光のもとでⅡ+

Side 翠葉 06話

バスグッズのショップを出てすぐに駅前のドラッグストアへ行くのかと思いきや、ツカサは私の手を引いて一フロア下ると、別のショップへ向かって歩き出していた。
「どこへ行くの?」
「ジュエリーショップ」
「え? ジュエリーショップ?」
 何がどうしてジュエリーショップ?
 そんな私の疑問は解消される間もなくショップへ到着してしまった。
 黒い壁にゴールドの文字で書かれた「Jewelry Shinoduka」――
 それは以前どこかで聞いたことのある綴り。
 あ――携帯事件のとき、秋斗さんからいただいたストラップがそこのものだとあの女生徒が言っていた。そして、そのジュエリーショップが藤宮のお抱えの宝飾デザイナーだとも……。
 思い出した情報自体はいやなことではないけれど、携帯事件という微妙な出来事までセットで思い出して複雑な気分。
 そんな私に気づかないツカサは、
「翠の好みってどんな?」
「え?」
「だから、翠の好みを知りたいんだけど」
「どうして……?」
「これから先、何かプレゼントするときに有効活用できそうだから」
 なるほど……。
 納得してショーケースに視線を移したけれど、その直後に後ずさりをする羽目になる。
「つ、ツカサ……もしかしてこの指輪もここで購入したの?」
 記憶に誤りがなければ、クリスマスパーティーの日にあとから渡されたケースにはここのショップのロゴが入っていた。
「そうだけど、それが何?」
「あああ、あの……ここのショップが藤宮のお抱え宝飾店であることは知っているのだけど、でも
――だからと言ってお安くなるわけではないでしょう?」
「ここでの購入なら株主優待は受けられるけど、よりいい石を勧められて安くなるわけがないだろ?」
 私は頭を抱えてその場にうずくまりたくなる。
「何……?」
 訝しげに催促されてるけど、これはちょっと――
「金額が……高すぎませんか?」
 それこそ、高校生がクリスマスプレゼントに購入するような金額ではない。否、最近の高校生はこういうショップの指輪をポンとプレゼントしてしまうのだろうか。それとも、藤宮の生徒だから、ちょっと金銭感覚がずれてる、とか……? もしくはツカサの金銭感覚が、だろうか。
 こんなときに思い出すのは秋斗さんだ。
 あのストラップの値段を考えたことはなかった。でも、髪留めをプレゼントされたとき、間違いなく私は引いた。引いたというより、身の丈に合わないと思った。
 そして今、それに近いものを感じている。
 なぜなら、私の正面にあるショーケースに並ぶ指輪たちはすべての価格が五桁から六桁。もう少し詳しく話すなら、消費税を入れたら間違いなく六桁になるお値段。
 いただいた指輪を高く見積もっても五万円程度という私の推測は、早々に崩れたわけだけど、もういただいて着用してしまっているしどうしたら――
 頭の中でぐるぐると回る六桁の数字に眩暈を覚えると、
「おや、司様がお越しとは珍しい」
 ショップの奥からグレーのスーツを纏った品のいい男性がやってきた。
「先日はお世話になりました」
「とんでもない。プレゼントはお相手の方に気に入っていただけましたか?」
「はい。……翠、こちら、このショップの社長兼ジュエリーデザイナーの篠塚さん」
「ようこそお越しくださいました。篠塚と申します」
 言いながら、皮製のケースから取り出された名刺を差し出される。
 その名刺を受け取りながら挨拶をすると、篠塚さんは私の左手薬指のリングに目を留めた。
「そのリング――ではこちらが……」
「はい。フィアンセです」
「さようでしたか。ご婚約、おめでとうございます」
 臆して何を答えることもできない私に代わり、ツカサが「ありがとうございます」と答える。と、
「……本日はどのようなものをお探しでいらっしゃいますか?」
「今日は翠の好みを把握したくて寄らせていただきました」
「そうでしたか。では、店内をご案内いたしましょうか?」
「いえ、今日は必要ありません」
「かしこまりました。それでは、帰りがけにスタッフへお声がけください。一番新しいパンフレットをご用意いたしますので」
「ありがとうございます」
 そのやり取りが済むと、男性は一礼してショップの奥へと戻っていった。
「あの人、普段こっちの店にはいないんだけど……」
 さも珍しいものでも見るように、ツカサは篠塚さんの背中を見送る。
「ここは支店なの?」
「そう。本店はこのデパートの裏通りにある。ほら、去年の誕生日のお祝いに自然食のビュッフェを食べに行っただろ? あの店の並びにあるんだ」
「そうなのね……」
「で、どういうのが好み?」
 自然な流れで話を戻されたけれど、
「ツカサ、ここのアクセサリーは高すぎるよ」
 小声で伝えると、
「でも、ものは確かだし……」
「そういう問題じゃなくて……」
 ツカサはさっぱり意味がわからない、といった顔で私を見ている。少しすると眉間にしわが寄り、
「秋兄からのプレゼントなら問題なくても、俺からのプレゼントだと問題があるってこと?」
 これはたぶん、秋斗さんからいただいたストラップがここのショップのものだと知っていて、さらには髪飾りのことも知っていての言葉。
 でも――
「違う。そうじゃないよ? 正直に話すなら、ネックレスにもストラップにもなるアクセサリーをいただいたときは、そんな高価なものだと思わずに受け取ってしまったの。でも、髪飾りは身の丈に合わないから、って辞退したのよ? そしたら、クローゼットの肥やしにするしかないとかあれこれ言われてしまって、仕方なくというか、引くに引けなくなってしまって――」
「ふーん……。じゃ、俺もそういう手を使うかな」
「えっ?」
「今さら、その指輪を返されても困るし」
「う゛――」
 さすがの私も、一度いただいてすでに何度も身につけているものを返すことはできない。でも、これからは――と思ってしまうのはおかしいことだろうか。
「そんななんでもないときにプレゼントしたりしないし、節目節目にちゃんとしたジュエリーが増えるのって女子は喜ぶものなんじゃないの?」
 それはどのあたりの「女子」を中心に市場調査されたものなのか……。
 ……そんなの考えるまでもなく、ツカサの周りにいる女性。つまり、真白さんであったり、湊先生、栞さんあたり……。イコール、藤宮基準……。
「栞をプレゼントしたときも、ブレスレットをプレゼントしたときも、そこまで引かなかっただろ? それに指輪をプレゼントしたときだって……」
「それは価格を知らなかったからで――」
「あぁ……じゃあ、今日ショップに連れてきたことが失敗だったんだ?」
 そうというか、違うというか……根本的な部分が的外れというか――
 こればかりは生まれ育った環境がものを言う部分だから、私がどうこう言ったところでどうなるものではないだろう。だとしたらどうしたらいい?
 せっかくの楽しいデートを険悪なムードにはしたくない。
 ……私が感情に蓋をして目を瞑れば――
「翠」
 はっとして視線を上げる。と、ツカサが真剣な目で私のことを見ていた。
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