルエットなど、ほかに存在しないような気すらしてくるほどに大好きだ。
口元が緩みそうになるのを必死に堪えていると、
「どうせなら、ふたりのシルエット写真も残しておけば?」
ツカサの提案に頷き、私はチビバッグからリモコンを持ってツカサのもとへと向かう。
リモコンを右手に持つと、
「それ、押したらすぐにシャッター落ちるの?」
「うん、そうだけど……?」
「貸して」
ツカサは奪うようにリモコンを取り上げると、リモコンを持っていない手で私の腰を引き寄せ、そのままキスをした。
「っ――」
びっくりして両手で口元を覆うと、ツカサはくつくつと笑いながら、
「なんて顔」
「だってっ!」
「うまく撮れてるといいけど……」
そう言って先にカメラへ向かったツカサについていき、一緒になってプレビュー画面を確認する。と、上部に枝葉が少し写りこんだ、決していやらしい感じのしないキスシルエットの写真になっていた。さらには、その直後の口元を両手で押さえている写真まで撮られているのだからなんとも言えない。
でも、見れば見るほど、写真集の一ページのような出来栄えにびっくりだ。
たいていのカメラマンは写真専用のソフトを使って編集することが多いという。けれどこの写真においては、そんな必要はないのではないか、と思ってしまう。
「それ、あとでデータ送って」
ツカサの言葉に我に返り、そこに写っているのが自分たちであることを再認識する。そしたら、恥ずかしさがこみ上げてきて返答できなくなってしまった。
「いわば俺のプロデュースで撮った写真だから、もらえないわけないよな?」
「……ハイ」
そんな会話をしていると、そう遠くない場所から人が歩いてくる音が聞こえてきた。
落ち着いた穏やかな声と小鳥がさえずるような少し高めのこの声は――
「桃華さんと蒼兄……?」
ふたりは木陰からひょっこりと顔を覗かせた。
「わー……納涼床って結構本格的なものだったんだ?」
そう言ってつくりを吟味し始めたのは蒼兄で、
「ここから見える景色は絶景ねっ!? 翠葉、写真撮った?」
「う、うん」
「じゃ、後日データちょうだいね!」
そう言うと、桃華さんはサンダルを脱いでラグへ上がり、艶やかな髪を風になびかせた。
「桃華さんたちはお散歩?」
「翠葉たちを呼びに来たの。そろそろお夕飯の準備が整うそうよ」
「もしかして、わざわざ教えに来てくれたの?」
桃華さんはにっこりと笑って肯定する。
「本当は電話でもメールでもよかったのだけど、窓から見えた空があまりにもきれいなピンク色で、蒼樹さんとお散歩がてらに出てきたの」
「そうだったのね」
「だから、そろそろ戻りましょう?」
「うん」
ツカサはスケッチブックを片付け始め、私はハープをケースへしまう。そして、カメラと三脚を片付けていると、今度は車の音が聞こえてきた。
そちらを見ると、稲荷さんが軽トラックを降りたところだった。
「司様、翠葉お嬢様、お荷物は私の軽トラックで運びますので、そのままで大丈夫ですよ」
「わ、いいんですか?」
「もちろんです」
すると今度は武明さんが現れて、
「お嬢様のハープはこちらでお預かりいたします。星見荘へお運びいたしますのでご安心ください」
「武明さん、これもお願いします」
ツカサがこれ、と指差したのは私のカメラだった。
「承ります」
そう言うと、武明さんは軽々とハープとカメラ、三脚を持っていなくなった。
「どうしてカメラも……? あのくらいなら私が持って戻っても――」
ツカサはこれ見よがしにため息をついて見せ、
「あれがきれいこれがきれい、ってあちこちで道草してたら夕飯が冷める。今回はきっちり片道十五分で戻るよ」
ぐうの音も出ない釘を刺され、私はおとなしく従うことにした。
それにしても――
「武明さん、ずっと近くにいたのかな……」
なんとなく不安になってツカサにたずねると、
「いや、俺たちが別荘出るときに一緒に出てきた感じだったよ」
「そうなの……?」
「えぇ、そうだったと思うわ。でも、どうして?」
「え? あ……えと、タイミングよく現れたから、実はずっと近くにいたのかなって……」
もっと言うなら、ツカサとキスしていたところまで見られていたのではないか、と不安に駆られたのだ。けれど、いくら仲のいい蒼兄と桃華さんであっても、そこまで話すことはできない。
「翠」
「ん……?」
「安心していい。俺たちが緑山に滞在するとき、山の入り口すべてに藤宮警備が見張りに立つし、山を囲うフェンスには高圧電流が通っているうえ、山の周囲を警邏している人間もいる」
それはつまり、どういうこと……?
「外からの進入がないとわかっている場所で、プライバシーを侵す近接警護になることはめったにない」
それを聞いてほっとしてしまった。そして、そんな私を見逃す桃華さんでもなく……。
「翠葉と藤宮司はふたりきりがいいみたいですよ? もう伝えることは伝えましたし、私たちも戻りましょう」
そう言うと、桃華さんは蒼兄の手を取り足早に山道を戻っていった。
何を言ったわけでも言われたわけでもない。でも、感づかれているような現況が、恥ずかしくてたまらなかった。
その場に蹲ると、
「翠、そこ邪魔」
「えっ!?」
「稲荷さんがラグ片付けるから」
そんな言葉に急き立てられ、私はいそいそと立ち上がりサンダルを履いた。
「それもいいけど、翠がいるから翠を描こうと思う」
「えっ?」
「前回のでちょっとはまったかも」
ツカサは淡々と話しながら準備を進める。
開かれたスケッチブックをなんとなしに覗き込むと、藤山で描かれた眠っている私の絵が見えて、思わず頬が熱を持つ。
「見られてると演奏しづらい?」
「えぇと……苦手は苦手なのだけど、仙波先生に『人に聴かれることと見られることに慣れなさい』とも言われてるから、ガンバリマス……」
それから私はハープを弾きながら過ごし、ツカサは私の絵を描いて過ごした。
空を見上げれば枝葉を茂らせた緑が涼やかなカーテンになっていて、そこから零れる木漏れ日は、これ以上ないくらいに美しい。
そんな場所でハープが弾けて、大好きな人が側にいてくれて、私はどれほど幸せなのか。
好きな人が自分だけを見てくれるのは、嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが入り混じって少し奇妙な気分だ。
でも、すぐそこにツカサがいることが嬉しくて、声をかけたら返答があることが嬉しくて、この「嬉しい」がツカサに伝わったらいいな、と思いながら大好きなハープを奏でる。
それは今まで奏でたことのない旋律。
自分比だけど、今日の音はいつもより数割り増しキラキラと瞬くように聞こえる。
それは屋外で弾いている開放感がもたらすものなのか、大好きな人が側にいてくれるからこそのものなのか。
答えは出そうにない。
でも、そのどちらかが答えであってもおかしくはなく、「両方相まっての音」というのが正しい気がする。
一曲作り終えお茶を飲んでひと心地つくと、私は抗いようのない睡魔に襲われた。
ここに着くまでは写真を撮ったりと好奇心を刺激されることが多くあり、何を感じることもなかったけれど、いつもよりたくさん食べた昼食の消化に、相応の血液が使われているらしい。
「少し、寝てもいい……?」
「寝るなら星見荘に――」
「ううん。ここ、とっても気持ちがいいから、ここで休みたいなぁって……」
「それなら……」
ツカサはビーズクッションの近くに普通のクッションを配置し、入り口の脇に置いてあったカゴからリネン素材のタオルケットを持ってきてくれた。
「ちょうどいい気候だとは思うけど、一応掛けて寝て。風邪でもひかれたらたまらないから」
「ん……」
私は促されるまま横になり、木々の囁きと川のせせらぎを子守唄に眠りへと誘われた――
どのくらい眠っていただろう。肩を優しく叩かれ起こされる。でも願わくば、あと少し――あともう少しだけまどろんでいたい。
そう思っていたところ、
「翠、マジックアワー」
その言葉に、脳内の照明が一気に点灯したかのごとく覚醒する。
「マジックアワーっ!?」
口にしながら飛び起きると、ツカサのデコピンを食らって再度クッションに身を沈める羽目になった。
でも、その状態でも十分に景色は楽しめる。
「空が、ピンク色……」
その言葉にツカサも空を見て、
「今日はオレンジじゃなくてピンクだな」
今度こそ強制執行されないよう、私はゆっくりと身体を起こし、あたりを見渡した。
納涼床の向こうに見える川までもがピンク色に染まり、ピンクの水が流れる様は夢のような光景だ。
ただ、向こう岸にはこちらと同じように木々が立ち並ぶため、稜線に沈む夕陽を臨むことはできそうにない。
それでも、ピンクのフィルターがかかったかのような幻想的な情景は圧巻で、沈む夕陽が見られないくらいなんだというのか、という状況。
私は慌ててカメラのセッティングを始め、その光景を写真に収めた。
心行くまで写真を撮り、最後にツカサにオーダーをひとつ。
「ツカサ、そこに立ってもらえる?」
指示したのは納涼床の奥の手すり際。
ツカサはすぐに指示した場所へ移動してくれた。けれど、
「そっちから撮ったら逆光じゃないの?」
「ピンポン! 陰影写真を撮ろうと思って」
「陰影?」
「うん。ピンク色の背景に、ツカサのシルエットが際立つ写真!」
「ふーん……」
まだ何か言いたそうだったけれど、ツカサは何も言わずに写真を撮らせてくれた。
撮ったばかりの写真を見て思う。
ツカサはシルエットになってもきれいだな、と。
手足が長く細身の体躯に形のいい頭。
これほど完璧なシルエットなど、ほかに存在しないような気すらしてくるほどに大好きだ。
口元が緩みそうになるのを必死に堪えていると、
「どうせなら、ふたりのシルエット写真も残しておけば?」
ツカサの提案に頷き、私はチビバッグからリモコンを持ってツカサのもとへと向かう。
リモコンを右手に持つと、
「それ、押したらすぐにシャッター落ちるの?」
「うん、そうだけど……?」
「貸して」
ツカサは奪うようにリモコンを取り上げると、リモコンを持っていない手で私の腰を引き寄せ、そのままキスをした。
「っ――」
びっくりして両手で口元を覆うと、ツカサはくつくつと笑いながら、
「なんて顔」
「だってっ!」
「うまく撮れてるといいけど……」
そう言って先にカメラへ向かったツカサについていき、一緒になってプレビュー画面を確認する。と、上部に枝葉が少し写りこんだ、決していやらしい感じのしないキスシルエットの写真になっていた。さらには、その直後の口元を両手で押さえている写真まで撮られているのだからなんとも言えない。
でも、見れば見るほど、写真集の一ページのような出来栄えにびっくりだ。
たいていのカメラマンは写真専用のソフトを使って編集することが多いという。けれどこの写真においては、そんな必要はないのではないか、と思ってしまう。
「それ、あとでデータ送って」
ツカサの言葉に我に返り、そこに写っているのが自分たちであることを再認識する。そしたら、恥ずかしさがこみ上げてきて返答できなくなってしまった。
「いわば俺のプロデュースで撮った写真だから、もらえないわけないよな?」
「……ハイ」
そんな会話をしていると、そう遠くない場所から人が歩いてくる音が聞こえてきた。
落ち着いた穏やかな声と小鳥がさえずるような少し高めのこの声は――
「桃華さんと蒼兄……?」
ふたりは木陰からひょっこりと顔を覗かせた。
「わー……納涼床って結構本格的なものだったんだ?」
そう言ってつくりを吟味し始めたのは蒼兄で、
「ここから見える景色は絶景ねっ!? 翠葉、写真撮った?」
「う、うん」
「じゃ、後日データちょうだいね!」
そう言うと、桃華さんはサンダルを脱いでラグへ上がり、艶やかな髪を風になびかせた。
「桃華さんたちはお散歩?」
「翠葉たちを呼びに来たの。そろそろお夕飯の準備が整うそうよ」
「もしかして、わざわざ教えに来てくれたの?」
桃華さんはにっこりと笑って肯定する。
「本当は電話でもメールでもよかったのだけど、窓から見えた空があまりにもきれいなピンク色で、蒼樹さんとお散歩がてらに出てきたの」
「そうだったのね」
「だから、そろそろ戻りましょう?」
「うん」
ツカサはスケッチブックを片付け始め、私はハープをケースへしまう。そして、カメラと三脚を片付けていると、今度は車の音が聞こえてきた。
そちらを見ると、稲荷さんが軽トラックを降りたところだった。
「司様、翠葉お嬢様、お荷物は私の軽トラックで運びますので、そのままで大丈夫ですよ」
「わ、いいんですか?」
「もちろんです」
すると今度は武明さんが現れて、
「お嬢様のハープはこちらでお預かりいたします。星見荘へお運びいたしますのでご安心ください」
「武明さん、これもお願いします」
ツカサがこれ、と指差したのは私のカメラだった。
「承ります」
そう言うと、武明さんは軽々とハープとカメラ、三脚を持っていなくなった。
「どうしてカメラも……? あのくらいなら私が持って戻っても――」
ツカサはこれ見よがしにため息をついて見せ、
「あれがきれいこれがきれい、ってあちこちで道草してたら夕飯が冷める。今回はきっちり片道十五分で戻るよ」
ぐうの音も出ない釘を刺され、私はおとなしく従うことにした。
それにしても――
「武明さん、ずっと近くにいたのかな……」
なんとなく不安になってツカサにたずねると、
「いや、俺たちが別荘出るときに一緒に出てきた感じだったよ」
「そうなの……?」
「えぇ、そうだったと思うわ。でも、どうして?」
「え? あ……えと、タイミングよく現れたから、実はずっと近くにいたのかなって……」
もっと言うなら、ツカサとキスしていたところまで見られていたのではないか、と不安に駆られたのだ。けれど、いくら仲のいい蒼兄と桃華さんであっても、そこまで話すことはできない。
「翠」
「ん……?」
「安心していい。俺たちが緑山に滞在するとき、山の入り口すべてに藤宮警備が見張りに立つし、山を囲うフェンスには高圧電流が通っているうえ、山の周囲を警邏している人間もいる」
それはつまり、どういうこと……?
「外からの進入がないとわかっている場所で、プライバシーを侵す近接警護になることはめったにない」
それを聞いてほっとしてしまった。そして、そんな私を見逃す桃華さんでもなく……。
「翠葉と藤宮司はふたりきりがいいみたいですよ? もう伝えることは伝えましたし、私たちも戻りましょう」
そう言うと、桃華さんは蒼兄の手を取り足早に山道を戻っていった。
何を言ったわけでも言われたわけでもない。でも、感づかれているような現況が、恥ずかしくてたまらなかった。
その場に蹲ると、
「翠、そこ邪魔」
「えっ!?」
「稲荷さんがラグ片付けるから」
そんな言葉に急き立てられ、私はいそいそと立ち上がりサンダルを履いた。