光のもとでⅡ+

Side 翠葉 06話

 陽だまり荘に着くと、秋斗さんと唯兄の髪の毛が濡れていて、早々にシャワーを浴びたことがわかる。対して蔵元さんと雅さんの服装は、昼間に会ったときと変わっていなかった。
「納涼床はどうだった?」
 雅さんに訊かれ、
「ものすっごく快適空間で涼しかったです! 夕方、ピンクに染まる川は圧巻でしたよ!」
「それならここから少し歩いたところからも見えたけど、とってもきれいだったわね。写真は?」
「撮りましたっ!」
「さっき蔵元さんとも話していたのだけど、今回の旅行で撮った写真、あとでアルバムにしたらどうかしら?」
「アルバム……?」
「そう。今、色んな商品があるじゃない? 写真を自分たちで選んで、あとはプロの方が編集してくれたりする……」
「そういえばそんな商品形態がありますね」
「それ、私がお金を出すから参加者分のアルバムを作らない? きっといい思い出になると思うの」
「でも――」
「それでしたら、うちには金がありあまってる人間がいますよ。全額秋斗様持ちというのはいかがでしょう」
 蔵元さんの提案に、秋斗さんはいやな顔ひとつせず快諾してくれる。
 とんとん拍子で話がまとまり、私は少し焦っていた。
「アルバムにするならもっとたくさん写真撮らなくちゃ……」
「翠葉ちゃん、そんなに気負わなくても大丈夫だよ」
 秋斗さんの言葉を不思議に思って振り返ると、秋斗さんはとても優しい表情で、
「ひとりがカメラマンをする必要はない。要は相応のデータがあればいいわけだから、各々のスマホで撮った写真を混ぜてもいいだろうし」
 それならそれなりの枚数になりそう……?
 そんな会話をしていると、ダイニングの方から声がかかった。
「お嬢様、お坊ちゃま方、夕飯の準備が整いましたよ。冷めないうちに召し上がられてください」
 私たちはいい子のお返事をして席に着いた。

 夕飯はちょっとしたイタリアンのコースのよう。
 まずテーブルに並べられたのはアンティパストミスト、前菜の盛り合わせだ。
 トマトの串切りは水菜と紫玉ねぎがきれいに添えられており、バルサミコ酢が回しかけられているだけのシンプルな料理。そして緑が美しいルッコラには生ハムと少量の岩塩、オリーブオイルで味付けがされている。頭のついたエビの料理はムール貝、イカ、ホタテ、あさりをガーリックオイルでソテーされたもの。
 蒼兄が好きそうな味だな、と思いながらそれぞれを楽しむ。
 前菜が程よく片付くと、待ち時間なく二種類のパスタとピザがテーブルに並んだ。
 パスタはトマトソース系のものとクリーム系のものの二種類。ピザはシンプルなマルゲリータ。
 いずれも好きなものを好きなだけ取り皿によそって食べることができるスタイルで、私にはとても好都合な夕飯だった。
 そのあとはセコンドピアット。
 お店だと魚料理とお肉料理を選べる部分だけど、今回はお肉オンリー。
 牛フィレ肉のローストビーフが少し厚めに切られ、数切れずつ各々のプレートに取り分けられる。
 絶妙な火加減なのは言うまでもなく、肉汁を利用して作られたタレが絶品で、女性陣プラス唯兄はこぞって鈴子さんにレシピをねだったほどだ。
 そのころには成人組はワインなどを手にしており、私たち未成年には果実酢のソーダ割りが出された。
 そして最後にはエスプレッソと数種類のドルチェが振舞われる。
 しかし残念ながら、私の胃の容量的にデザートが入る余裕はないし、エスプレッソが飲めるわけもない。すると、それを見計らったように秋斗さんがウィステリアホテル印の缶を差し出してくれた。
「翠葉ちゃんが大好きなカモミールティーとミントティーをセレクトして詰めてもらった」
「秋斗さん、ありがとうございますっ!」
「いいえ。こっちに一缶置いておくから、星見荘にも一缶置いておくといい」
 そう言うと、もうひとつの缶をツカサに手渡してくれる。
「ねー、花火はー? 花火はいつするのー?」
 エスプレッソにトプントプンと角砂糖を追加しまくる唯兄を化け物でも見るような目で眺める蒼兄が、
「花火は明日だろ? さすがに一日目にやるのはちょっともったいないっていうか……」
「そうですね……。花火は明日のほうがいいんじゃないか?」
 蔵元さんの賛同を得て、花火は明日の夕飯後にすることになった。
「じゃ、このあとはー?」
 唯兄が思い切り時間を持て余しているのがわかってちょっとおかしい。
 日中に川遊びをしてすでにシャワーを浴びてしまっている唯兄は、ご飯を食べたらもうすることがないのだ。
 ここが家ならコンシェルジュに材料を分けてもらってお菓子作りに興じたり、肉料理に添えるタレや麺つゆの研究を始めるわけだけど、ここはマンションじゃないし、自分が何を作らずとも稲荷夫妻が食事の一切を引き受けてくれる。さらには、雅さんがたくさんのお菓子を差し入れてくれたおかげで、お菓子を作る必要すらない。
 それに加え、「持ち込んだ暁には仕事を始めかねない」という理由から、社会人チームはノートパソコンの持込を禁止されている。つまり、ライフワークであるゲームやアプリ開発すらできないのだ。
 持ち込めたものとしてスマホ、タブレットがあるわけだけど、社会人チームは親交を深めることを目的としていることもあり、不必要にスマホ及びタブレットを使わない、という縛りもあるのだとか。
 手持ち無沙汰に耐えかねて、「何かやることを恵んでくださいっっっ」と言い出す唯兄に、
「全員風呂に入り終わったらカードゲームでもする? 一応、カードゲームは一通り持ってきたけど……」
 蒼兄の言葉に唯兄は俄然やる気を出していた。
「じゃ、蒼樹たちが風呂から上がるまで、俺とチェスでもしよう」
 秋斗さんが飾り棚からチェス板を下ろすと、ゲーム好きの唯兄はすぐに食いついた。
 その様子を眺めていたツカサは、
「あの人が社蓄まっしぐらなのって、会社の体制や上司の対応云々よりも、あの性格ゆえだと思うんだけど……」
「それはあるかも……」
 そんな会話をしている間に桃華さんと雅さんはお風呂の準備をするためにあてがわれた部屋へ下り、蒼兄と蔵元さんもシャワーを浴びに自室へ戻った。
「で? ツカサと翠葉ちゃんはどうするの?」
 ツカサが間髪空けずに「星見荘へ戻る」と言うので、私は慌てて言葉を付け足す。
「ここに来た目的が、天体観測なんです」
「あぁ……ここから見る星空は、抜群にきれいだよ。星見荘からならもっとじゃないかな? ただ、夜は結構冷え込むから風邪ひかない格好でね?」
「はい、ありがとうございます」
「外、もうずいぶん気温が下ってるから、俺のパーカ着てっちゃいな」
 唯兄は脱いでソファにかけてあったパーカを指差し、私はありがたくそのパーカを借りることにした。
 陽だまり荘を出る間際、ツカサが夕飯の片付けをしていた鈴子さんに声をかけた。
「明日の朝食、俺と翠は星見荘で食べるんで、連絡入れたら持ってきてもらえますか?」
「かしこまりました。和食と洋食とどちらになさいますか?」
 ツカサは私を見て、
「翠が選んでいい」
 和食が洋食か……。
 いつもはお雑炊だから和食になるのかな? でも、唯兄が作ってくれる日はトマトリゾットだったり中華粥だったりするし……。
 どっちと決められずにいると、
「洋食の場合、鈴子さんお手製の焼きたてパンがついてくる。ちなみに、栞さんが焼くパンの天然酵母は鈴子さんお手製のもの」
 その言葉に心は決まった。
「洋食で!」
「ではそのようにご用意させていただきますね」
 鈴子さんはにこりと笑って片付けに戻った。
 ツカサとふたり外に出て、
「どうして星見荘で朝食……?」
 朝起きたら身支度を済ませて、散歩がてらに陽だまり荘まで下りてくればいいのではないのか。そう思っていると、
「このあと天体観測をするとして、そのあと何をするでもなく寝られるとでも思ってる?」
「ん……?」
「時間を気にすることなく、何を気にすることなく一緒にいられるんだ。ただの添い寝で終わるわけがないだろ」
 言われた言葉をひとつひとつ反芻していく。そして三度目の反芻で意味を解した私は、今日一番頬を赤く染めたに違いなかった。
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