光のもとでⅡ+

Side 翠葉 18話

 デザートは二口くらいで食べられる小さめのケーキが三種類、とてもかわいらしく盛り付けられていた。
 ひとつは桃のコンポートが乗ったムースケーキ。ふたつ目はレモンの酸味を感じられるツカサ好みのチーズケーキ。三つ目はココアのほろ苦さが残る、甘さ控えめのチョコレートケーキ。
 いずれもコーヒーによく合いそうなケーキだけど、あいにく私はコーヒーが飲めない。
 残念に思いながらハーブティーの缶に手を伸ばしたとき、
「翠葉ちゃん」
 秋斗さんに声をかけられた。
「翠葉ちゃんはハーブティーでいいの? コーヒー、飲みたくない?」
「……正直に言えば、コーヒーが飲みたいです。でも――」
 飲めないから、と話そうとしたところ、秋斗さんがそれを遮るようにテーブルに置いたものがあった。
「デカフェのコーヒー豆。稲荷さんに手配してもらった」
「っ……!」
「だから、みんなと一緒にコーヒーを飲もう?」
「はい! ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃ、カレーをごちそうになったお礼に、翠葉ちゃんのコーヒーは俺が淹れさせてもらおうかな?」
 そう言うと、秋斗さんは食器棚から陶器のコーヒードリッパーを持ってきた。
 コーヒーの香りが漂う室内はとっても幸せに満ちた空間で、ご飯を食べていたときとは違い、皆それぞれの場所でケーキをいただく。
 桃華さんと蒼兄はウッドデッキのテーブルで。唯兄と蔵元さん、秋斗さんはリビングテーブルで。私とツカサ、雅さんはキッチンテーブルで。
 どこで食べていても、「おいしい」の声が聞こえてくるし、コーヒーの香りがそれぞれの場所をひとつの空間にしてくれているように思えた。

 早々にケーキを平らげた唯兄が、リビングの端に置かれていた花火を手に取る。と、
「唯、さっき稲荷さんからスパッタシート受け取っただろ? それを敷いてからにしろよ」
 秋斗さんがさりげなく指摘する。でも、スパッタシートって……?
 疑問に思ってたずねると、
「ウッドデッキの上で火を使うとウッドデッキが傷むから、それを防ぐための防火シートってところかな?」
 なるほど……。
 確かに、九年前に建てられた割に、ウッドデッキに傷みは見受けられなかった。間違いなく相応のメンテナンスを施されているのだろうけれど、使う人も気をつけているのかもしれない。
 蒼兄がケーキプレートを片付けにくると同時、唯兄たちが食べていたプレートを蔵元さんがまとめてキッチンへ持ってきた。
 八人分のプレートが集まり、先ほどのカレーのプレートやサラダボウルでキッチンの流しがいっぱいになる。
 スポンジに手を伸ばそうとしたそのとき、
「翠、やらなくていい。稲荷さんを呼ぶ」
「……本当に呼ぶの? お皿を片付けてもらうために?」
「こういうことが彼らの仕事だから。それに、翠が素手で中性洗剤使ったらどうなる?」
「……かぶれる」
「なら、そういう行動は控えて」
「はい……」
「外、だいぶ冷えてきてるから上にパーカ――いい、俺が取ってくる」
 そう言うと、ツカサはキッチンを出て寝室へ向かった。
「こういうことが彼らの仕事……」
 稲荷さん夫妻は緑山の管理棟に住んでいて、普段は藤宮警備や藤宮傘下の会社が合宿で使う際のご飯の支度や施設の清掃、管理が主なお仕事。ほか、藤宮の人間が訪れた際の身の回りの一切を引き受けると聞いている。
 ならばこれもそのひとつと理解すべきなのだろう。でも、一般家庭に生まれ育った私にはあまり馴染みのない待遇で、まだこういうことひとつひとつに慣れない。
 少し複雑な気持ちでいると、クスクスと笑う声が聞こえてきた。
 振り返ると、窓際に座っていた雅さんの笑い声だった。
「司さん、本当に翠葉さんが大切なのね。でも、口下手が過ぎるのも困りものね」
 そう言うとまたクスクスと笑い、私は曖昧に笑うことしかできなかった。すると、
「司さんの言ったことに間違いはないわ。ここは真白さんの要望で建てられた別荘だけれど、陽だまり荘同様に、本当ならハウスキーパーの一切を稲荷夫妻が担うの。それが彼らの仕事であり、ここ一番の腕の見せ所なのよ」
 そこまで言われて、ようやく呑み込める気がした。
 会社の合宿で使われる際の対応と、藤宮の人間が訪れる際の対応は異なるのだろうし、料理においてはここぞとばかりに腕を揮うのではないか。
「だとしたら、私は稲荷さんたちの『見せ場』を奪ってしまったことになるんですね……」
 カレーを作らないかと言い出したのはツカサだし、料理もふたりで作ったものだけれど、ここは稲荷さんたちにお願いするのが筋だったのではないか……。
 色々と悶々としていると、
「そこまで深く考える必要はないわ。自分たちで料理がしたいならそう言えばいいし、ふたりで過ごす空間に立ち入って欲しくなければそう伝えればいい。ただ、今みたいにこれからみんなで花火をやりましょうっていうときならば、稲荷さんたちにお願いしてしまえばいいの。私たちは甘えられる限り、甘えてしまえばいいのよ」
 その加減が私には難しく思えるけれど、雅さんがとてもわかりやすく噛み砕いて説明してくれたおかげで、先ほどのような悶々とした気持ちは解消された気がする。そこへ、
「リィっ! 雅さんっ! 花火やるよっ! 花火っっっ!」
 唯兄に外から呼ばれ、私たちは外へ出ることにした。
 リビングを出る直前に背後からパーカをかけられ、振り向こうとしたら、
「そのまま聞いて」
 ツカサの静かな声が頭上に降ってくる。と、一拍おいて、
「言葉が足りなくて、悪い……」
 その一言で何が言いたいのか理解できた。
 星見荘はワンフロアのつくりで部屋と部屋の隔たりがない。つまり、パーカを取りに行ったとき、キッチンでしていた私と雅さんの会話が筒抜けだったのだろう。
 それでこの言葉――
「ううん……。私がまだ色々わからないことばかりなだけだから」
「……だから、そこをわかってもらえるように言葉を補えなくて悪かった」
「……言葉足らずなのは私も同じだから、今度は理解できないことがあったらちゃんとたずねられるようにする」
「俺も、気をつける……」
「リィっ! リィは何やりたい? 線香花火も線香花火の派手なのもあるよ!」
 唯兄においでおいでされて、私はみんなが集まる場所へと足を踏み出した。
「下の川原だったら二グループに分かれて対岸でロケット花火合戦できたのになぁ~」
 そう言って残念がるのは唯兄。
「唯……さすがに女性がいるのにロケット花火合戦は危ないだろ」
 そう言って窘めるのは蔵元さん。
 私と雅さんが、「ロケット花火合戦って?」とたずねたところ、ふたつのグループに分かれて川の向こう岸と手前に陣地を作り、ロケット花火を打ち合うことだという。
「え? 花火って人に向けて放っちゃいけないってルールがなかった?」
 咄嗟にたずねると、
「翠葉お嬢様の仰るとおりです。これはヤローどもだけでやるときのみ許されるゲームといいましょうか、なんといいましょうか……」
「唯兄、男の人たちだけでもやっちゃだめよ? 唯兄のきれいな顔に傷が出来たらどうするの?」
 割と真面目に注意したつもりだったけれど、周りのメンバーは次々と噴き出す。
「怪我するからとか危ないからとかじゃなくて、顔に傷って――」
 言いながら桃華さんがお腹を抱えて笑う。
「だって、せっかくきれいなお顔なんだもの。傷ができたら勿体ないでしょう?」
 その言葉に、その場にいたみんなが大笑いする結果となった。
「リィ、約束する。俺のこの麗しいお顔を守るため、以後ロケット花火合戦はいたしませんっ! いぇーいっっっ! 次、なんの花火しよっかな!」
 唯兄はよほど花火を楽しみにしていたのか、終始こんなテンションで、周りの人を和ませてくれていた。
 花火は蒼兄と唯兄が買いに行ったはずだけど、ふたりして箍が外れていたのか、やってもやっても終わりが見えてこない。仕舞いには、肌寒さを感じた女性陣は途中から屋内へ撤退することにした。
 そのころには流しはきれいに片付いていて、出ていた食器はすべて食器棚にしまわれ、稲荷夫妻は星見荘を出たあとだった。
「さすがに少し標高が高いからこっちのほうが寒いわね」
 桃華さんは持ってきたパーカを羽織ながら口にする。
「お茶淹れる? 秋斗さんからいただいたハーブティーのほかにお紅茶もパントリーにあったと思うの」
「飲むっ!」
「雅さんは?」
「お願いしてもいいかしら」
「ふたりとも、何を飲まれます?」
「日中に散々お紅茶いただいたから、ハーブティーをお願いできるかしら?」
「はい! あ、でも、ハーブティーだとカモミールとミントティーの二択になっちゃいますけど、大丈夫です?」
 ふたりはにこりと微笑み、「カモミールティーで」とミントを避けた。
 私は電気ケトルをセットすると、コロンとした丸いデザインのカップを食器棚から三つ取り出しティーパックをセットする。そして、お茶請けに雅さんからいただいたお土産を出すことにした。
 ご飯やデザートをいただいたあとではあるけれど、お茶にはやっぱりお茶請けがあったほうが場が締まるというもの。
 金縁の白いスクエア形プレートにお菓子を並べると、お花が咲いたように場が華やかになった。
「わぁ……かわいい」
 私と桃華さんは口々にお菓子を褒め称える。と、
「私のお勧めはこれ。とってもおいしいのよ」
 雅さんは、ピスタチオとアラザンが乗ったホワイトチョコレートでコーティングされたクッキーを私と桃華さんの手元へ差し出してくれた。
 もう食べられないと思っていたけれど、甘いものは別腹なのか、直径二センチ弱のそれに歯を立てる。と、サクッ、と軽い感触とともに、口の中でホロホロと崩れるクッキーだった。
「「おいしいっ!」」
「でしょう? 第一のお勧めはそれだけど、ほかのお菓子も甘すぎなくて、とってもおいしいのよ」
 そんな具合に、私たちはお菓子を摘みながら頬を綻ばせた。
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