光のもとでⅡ+
Side 翠葉 21話
話が一段落すると、桃華さんの矛先は雅さんへ向いた。
「雅さんは? 人の色恋沙汰聞いてばかりなんてずるいですよっ!」
「えっ? ずるいと言われても、私、お付き合いしている方なんていないし……」
「片思い上等、お付き合い未満上等ですっ。こうなったらとことん恋バナしましょうっ! 雅さん、蔵元さんのこと気になっていらっしゃいますよねっ?」
「「えっっっ!?」」
「……ちょっと待って、どうして雅さんも翠葉も同じ反応をするの……?」
「だって……雅さん、蔵元さんのこと、お好きなんですか?」
思わず左隣に座る雅さんに詰め寄ってしまう。
雅さんが蔵元さんとお話しするとき、顔を赤らめることが多いのには気づいていた。でも、きちんとした人付き合いが初めてのことで、同僚や部下との距離のとり方がまだわからないとメールで話していたから、赤面するのもその延長線なのかと思っていたのだ。
雅さんは私と同じくらい動揺していて、
「あのっ、桃華さんはどうしてそう思われたのかしらっ?」
「どうしてって……。蔵元さんとお話しされてるときはいつも嬉しそうですし、頬を染めてますし、頻繁に目で追いかけてますし……むしろ、それでどうしてばれてないと思えるのかが謎でしかないというか……」
「っ――私、そんなでしたかっ!?」
「そんなでしたね……」
「やだ、恥ずかしい……」
雅さんが両手で顔を隠す様子を見ながら考える。
私も雅さんたちと共に行動していたら、雅さんの恋心に気づけたのだろうか、と。
緑山に来てからというもの、私とツカサはみんなと別行動をとってばかりで、ほかの人たちが何をして過ごしているのかという情報が耳に入っても、個人がどんな動きをしているのか、そこまでは及ばず……。
そう思うと少し残念な気持ちが芽生えはするけれど、こんなにすてきな場所でツカサとふたりきりで過ごせたことはとても幸せなことで……。
私、どれだけ貪欲になれば気が済むのかな……。
自分の貪欲さに呆れ、または貪欲さに恐れを感じていると、それを遮るように、
「確かに、蔵元さんのことは尊敬してますし、今までお会いしてきた男性の中でも好感の持てる方ですけれども――」
「それ、もう恋の始まりだと思うんですけど、違うんですか?」
「「っ!?」」
「そこで翠葉まで驚かない! もう……ド天然がふたりとか、私ひとりで捌けるかしら……」
そんな会話をしていると、キッチンの窓から蒼兄の声が割り込んだ。
「ヒートアップしてるところアレなんだけど……。ここ、窓開いてるんだよね」
「蒼兄っっっ、そういうことは早く教えてっっっ」
「蒼樹さんっっっ、そういうことは早く教えてくださいっっっ」
私と桃華さんは窓際に詰め寄り、雅さんはテーブルに突っ伏して死亡確定。
すると、蒼兄がキッチンの網戸を開けてトレイをこちらへ差し出した。
「ごめん……。盗み聞きするつもりはこれっぽっちもなかったんだけど……。あまりにも話し込んでるから、なかなか声かけられなくて……。これ、淹れたてはとても熱かったハーブティー。今はそれなりに飲みやすい温度になってると思う。それと、俺以外はみんなリビングで話し込んでるから、話を聞いちゃったのは俺だけ。雅さん、安心してください」
そう言うと、蒼兄は窓を閉めて部屋の奥へと見えなくなった。
「そ、蒼樹さん……できた殿方だと思ってましたのに……」
「雅さん、大丈夫ですっ! 蒼兄、絶対口外したりしないのでっ」
「そうですよ! 蒼樹さんに限ってそんなことあり得ないのでっ」
雅さんを慰めていると、カラカラとリビングの窓が開く音がして、
「そろそろ九時半回るんだけど、簾条たちいい加減帰れば?」
「うるっさいわねっ! 今帰るわよっ」
あああ……ツカサと桃華さんが揃うとどうしてこうなるんだろう……。
性質的にはとても似ていると思うのだけど……。
そういえば以前秋斗さんが、「同属嫌悪」って言ってたっけ……。
それが今ならよくわかる気がした。
でも、今は今でタイミング的にはちょうど良かったのかも……?
三人は飲みやすい温度になったハーブティーを一気に飲み干し屋内へ戻った。
雅さんが部屋へ足を踏み入れたとき、
「雅さん、顔が真っ赤ですが……泣きました? それとも発熱なさってる、とか……?」
今にも雅さんの額へ手を伸ばしそうな蔵元さんの手を、うっかり掴んでしまって呆然とする。
「翠葉お嬢様? どうかなさいましたか?」
「いえ、あの――……あの、具合が悪いとかそういうことではないので……その――」
どうか今は何も訊かず、それ以上近づかないであげてください、とまではどうしたって言えそうにない。
そんな空気を悟るのはいつだって唯兄なのだ。
唯兄はセンサーが反応したかのごとくぴょこんと立ち上がり、
「さ、司っちに追い出される前に帰ろ帰ろっ!」
そう言って座ってる秋斗さんを立たせ、みんなを急かして星見荘を出て行った。
「まるで台風が去った感じ」
そう言うツカサの気持ちはわからなくもない。
八人いたのが急にふたりになって少し寂しい気もするけれど、雅さんに声をかける蔵元さん、という心臓に悪い図を見ずに済んで少し胸を撫で下ろしたい気持ちでもある。
でも……桃華さんが気づいていたということは、きっと唯兄も秋斗さんも気づいているのだろうし――
そこまで考えて、空港まで雅さんを迎えに行くようにと蔵元さんに指示を出したのが秋斗さんだったことを思い出す。
相変わらず気が回る人というか、策士だなぁ……。
「翠、ボート出す?」
「っ……カメラ持っていってもいい?」
「そのつもりで誘った。ただ、もう少しあったかい格好してくれないと無理」
「えぇと、長袖Tシャツの上にパーカ着て、その上にウィンドブレーカー着たらいいっ!?」
「ひざ掛けもプラスして」
「わかったっ! 準備してくるっ」
夜気に備えた格好で外に出てふと思う。
「ボートって揺れるよね……?」
「そりゃ揺れるだろ?」
「……揺れたら写真撮れないかも?」
「どういうこと?」
「夜はただでさえ光が少ないから、シャッタースピードが落ちるの」
「シャッタースピードが落ちると何が不都合なの?」
「つまり、シャッターが落ちる間ずっと同じ場所で固定できていないと、手振れ写真になる」
「なら、ボートから写真撮るのは無理じゃない?」
「うん、そうっぽい……。ひとまず、ウッドデッキからこの光景を撮れないかチャレンジしてみる」
夜の撮影は初めてで、設定ひとつとっても手こずってしまう。
三脚を使って夜景モードにしたらそれなりの写真は撮れたけれど、もっとこう、星空と星鏡の泉がうわーーーって感じの写真にしたいのにいまいちな仕上がりだ。
途中で久先輩にアドバイスを求めたけれど、私がイメージしている写真は今のレンズでは難しいとのこと。
「そっか、こういうときに広角レンズを使うといいんですね? あと魚眼でも面白い絵が撮れそう」
『そうそう。今度そういうところに行くときはシゲさんに連絡入れてレンズを貸し出してもらうといいよ』
そのあと、久先輩に言われて少しツカサと代わり、ふたりは二、三言葉を交わして通話を切った。
「ボートはどうする?」
「写真は諦めて、カメラ置いて行くっ!」
「了解」
私たちは昨日と同じ様に真っ暗な泉に漕ぎ出した。
ボートの中にはLEDランタンがひとつ。
泉の中央まで来ると、ランタンの光も消す。
月明かりでツカサの姿は見えるけれど、あまりの暗さに少し不安になり、ボートを這って移動し、ツカサの足元にたどり着いた。
「どうかした?」
「月明かりでツカサの姿は見えるのだけど、少し不安になる暗さで……」
そう言うと、ツカサはオールを漕ぐ台から下り、私の隣に腰を下ろして手を握ってくれた。
ツカサの手のあたたかさにほっとして、
「何度見てもすごい光景ね?」
「あぁ……」
ステラハウスで見たのとは比べ物にならない光景に言葉を失っていた。
圧倒的で神秘的な光景を目にすると、人は何も言えなくなるのかもしれない。
ふたり無言で空や泉に映る星を見ていると、
「何かインストないの?」
「え? あ、スマホの中にオルゴールの曲ならいくつか入ってるけど……」
「それ、かければ?」
「っ……! 珍しい、ツカサから曲かけようなんて」
「星とオルゴールって相性良さそうだから」
少し照れくさそうに話すツカサがかわいく思えた。
「ツカサ、とてもロマンチストな一面があるよね?」
「ロマンチストって……俺からはかけ離れた言葉に思えるけど?」
「そんなことないよっ!? 去年のクリスマス、屋上の演出を見たときに絶対ロマンチストだと思った」
「あれは翠が喜びそうだと思ったからやっただけで……」
私はクスリと笑みを零し、
「そういうことにしておいてあげる。でも、すっごく嬉しかった」
そんな会話をしながらスマホをいじり、オルゴール曲をランダムに流す。
「オルゴールも星空も、空気も何もかもがきれいだね」
「あぁ」
「あ……あれ、天の川?」
「そう。ここへ来れば、天候にさえ恵まれればいつでも見られる」
私たちは言葉少なに三十分ほどボートで過ごし、星見荘へ戻ることにした。
「雅さんは? 人の色恋沙汰聞いてばかりなんてずるいですよっ!」
「えっ? ずるいと言われても、私、お付き合いしている方なんていないし……」
「片思い上等、お付き合い未満上等ですっ。こうなったらとことん恋バナしましょうっ! 雅さん、蔵元さんのこと気になっていらっしゃいますよねっ?」
「「えっっっ!?」」
「……ちょっと待って、どうして雅さんも翠葉も同じ反応をするの……?」
「だって……雅さん、蔵元さんのこと、お好きなんですか?」
思わず左隣に座る雅さんに詰め寄ってしまう。
雅さんが蔵元さんとお話しするとき、顔を赤らめることが多いのには気づいていた。でも、きちんとした人付き合いが初めてのことで、同僚や部下との距離のとり方がまだわからないとメールで話していたから、赤面するのもその延長線なのかと思っていたのだ。
雅さんは私と同じくらい動揺していて、
「あのっ、桃華さんはどうしてそう思われたのかしらっ?」
「どうしてって……。蔵元さんとお話しされてるときはいつも嬉しそうですし、頬を染めてますし、頻繁に目で追いかけてますし……むしろ、それでどうしてばれてないと思えるのかが謎でしかないというか……」
「っ――私、そんなでしたかっ!?」
「そんなでしたね……」
「やだ、恥ずかしい……」
雅さんが両手で顔を隠す様子を見ながら考える。
私も雅さんたちと共に行動していたら、雅さんの恋心に気づけたのだろうか、と。
緑山に来てからというもの、私とツカサはみんなと別行動をとってばかりで、ほかの人たちが何をして過ごしているのかという情報が耳に入っても、個人がどんな動きをしているのか、そこまでは及ばず……。
そう思うと少し残念な気持ちが芽生えはするけれど、こんなにすてきな場所でツカサとふたりきりで過ごせたことはとても幸せなことで……。
私、どれだけ貪欲になれば気が済むのかな……。
自分の貪欲さに呆れ、または貪欲さに恐れを感じていると、それを遮るように、
「確かに、蔵元さんのことは尊敬してますし、今までお会いしてきた男性の中でも好感の持てる方ですけれども――」
「それ、もう恋の始まりだと思うんですけど、違うんですか?」
「「っ!?」」
「そこで翠葉まで驚かない! もう……ド天然がふたりとか、私ひとりで捌けるかしら……」
そんな会話をしていると、キッチンの窓から蒼兄の声が割り込んだ。
「ヒートアップしてるところアレなんだけど……。ここ、窓開いてるんだよね」
「蒼兄っっっ、そういうことは早く教えてっっっ」
「蒼樹さんっっっ、そういうことは早く教えてくださいっっっ」
私と桃華さんは窓際に詰め寄り、雅さんはテーブルに突っ伏して死亡確定。
すると、蒼兄がキッチンの網戸を開けてトレイをこちらへ差し出した。
「ごめん……。盗み聞きするつもりはこれっぽっちもなかったんだけど……。あまりにも話し込んでるから、なかなか声かけられなくて……。これ、淹れたてはとても熱かったハーブティー。今はそれなりに飲みやすい温度になってると思う。それと、俺以外はみんなリビングで話し込んでるから、話を聞いちゃったのは俺だけ。雅さん、安心してください」
そう言うと、蒼兄は窓を閉めて部屋の奥へと見えなくなった。
「そ、蒼樹さん……できた殿方だと思ってましたのに……」
「雅さん、大丈夫ですっ! 蒼兄、絶対口外したりしないのでっ」
「そうですよ! 蒼樹さんに限ってそんなことあり得ないのでっ」
雅さんを慰めていると、カラカラとリビングの窓が開く音がして、
「そろそろ九時半回るんだけど、簾条たちいい加減帰れば?」
「うるっさいわねっ! 今帰るわよっ」
あああ……ツカサと桃華さんが揃うとどうしてこうなるんだろう……。
性質的にはとても似ていると思うのだけど……。
そういえば以前秋斗さんが、「同属嫌悪」って言ってたっけ……。
それが今ならよくわかる気がした。
でも、今は今でタイミング的にはちょうど良かったのかも……?
三人は飲みやすい温度になったハーブティーを一気に飲み干し屋内へ戻った。
雅さんが部屋へ足を踏み入れたとき、
「雅さん、顔が真っ赤ですが……泣きました? それとも発熱なさってる、とか……?」
今にも雅さんの額へ手を伸ばしそうな蔵元さんの手を、うっかり掴んでしまって呆然とする。
「翠葉お嬢様? どうかなさいましたか?」
「いえ、あの――……あの、具合が悪いとかそういうことではないので……その――」
どうか今は何も訊かず、それ以上近づかないであげてください、とまではどうしたって言えそうにない。
そんな空気を悟るのはいつだって唯兄なのだ。
唯兄はセンサーが反応したかのごとくぴょこんと立ち上がり、
「さ、司っちに追い出される前に帰ろ帰ろっ!」
そう言って座ってる秋斗さんを立たせ、みんなを急かして星見荘を出て行った。
「まるで台風が去った感じ」
そう言うツカサの気持ちはわからなくもない。
八人いたのが急にふたりになって少し寂しい気もするけれど、雅さんに声をかける蔵元さん、という心臓に悪い図を見ずに済んで少し胸を撫で下ろしたい気持ちでもある。
でも……桃華さんが気づいていたということは、きっと唯兄も秋斗さんも気づいているのだろうし――
そこまで考えて、空港まで雅さんを迎えに行くようにと蔵元さんに指示を出したのが秋斗さんだったことを思い出す。
相変わらず気が回る人というか、策士だなぁ……。
「翠、ボート出す?」
「っ……カメラ持っていってもいい?」
「そのつもりで誘った。ただ、もう少しあったかい格好してくれないと無理」
「えぇと、長袖Tシャツの上にパーカ着て、その上にウィンドブレーカー着たらいいっ!?」
「ひざ掛けもプラスして」
「わかったっ! 準備してくるっ」
夜気に備えた格好で外に出てふと思う。
「ボートって揺れるよね……?」
「そりゃ揺れるだろ?」
「……揺れたら写真撮れないかも?」
「どういうこと?」
「夜はただでさえ光が少ないから、シャッタースピードが落ちるの」
「シャッタースピードが落ちると何が不都合なの?」
「つまり、シャッターが落ちる間ずっと同じ場所で固定できていないと、手振れ写真になる」
「なら、ボートから写真撮るのは無理じゃない?」
「うん、そうっぽい……。ひとまず、ウッドデッキからこの光景を撮れないかチャレンジしてみる」
夜の撮影は初めてで、設定ひとつとっても手こずってしまう。
三脚を使って夜景モードにしたらそれなりの写真は撮れたけれど、もっとこう、星空と星鏡の泉がうわーーーって感じの写真にしたいのにいまいちな仕上がりだ。
途中で久先輩にアドバイスを求めたけれど、私がイメージしている写真は今のレンズでは難しいとのこと。
「そっか、こういうときに広角レンズを使うといいんですね? あと魚眼でも面白い絵が撮れそう」
『そうそう。今度そういうところに行くときはシゲさんに連絡入れてレンズを貸し出してもらうといいよ』
そのあと、久先輩に言われて少しツカサと代わり、ふたりは二、三言葉を交わして通話を切った。
「ボートはどうする?」
「写真は諦めて、カメラ置いて行くっ!」
「了解」
私たちは昨日と同じ様に真っ暗な泉に漕ぎ出した。
ボートの中にはLEDランタンがひとつ。
泉の中央まで来ると、ランタンの光も消す。
月明かりでツカサの姿は見えるけれど、あまりの暗さに少し不安になり、ボートを這って移動し、ツカサの足元にたどり着いた。
「どうかした?」
「月明かりでツカサの姿は見えるのだけど、少し不安になる暗さで……」
そう言うと、ツカサはオールを漕ぐ台から下り、私の隣に腰を下ろして手を握ってくれた。
ツカサの手のあたたかさにほっとして、
「何度見てもすごい光景ね?」
「あぁ……」
ステラハウスで見たのとは比べ物にならない光景に言葉を失っていた。
圧倒的で神秘的な光景を目にすると、人は何も言えなくなるのかもしれない。
ふたり無言で空や泉に映る星を見ていると、
「何かインストないの?」
「え? あ、スマホの中にオルゴールの曲ならいくつか入ってるけど……」
「それ、かければ?」
「っ……! 珍しい、ツカサから曲かけようなんて」
「星とオルゴールって相性良さそうだから」
少し照れくさそうに話すツカサがかわいく思えた。
「ツカサ、とてもロマンチストな一面があるよね?」
「ロマンチストって……俺からはかけ離れた言葉に思えるけど?」
「そんなことないよっ!? 去年のクリスマス、屋上の演出を見たときに絶対ロマンチストだと思った」
「あれは翠が喜びそうだと思ったからやっただけで……」
私はクスリと笑みを零し、
「そういうことにしておいてあげる。でも、すっごく嬉しかった」
そんな会話をしながらスマホをいじり、オルゴール曲をランダムに流す。
「オルゴールも星空も、空気も何もかもがきれいだね」
「あぁ」
「あ……あれ、天の川?」
「そう。ここへ来れば、天候にさえ恵まれればいつでも見られる」
私たちは言葉少なに三十分ほどボートで過ごし、星見荘へ戻ることにした。